第28話 糸

 俺達はオルマール共同墓地の地下に閉じ込められて四人の遺体とともに数日を過ごすはめになっていた。


 ここに来ることを誰にも告げていなかったので、俺達を探しに来るものもいなかったし、「実験」を行った人物も現れなかった。


 俺とラミイがスキル玉を二つずつ手にしている。そのスキルを確認しておくことにした。


 俺の持つ赤い球は【スイートスメル】のスキルを拡張してくれた。もう一つは緑の球でノーマルスキルの【ウェポン・ブレイカー】だった。しかし名前のとおりに武器を破壊するわけではなく、一時的に武器としての性能を著しく落として1ダメージにするスキルだ。


 残念なことにチャージ時間が一時間とやや長い。戦闘中に一回だけ敵の攻撃を無効にできる感じだろう。


 ラミイの緑の球は俺を鉄格子に磔にした【ワイヤードプラント】だ。もう一つの赤い球の方はレアスキルなのだが、どうも効果がよくわからないらしい。スキル名は【ディボウテッド・ハート】だが、発動しても何も起こらないそうだ。




 何もできることがないまま、さらに数日が経過した。

 ここに閉じ込められて、何日が経過しただろうか。


 水も食べ物もなく、強烈な空腹にひたすら耐えていた。


 苔から滴る水分を吸ってかろうじて俺達は生き残っていた。そのあいだに何度かラミイによって鉄格子に磔(はりつけ)にされたが、すでに体から排出する水分もなくなり、さらに気力もなくなったのか磔にされることはなくなっていた。


 最初はエミリスさんの大きなおっぱいから母乳なんて出ないかな、なんて馬鹿なことを考えていたが(この時点ですでにおかしくなっていたようだ)、空腹がこれほど辛いとは思わなかった。苔から水分を取るだけでなく、少し口に入れて食べてしまった。あまりの空腹に自分の腕にかぶりつき、汗から塩分を取った。


 やがて苔が含んでいた水分もなくなってしまった。


 俺とラミイ、エミリスさんの三人は餓死寸前の状態で横たわっていた。


 俺たちには言葉を発する気力すら残っていなかった。あと数日が経過したら、鉄格子の向こう側にいる四人と同じ末路をたどるだろう。


 考えることは水と食べ物のことばかり。だがやがてそれさえも困難になった。意識がもうろうとしてきた。目を開けていることすら億劫になった。口の中はからからになり、唾液すら出てこない。


「エミリスさ……ん……、ラミ……イ……さん……」


 二人に声をかけたが反応がない。俺の声も掠れていてほとんど音になっていなかった。


 しゃべる気力も体を動かす気力もなくなっていた。このまま死んで体からスキル玉を排出するのだろうか。それを誰かが取りに来るのだろうか。


 くるしい……空腹が……これほど辛いなんて……。


 みず……水が……飲みたい……。


 口の中は完全に乾き切り、喉が張り付く。水を……水をくれ……。水分のなくなった顔が強張る。頬の皮膚が張り裂けそうに引きつる。


 あまりの苦痛に意識が途切れかけた。かろうじて戻ってくることができた。向こう側に行ってしまったらもう戻ってこれないだろう。意識が切れたら俺は死ぬ。人はこうやって死んでいくのだと理解した。


 ふと、フィーネのことを思い出した。


 フィーネはどうしたんだろうな。俺が死んだら悲しんでくれるかな。


 重たい瞼を開ける。瞼を開けることすら億劫だった。石の天井がぼやけて見える。目も正常に機能していないのか、ぼんやりとしか見えない。


 揺らめく糸が見える。幻影が見えているのか? いや、確かに見える。


 一本の細く透明な糸が天井まで伸びている。ラミイとエミリスさんにも伸びている糸とは別の糸だ。この糸はフィーネまで伸びているのだろうか。フィーネに繋がっているのだろうか。この糸をたどればフィーネに辿り着くのだろうか。


 ここから出ることができればフィーネを探すことができるのに。


 すぐにフィーネを見つけ出すことができるのに。


 でももうだめだ。思考することすら億劫になってきた。


 ああ、フィーネに会いたかったな。


 天井に伸びる糸がきらりと光る。糸が揺れている。動いている。


 この空間に風でも吹いているのだろうか? 空気の動きは感じられない。糸がゆらゆらと揺らめいている。


 風にのっているような動きをしていたが、ふいにすっと動きを早めた。それでも動きは僅かだ。ゆっくりと一方向へ動いている。


 糸はゆっくりと動いて俺の真上まで移動する。動きが止まった。


 外から入ってくる微かな光に反射して糸が煌めく。


 そして聞き覚えがある声が聞こえてきた。


「マ……ヒ……ロ……」

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