第36話 マヒロの小さな覚醒
カルニバスのもたらした情報は驚くものだった。その信ぴょう性は疑問が残るかもしれないが、早くミミカ達に伝えなければ、俺はそう思った。
温泉にタオルがぷかぷか浮かんでいる。カルニバスのタオルだ。俺はそのタオルを手に取る。普通のタオルだったが、カルニバスが身に着けていた場所を想像して少しドキドキしてしまった。
しかしこれでとりあえず股間が隠せる。腰にカルニバスのタオルを巻く。
頭の中でパチリと何かが弾ける音がした。途端に頭の中にイメージと言葉が浮かんできた。
――【装備】カルニバスのタオル 防御力0
続けて頭の中をアナウンスのような声が流れる。
『カルニバスと繋がったことにより、カルニバスの力の一部がマヒロに流入。ステータスイメージングLV1、シチュエーション・アナウンスLV1を獲得しました』
ん? 何だ? 新しい能力を獲得したということか?
脳内でアナウンスは続く。
『マヒロにはイケナイ経験値が加わりました。淫靡なレベルが10に上昇。これは通常のレベルとは別の『裏レベル』です』
『カルニバスは対象者のスキルを暴走させる力を使いました。マヒロの【スイートスメル+】が自動的に発動したためカルニバスと繋がりました』
なるほど【スイートスメル+】が勝手に発動していたのか。確かにカルニバスは「力が暴走した」と言っていた。それは相手のスキルを暴発させ、無駄遣いさせる能力だったようだ。突然カルニバスの匂いが変わったのはこれが原因だった。
新しい能力の獲得はかなり嬉しかった。俺はこの世界でレベル1のままで、何の役にも立たないだろうと思っていた。それでもガリュウを倒そうなんて思っていたが、よく考えたらそれは無謀だった。
しかしこれでガリュウ討伐にかなり近づいたんじゃないのか。俺はカルニバスのもたらした情報以上にこっちの方が嬉しかった。
ミミカとラミイに教えてやろう。二人ともびっくりするんじゃないか。これで少しは俺のことも認めてもらえるだろう。
俺は覚醒したのだ。確か小説にもあった。覚醒して勇者となるのだ。勇者だ。まさに俺は勇者となる。
少しでも早くミミカとラミイに伝えたかった。ちょっと自慢したい気持ちがあったのかもしれない。
だから思わず腰にタオルを巻いたままで女湯に突撃するなんて愚行を犯した。
一応弁解しておく。自分の能力向上で興奮し、この場所が温泉であることはすっかり頭から飛んでいたのだ。
ばん! と勢い良く女湯の板戸を開けてしまった。
「聞いてくれ! 俺はステータスイメージングLV1とシチュエーション・アナウンスLV1を獲得した!」
目の前にいたのは綺麗な背中と大きなお尻を丸出しにした状態で、顔だけを後ろに向けたミミカと、ちょうど温泉から上がってやや大振りのおっぱいを丸出しにしたラミイだった。
あ、しまった、そう思ったと同時に、無数の蔦が伸びたワイヤードプラントとファイアーボール、アイスランス、ライトニングボルト、マジックアロー、アイスストーム、エレメンタルエナジー、ポイゾニング、パラライズ、召喚魔法×一〇、その他諸々が一斉に俺を襲った。
遅れて、
「「ぎゃああああ」」
そんな叫びが女風呂から飛び出した。
「お、お嫁にいけんって。お嫁にいいいい」
「あ、アホマヒロ! 私のおしり見たなああああ」
まさに叫び声より先に手(魔法)が出た構図だ。
さらに遅れて「うぎゃああああ」とこれは俺の悲鳴だ。
――というわけで俺は今、正座をさせられている。岩の上で。裸のままタオルだけを股間において。痛い。足が猛烈に痛い。こんな拷問なかったか? 腿の上に石を乗せられていないだけましってことか?
この世界には記憶改ざんの魔法は存在しないらしく、マヒロを殺そうか、埋めようか、いっそのこと石化してしまおうか、とミミカとラミイは相談している。
二人はいつのまに用意したのか、大きなバスタオルで体を包んでいる。
周囲はミミカとラミイが召喚したゴーレムやポイズン・スパイダー、グールにゾンビとさながらお化け屋敷のようになっていた。それらのモンスターは彼女らの指示待ちの状態でただそこに佇んでいる。
おまけにミミカとラミイが撃ち込んだ魔法で周囲の木々はなぎ倒されている。まるで凶悪な魔法使い同士がここで争ったような形跡を残していた。まさに壊滅状態。
バスタオル姿のままミミカとラミイが腕を組んで俺を見下ろしている。当然二人の目は据わっている。
「だいいちシチュエーション・アナウンスLV1なんてチュートリアルが終わったら誰でも貰えるでしょうよ」
「ステータスイメージングLV1だってレベル0からレベル1になった段階で獲得するしなあ」
ミミカとラミイによるとこの世界に来て初日だけは女神のガイダンスがあり、すぐにレベル1になるそうだ。初心者向けのガイドのようなものらしい。角うさぎを捕獲して、その経験値だけでレベル1になる。
俺の時はそんなものはなかった。
『あ、マヒロくんのガイダンス忘れてたー。てへへ。ごめんね』
なんて声が遥か高みから聞こえてきたような気がした。あの女神の声だ。十代の少女の声でやたら口調が軽かった。この女神の年令はまったくわからない。
俺は見えないながらも頭上の女神を恨む。
ミミカとラミイの睨みは続く。俺は小さく縮こまる。
さんざん説教を食らった後、結局のところ三日間だけ二人をミミカ様、ラミイ様と呼び、小間使いのごとく仕えることで許してもらえることになった。
最初は「おっぱいを見られたんや。一ヶ月! 一ヶ月や!」とラミイは叫んでいた。が、さすがにフィーネが戻ってくる時に俺を奴隷状態に置いていたら問題だと判断した結果、ラミイは三日間で妥協してくれた。
「ミミカ様、ラミイ様、服を着てもよろしいでしょうか?」
俺は三日間だけのご主人様に許可を申し出る。
「いいよ」
「許可する」
ふんぞり返った二人が俺を見据えながら偉ぶって返事をした。俺は立ち上がって服を着ようとした。
長い時間正座させられていたため、タオルはすっかり乾いていた。立ち上がるとそのタオルがふわっと落ちた。
二人は途端に顔を真赤にする。そして同調したようにくるりと反転する。
「あ、アホお、変なもん見せんなあ!」
「ぞ、ぞ、ぞ、ぞおーさん、ぞおーさん、わーたしはみていないー」
ラミイは素っ頓狂に叫んだ。ミミカはアイドルらしからぬ変な声で変な歌詞をつけてどこかで聞いた童謡を歌っていた。ラミイがミミカの頭をぺしっと叩き、歌うのをやめさせた。
俺は落下するタオルをぎりぎりのところで受け止めていた。たぶん見られていない。たぶん……。際どかったけど。
着替えが終わった時、ラミイは俺を睨んできた。ミミカは顔を真赤にして目を合わせてくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます