第33話 ゴブリン帝国の現状とフィーネの決意
意外な言葉がフィーネの口から飛び出した。なぜフィーネの父親の話が出てくるのか、俺にはわからなかった。フィーネの言葉にはミミカが答えた。
「フィーネちゃんのお父様? ああエラント皇帝か」
エラント、どこかで聞いた気がしたがミミカによると西のゴブリン帝国と呼ばれる国を統治している皇帝がエラント一世を名乗っているそうだ。
横にいるゴブリン娘のフィーネ――フィーネ・ガルフ・エラントはゴブリン帝国の皇帝であるライアット・ネガラ・エラントの娘だそうだ。
娘といっても正妻の子ではなく、側妻の子だそうだ。それが原因で跡継ぎ争いに巻き込まれてフィーネはゴブリン帝国を追い出されているのだが……。
「わたしがお父様に聞いてみようか?」
「確かにエラント皇帝なら何かを知っているかもしれないけど。大丈夫? フィーネちゃん。あの国に戻りたくないんじゃない?」
ゴブリン帝国はガリュウの支配下にあった。支配下といっても高い知能を獲得したゴブリン帝国のエラント皇帝がガリュウ・ドミニオンの参謀の地位にあったのではないかとの情報があったそうだ。
参謀であったとしたら何らかの情報を持っている可能性がある。
それでも一度は追い出された国にフィーネが行く事にはミミカはためらいを感じているようだった。
「でもマヒロもミミカちゃんも困ってるんでしょ? ミミカちゃんは命の恩人だし、私のせいでショッピングモールは埋められちゃったし、何かできることがあれば協力したいよ」
ミミカが建設中だったラノキアのショッピングモールはゴブリンの住処であると疑われたために埋められてしまった。フィーネはそれを気にしているようだった。
「ショッピングモールはいいんだよ。また掘ればいいんだから。でもゴブリン帝国かー。うーん」
ミミカは腕組みをして悩んだ。ラミイも複雑な顔をしている。エミリスさんにいたっては首を振りながら、完全に否定した態度を取っていた。
事情を知らない俺だけが蚊帳の外に置かれていた。そんな俺にミミカがさらに説明してくれた。
「どこから話したらいいのかな。私がフィーネちゃんを助けたところからかな」
ミミカがこの世界に来た頃からゴブリンの数はそれほど多くなかったそうだ。それでも初心者の転生人がレベル上げのために狩りをする程度の数はいたそうだ。
だが、あるとき転生人がゴブリンの牙でアクセサリーを作り、それがこの世界の住人の間で爆発的な人気を産んだそうだ。
ゴブリンの牙のアクセサリーは飛ぶように売れ、転生人だけでなくこの世界の住人までもがゴブリンを狩って牙を採取し、アクセサリーを作りだした。
ブームは一時的なもので、すぐに飽きられたそうだがゴブリンの数は激減した。時間が経てばゴブリンの数も戻るのだがそんな時にミミカはフィーネに出会った。
「ミミカちゃんがわたしのことを助けてくれたんだよ」
「だってさ。いくらゴブリンの牙を集めるっていってもこんな小さい生まれたばかりのゴブリンを襲ってたんだよ」
ミミカは手で当時のフィーネの身長の辺りに手を置いた。
「どうしようかと思ったんだよ。ゴブリンを助けるのもあれだしさ。でも見殺しにもしたくなくて。それでフィーネちゃんのレベルをちょこっといじってね。いくら剣で攻撃しても傷つかないフィーネちゃんを見て村の人が諦めてくれたらと思ったんだよ」
ことはそれで終わるはずだった。しかし予想外だったのがフィーネがしゃべり出したことだった。
「びっくりしたよ。いきなり会話ができるからさ。フィーネちゃんとお話してたらさ、情が移るでしょ。私が使ったレベルブーストは一時的なもので時間が経つと元に戻るんだけど、そうしたらまたフィーネちゃんは死んじゃうかもしれない。だからその家族を少し強化してフィーネちゃんを守ってもらえばいい。そう考えたんだけどさ」
なぜかフィーネに使ったレベルブーストは一定時間を経てもフィーネのレベルを下げなかった。レベルブーストは転生人が転生人に対して使う上級魔法だ。ゴブリンに対して使った者はいないのでその効果は不明だった。
フィーネの家族にはEXPブーストを使い、少しだけレベルを上げた。こちらはすぐに効果が切れたのだが、じきにフィーネの家族も言語を操るようになった。
ゴブリンは少しレベルが上がるだけで、頭脳が飛躍的に向上していた。言語を操るだけではない。ミミカの置かれた現状も容易く理解した。
フィーネの家族はミミカと接触するうちに彼女の実情を知り、そのゴブリンの一家がミミカに協力すると言い出したのだ。
ガリュウとの抗争の最中だったミミカは深く考えずにその提案を受け入れてしまった。
「本当はゴブリンを巻き込むべきじゃなかったんだよね」
その時点でゴブリンの知力は上がっていたが、力はそれほど上がっていなかった。ゴブリンの身を案じたミミカはEXPブーストの上級魔法であるEXPスーパーブースト――正確には魔法ではなく女神がもたらしたスキルだが――を使い、ゴブリンのレベルを飛躍的に上昇させた。これが間違いの始まりだった。
二つ目の想定外が起こった。
レベルの上昇に伴い、繁殖力が異常に上がってしまったのだ。その結果、人間の手に負えないほどの強力なゴブリンが大量に増えてしまった。EXPスーパーブーストの効果が切れる頃には一都市の人口を遥かに上回っていた。
ミミカの協力を求め出た家族だけはミミカに協力的だったのだが、ミミカの父親、ゴブリン帝国のエラント皇帝と繁殖により増えたゴブリンはミミカとは中立を保ち、ゴブリン達で建国した。
それがゴブリン帝国の始まりだ。
最初こそゴブリンと人間はお互いに中立の立場だった。
しかし今は完全に対立している。ガリュウがゴブリン帝国に対して何らかの介入を行ったのだ。
そんな経緯があり、今はゴブリン帝国は人間にとって危険な場所となっている。
フィーネがゴブリン帝国へ行くことに、ラミイは否定的な意見を述べた。
「私はフィーネちゃんがゴブリン帝国へ行くのは反対やわ。あそこは危険過ぎる。フィーネちゃんが一人で行くにしても国境付近にはこの国の軍隊が駐留しておるしな。フィーネちゃん一人でそこを抜けられるわけがあらへん。誰かが一緒に行くとしてもゴブリン帝国にガリュウ・ドミニオンでない人間を入れてくれると思えへんし。それにフィーネちゃん自身も……」
そう、一番の問題があった。ミミカがそれを補足する。
「知性を持ったゴブリンが跡目争いを始めちゃったんだよ。フィーネちゃんは側妻の子だったから……」
跡目争いに巻き込まれたフィーネは同じゴブリンの兄弟に呪いをかけられた。体内で悪臭が発生する呪いだった。それで仕方なしにフィーネは国を出て一人で生活していた。
「頭が良くなるってのも考えものだな。高い知性を持ったおかげで新たな争いの種が生まれる」
俺は会ったこともないフィーネの兄弟に対して悪態をついた。
人間の世界もゴブリンの世界も知能を持ったら似たようなものになってしまうんだな。それにゴブリンとはいえ国のトップである皇帝に会いに行くのだ。そう簡単にはことが進まないだろうとも考えた。
だが、フィーネの意思は変わらない。
「とりあえず、お母様のところへ行く。それでお父様への謁見をお願いしてみる」
フィーネは皆を説得する。「他に手がかりがないんでしょ」とフィーネは皆の顔を見る。暫くの間、話し合っていたが結局これしかないと考えた俺たちが折れた。
「私は国境付近までフィーネ殿を手引しよう。私ならなんとか軍隊の目を盗むことが可能だ」
エミリスさんが協力を申し出てくれた。
「じゃあ、私はフィーネちゃんのお母さんに手紙を書いてみる。エラント皇帝とお話しをさせてもらうように」
そしてミミカが手紙をフィーネに持たせ、フィーネが一人でゴブリン帝国へと向かうことになった。
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