第34話 温泉に行こう
エミリスさんの手引きにより、ゴブリン帝国との国境付近まではそれほど苦労することなく辿りつけた。
ここから先はフィーネを一人で送り出す。
ミミカが書いたエラント皇帝に対しての謁見願いの手紙を持って、フィーネはゴブリン帝国の領地へと入っていった。
三日後にこの場所でフィーネと合流する約束をしている。
「では私はラノキアの街での件を報告に一度城へと戻ることにする。三日後に落ち合おう。少年よ、聖女様とラミイ殿に悪さをするなよ。ではまたな」
エミリスさんとはここで一旦別れることになった。エミリスさんは手を振って去っていった。鎧を身にまとったエミリスさんの後ろ姿からは王国騎士の威厳を感じた。
「フィーネちゃんがいい結果を持って返ってくれるといいんやけどな」
ラミイが複雑な顔で俺とミミカに話しかける。
「厳しいかもね。皇帝はガリュウ側についたんだし」
「でもガリュウ自身もガリュウ・ドミニオンの人間もいないとなれば俺たちと争う必要はないんだよね。和平を結ぶ、なんて手段もあるんじゃないかな」
まだこの世界の現状を十分に把握していないながらも、俺はミミカにそう尋ねた。
「もちろんその件も手紙に書いておいたよ。たださ、あのエラント皇帝ってちょっと曲者でさ」
ミミカはラミイと目を見合わせる。それをラミイが説明してくれる。
「まだゴブリンと私たちが中立の状態だった時に何度もあの国に行ってるんよ。皇帝にいろんなことを聞かれたん。私たちがここへ来る前にいた世界のこととかな。まあ、普通に会話してただけなんやけどな。それでな、私たちも元いた世界の文化とか持ち込んだりしたんやけど、人間の街の発展よりゴブリン帝国の発展のほうが進むん。驚くほどにな」
ミミカは同意するように頷く。
「コンビニもそうだったよね。この国、エアリアス国では説明してもまったく受け入れてもらえなくて、仕方なく自分たちでお店を始めたんだよね。だけど、ゴブリンたちはちょっと説明しただけでその概念を理解して自分たちで始めちゃったからね」
「まあ、頭良かったのはあの皇帝だけで、他のゴブリンは人間とさほど変わらんかったけどな。あの皇帝だけはちょっと別格やったな」
なんとなく曲者の意味がわかった。ラノキアの街で俺たちを襲ってきた連中もミミカのコンビニで店を追われた立場の人間だ。おそらくコンビニの概念や原価計算の概念などを教えたとしても、すぐに理解して商売に活かせるくらいならミミカを襲おうなんて考えるはずがない。
理解できない存在、脅威の存在だから襲ったのだ。知識がある、知恵があるということはそれだけで脅威なのだ。
少しだけラノキアの街で襲ってきた者の気持ちがわかる。エラント皇帝がどれだけ優れているのか、得体が知れないというだけで不安を感じてしまう。
この空気はラミイが変えてくれた。
「まあ、こんな話をしていても何も進展することなんてないやろうし。フィーネちゃんを待つしかないしな。のんびり待とうや。ミミカちゃん、温泉行こか、温泉。マヒロはこの世界の温泉ってまだ入ってないやろ?」
お、温泉。このパターン……。なんか小説で読んだ気がする。混浴できゃっきゃっ、うふふ、していたはずだ。これは温泉イベントってやつだな。このイベント……期待していいのか? ラミイはともかくまだミミカとはあまりいっしょの時間を過ごしていない。まだそんな関係になるのは早過ぎるんじゃないのか? 裸の付き合いは早過ぎるんじゃないのか? ええと復習しておこう。確か小説では……
「念の為に言っておくけど、混浴じゃないからね」
俺の妄想を断ち切るようにミミカは冷たく言い放つ。俺の妄想は打ち砕かれる。
「あれ? 違うの?」
「違うわ、マヒロのばかたれ。ここから近いライアヒルってとこにな、いい温泉があんねん。な、ミミカちゃん」
「うん、そこの温泉は聖なる泉が湧き出ていてそのまま温泉になっているの。温泉にヒール効果があるって話よ」
よく考えたら当たり前だ。元いた世界でも温泉に行って女性の裸に遭遇するなんてことは奇跡でも起きない限りあり得ない。ここだって変わらないんだ。俺は一度頭を冷静な状態に戻す。
「すげえな。温泉に入るだけで回復するのか。まさにファンタジー世界だ」
「男女別っていっても、板が立ててあるだけなんだけど、マヒロ、覗かないよね?」
上目遣いで不安そうにミミカは俺の顔を覗き込む。俺が否定する前にラミイが横から口を出した。
「大丈夫。覗こうとしたら私の【ワイヤードプラント】があるやん。というか、最初からワイヤードプラントで縛っておこか」
拒絶する意味で両手を振りながら「いや、それはやめてください」と俺は言った。ミミカは「それいいね」と言いながら、けたけた笑っていた。
ライアヒルは木々に覆われた小高い場所だった。山といえるほどは高くはなく、丘という表現が近い。目的の場所までは森の中を歩いて三十分ほどで到着した。
軽い傾斜のある道を歩いてきたので、薄っすらと汗をかく。森の中に突然岩場が出現し、その一角だけぽっかりと木がまったくない空間ができていた。
あたりには湯気が立ち込め、ほのかに硫黄臭がする。
岩で囲まれた温泉が見える。
右が男湯、左が女湯だ。女湯の方だけ板で囲まれている。男湯は外から丸見えだ。
俺は少しだけ当惑した。
え? これだけ? これどこで服を脱ぐの? 男の俺でもちょっと恥ずかしくないか?
