第41話 フィーネを探しに
「ドーテーこそどうしてこんなところにいるの? 私に会いに来たの?」
カルニバスは魅惑的な声を出しながら体をくねらせている。
「お姉ちゃん、ゾゾゲだよ。ゾゾゲ」
ドリルは低い位置からカルニバスを見上げて否定する。俺は檻の中で座りながら、対照的な二人だなと思った。
カルニバスに尋ねられたので、俺がここにいた理由を話した。ミミカという転生人と一緒にゴブリンに襲われて、気がついたら奴隷馬車に乗っていたことを伝えた。
「残念、私に会いに来たんじゃないのね。それでそのミミカって女はドーテーの愛人なの? 私という者がありながら浮気するなんて、許せない。ミミカって女は処分しなきゃね」
「そうね、しょぶんしましょ。しょぶん、しょぶん」
ドリルはおそらく言葉の意味がわからないまま繰り返している。
「ミミカは愛人なんかじゃないよ。仲間だ。助けたいんだよ。カルニバス、何か知らないか?」
「ミミカなんて女は知らないわよ。でも探したいの?」
カルニバスは檻の中にいる俺に手を伸ばす。
鉄格子の間から手を差し入れ、つつつ、と俺の乳首のあたりを指で撫でる。そのまま、くっ、と軽く押してくる。
「探したい」
俺はカルニバスの指の動きには逆らわず、強い口調で答えた。
「たぶん襲った奴らにとってはドーテーはいらないから捨てられたんじゃないかしら。もったいないわよね。こんなに美味しいそうなのに。それでミミカって女が必要だったのよ。誰がミミカを必要としているかが分かったら探せるんじゃない?」
カルニバスの言葉で俺は考える。
ミミカを必要とする者。それは誰だ? ガリュウか? それともエラント皇帝か。転生人の数は少ない。転生人というだけで元の世界で実体化するために必要な「鍵」の候補である可能性がある。だったら俺のことを必要とするはずだ。
だからガリュウの可能性よりエラント皇帝の可能性の方が高いのかもしれない。だとするとどうしてエラント皇帝はミミカをさらおうとしたのか。
「ミミカの居場所はわからないが、知り合いのゴブリンの女の子の場所はだいたい分かる。そこへ行きたいんだけど、このまま屋敷の外に出ると危険だよな?」
屋敷どころか今はドリルの部屋の檻からすら出られていないが。
「あら、どうして?」
「え? だってここはゴブリンが支配しているんだろ? 人間が外を歩いたら……」
「確かにゴブリンがほとんどを占めてはいるけど、人間も、エルフも、リザードマンもいるわよ。エル・ゴビアス帝国はどの種族も差別しないの。人間だけよ、人間という単一の種族で群れるのは。まあそれでもここでは階級が生まれるわね。強いものほど上の階級。人間はここでは奴隷以下の扱い。弱いから」
「ゾゾゲもお散歩するなら首輪と鎖をつけていけば大丈夫だよ。他の奴隷と喧嘩しちゃだめだよ」
獣人族は獣人族の村、淫魔族は淫魔族の村を持っているとカルニバスが話してくれた。そこでは単一の種族で集まっているが、国という規模になった時、互いの種族間の交流が生まれる。
その交流のためにそれぞれの族長であるドリルとカルニバスがこの国に招待されたそうだ。敵や味方をなくし、それぞれの種族の発展を遂げていくというエラント皇帝の思想は多くの種族に受け入れられているそうだ。人間種を除いて。
「じゃあドーテー。そのゴブリンの娘を探すために散歩にでも行こうか? ちょうどドリルのお散歩の時間だったし」
カルニバスはゴブリンの娘――フィーネには嫉妬はしていないようで、問題としていないようだ。
「ゾゾゲ、散歩に行くよ」
そう言うとドリルが檻の鍵を開け、俺のことを外へ出してくれた。
俺の首輪の鎖はカルニバスが「そんなものいらんだろ」といって付けないようドリルに言ってくれた。ドリルは不満そうだったが、力関係がカルニバスの方が上なようで、しぶしぶ納得していた。
しかし、首輪だけはつけている。これは奴隷の身分証明のようなもので、外さないほうがいいとカルニバスは言う。
三人で屋敷から外へ出た。
黒い羽を持つ淫魔、獣耳を持つ獣人、首輪をはめた人間の組み合わせは珍しいものだったが、特に気を止めるゴブリンはいなかった。
ちらちら見てくる者もいないことはないが、ゴブリン以外の種族も時折目にする。
屋敷を出た俺は歩きながら街を観察する。
道は断面が平らにカットされた石が敷き詰められており、時折通る馬車も少ない振動で快適に走っている。
どの屋敷も綺麗に整えられた庭に、隙間なく敷き詰められた石の壁で建てられている。入り口には立派な石造りの豪華な門が据え付けられている。門には鉄や銅と思われる金属で装飾が施され、複雑な模様が型どられた飾りが目を引く。
ここは上流階級が住むエリアだと言っていたが、家々も明らかにエアリアスの王都より高い技術で作られていることがうかがえる。
俺はフィーネに繋がる糸を辿って歩く。糸は遠方にそびえる豪華な城に向かっている。城に近づくと、糸は城からややそれた方向に伸びていた。そこはエル・ゴビアス帝国の貴族が住むエリアだという。
ある一件の屋敷の前にたどり着いた。フィーネはこの中にいる。間違いない。
いきなりの訪問を許してもらえるものだろうか。どうするかな、と考えていたら幸いにも玄関扉が勢いよく開かれた。
「だめです、フィーネ様」
その扉から飛び出そうとしたのはフィーネ。そしてそれを押さえようとする二人。種族はおそらくエルフ。
「フィーネ!」
俺はその屋敷の門のところで叫んだ。「マヒロ!」俺を目にしたフィーネも叫ぶ。
フィーネを押さえるエルフの手が緩んだ。俺はフィーネに駆け寄る。フィーネも俺に駆け寄る。俺はフィーネの体をしっかりと受け止めた。ひし、と抱きしめる。
「フィーネ、フィーネ」
「ごめん、ごめんね。マヒロ」
フィーネが泣きじゃくる。
「フィーネ、いったいどうしたんだ。何があったんだ? 事情があったんだろ。ミミカは? ミミカはどうした?」
俺はなるべくフィーネのことを責めないようにやさしい口調で尋ねた。
「ごめん、ごめん……」
フィーネは泣き続ける。
フィーネはそのまましばらくの間、泣き続けていた。
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