それにしても女湯は板で囲まれているとはいえ、周囲は森なのだ。あの木に登れば見えるんじゃ……。
こんな自然の中にある温泉なんて初めて来たので、そんなことをいろいろ考えてしまう。
そんな俺の途惑いをミミカの声が断ち切った。
「先客はいないようだね」
湯気で視界は悪いが、人の気配は感じられなかった。誰かがいたら話し声や、湯浴みの音が聞こえてきただろう。
「じゃあ、マヒロ、三十分くらいを目安にまたここで」
「時計なんてないから、腹時計で適当になあ」
ミミカとラミイはうきうきしながら板で囲われている方の温泉へと消えていった。
「ここで脱ぐのか……」
誰もいないにもかかわらず、俺はちょっとした羞恥心を感じていた。だが、タイミングよく温泉の湯気が立ち上った。あたりは霧に包まれたように真っ白になった。完全に視界がなくなる。
ここまで真っ白になるのは本来ならおかしな現象だったが、俺はこれ幸いと服を脱いだ。
脱いだ服は適当に丸めて、勢い良く温泉に飛び込む。
「はああああ、生き返る。これ、本当にいいお湯だあ」
俺は息を吐く。温泉のお湯はやや熱めで、疲れていた体に染み渡る。岩により掛かり、両手を大きく広げて岩の上に置いた。
「タオルを持ってくればよかったな」
タオルを畳んで頭に乗せたら感じが出たのに、なんて考えていた。
温泉の周囲にはいくつもの岩がそびえ立っていたのだが、湯気が晴れてくるにつれ、それが目に入ってきた。
ちょうど腰掛けやすい岩がいくつもあった。体が温まったらあそこで一度体を冷やそうか、そんなふうに考えていたら、その岩に腰掛けている人がいた。
(あれ? いつのまに人が入ってきたんだろう?)
まったく気が付かなかった。
すらりと長い足を組んでいる。肌は褐色に近い色をしていた。腰のあたりにはタオルのような柔らかそうな布で股間を隠している。
お、いいな、あの人はちゃんとタオルを持ってきているんだ。用意がいいな、と思った。それにしても男の人にしてはやけに細い足だな、と感じた。
俺はその足にそって視線を上に移動する。
タオルの上のくびれたウエストにある上品なヘソ。ダークエルフのような褐色の肌は綺麗で、お腹から視線を上げると豊満な二つのバストが目に入る。そして華奢な肩は……
ってバスト!?
「ぶぼっ!」
俺は思わずお湯の中に頭を沈めた。反射的に見てはならないと思ってしまったからだ。
しかしいつまでもお湯の中に潜っているわけにもいかない。息が続かない。俺は後ろを向きながらお湯の中から頭を出した。
「こ、こ、こ、ここ。お、お、お、男湯ですよ!」
たぶんこの世界にきて初めてだろう。豪快にどもってしまっていた。
後ろを向きながらも、さっき目に入った映像が頭の中に浮かんでしまう。
生まれた始めてみた女性の裸。写真では見たことがあったが、やはり実物のインパクトはすごい。
彼女はとても綺麗な顔をしていた。そして妖艶な笑みを浮かべていた。
コウモリのような、いや悪魔といったほうが適切か。そんな大きく広げた黒い羽が彼女の美しさを引き立てていた。
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