第27話 四つのスキル玉
一人の男が死んだ。そして俺の手元に真っ赤なスキル玉が残された。
俺たち三人は誰も言葉を発しなかった。心の中でミミカに対する疑心暗鬼だけが膨れていった。
次に死んだのはぴくりとも動かなかった男だ。いつ死んだのかさえも分からなかった。死んだことが分かったのはその男の口からスキル玉が吐き出されたからだ。
男のぱくりと開いた口の中に緑の点が現れ、最初の男と同じようにその点が膨張し、こぶし大の球状に膨れた。その球は暫くの間、男の口の上に乗っていたが、バランスを失いゴトンという音とともに床に落ち、ラミイの元へと転がってきた。
ラミイは気まずそうにその球を拾った。
ラミイが拾った球は緑色だった。手にとったラミイはそのスキルの能力を感知できたようだ。
「これはノーマルスキルのスキル玉……。【ワイヤードプラント】だね……。地中から蔦が伸びて、敵の足止めに使える」
牢の中の生き残りは二人だった。この二人は鉄格子から手を伸ばしたままうつ伏せで横たわっている。声をかけたが反応はなかった。やせ細り筋張った腕だけを鉄格子の間から俺たちの方へと伸ばしている。
時々ゆすってもみるが反応がない。冷たくなり始めていた。
「なんとか助け出せないか……」
ここからの脱出経路を探したが、四方は鉄格子、上は石の天井。彼らを助け出すことはもちろん、自分たちが脱出することすら困難だった。
大声を出したが外からの反応はない。鉄格子をよじ登ったが、天井は高くて手を触れることすらできない。外への連絡手段はもちろん無い。
ラミイが灯していた魔法光が静かに消える。魔力が尽きていた。完全な暗闇が襲った。僅かに生える苔がぼんやりと蛍光色を発している。
なすすべもないまま数時間が経過し、眠気が襲ってきた。かなり異臭がしてとても眠れないと思ったのだが睡眠欲には勝てなかった。いつの間にか寝てしまい、目が覚めると、ほんの僅かだけ差し込む光が夜が明けたことを告げていた。
新たに二つのスキル玉が鉄格子の向こうに残されていた。これで元々この場所にいた四人は絶命したことになる。
助けることができなかった。次は自分たちの番かも知れないにもかかわらず、手を合わせて冥福を祈った。
スキル玉はうつ伏せになった背中の上に残されていた。鉄格子から手を伸ばしてなんとかスキル玉を手にする。これも緑のスキル玉だった。
最後の一つは鉄格子から離れた位置に転がってしまっていた。一番手が長い俺でも届かなかったが、ラミイがワイヤードプラントのスキルを使って、伸ばした蔦で器用に球を転がして入手した。この球は赤い色だった。
俺とラミイがそれぞれ緑と赤の球をひとつずつ手にした。緑はノーマルスキル、赤はレアスキルの球のようだ。
ラミイがスキル玉を眺めながら呟く。
「転生人が殺された場合はスキルを奪われる。でも自然死した場合はどうなるか知られてなかったの。こうしてスキル玉がここにあるってことは、転生人は死ぬとスキル玉をこの世界に残すってことなんじゃないかな」
「ラミイ殿、では、実験と言っていたのは転生人を餓死させてスキルがどうなるのかその実験を行っていた、そういうことか?」
「ひどいことするな……」
「マヒロさん、彼らの死は悲しむべきものだけど、私たちも他人事じゃないんだよ。今まさにその実験とやらの被験者になってるんだからね」
ラミイの指摘はもっともなものだった。次は俺達の番だった。
「俺たちもここで餓死させられるってことか……」
「あとで結果を見に来るつもりなんでしょうね」
「聖女ミミ様――いや、ミミカが……か?」
エミリスさんが含みを持たせた言い方をした。それにラミイが反論する。
「ミミカちゃんがこんなことするわけがない」
「しかし、隠れ家の手紙といい、彼らの最後の言葉といい、そしてミミカ殿は同じスキル玉を持っているんだろう。転生人を餓死させて手にしたんじゃないか?」
「エミリスさん、でもそれなら実験なんて必要ないってことですよね? 自然死したらスキル玉が手に入ることを知っているはずだから」
「まあ、確かにそうだな……。実験なんか必要ないんだろう。ただ単に新たなスキル玉を手にするために彼らをここに閉じ込めたんじゃないか?」
「だからミミカちゃんじゃないって、ミミカちゃんはこんなことしないよ」
「ミミカ殿がどのようにスキル玉を入手したのか、ラミイ殿には話していないんだろう? 私たちをここにおびき寄せ、閉じ込めた可能性は……」
「だから違うって……」
ラミイは泣きそうな顔をしていた。これ以上はラミイを責めることになると感じたのか、エミリスさんも口を閉じた。
そのままさらに数時間が経過した。この場所は冷たく冷え込むだけではなく、鼻をつく悪臭がきつかった。死んでいった彼らの排泄物がそのまま垂れ流されていたからだろう。
「ここはひどい匂い……。マヒロさん、この匂いだけでもなんとかなりませんか?」
「俺もスイートスメルのスキルを試してみたけど、死者に対しては効果がないようなんだ」
「少年よ、なら私とラミイ殿にそのスキルを使ってみてはどうか? 対象者の香りが良くなるのであれば、この場の匂いと中和できないだろうか」
「そうですね、では試してみます」
俺は【スイートスメル+(プラス)】のスキルを発動させた。このスキルは拡張され、おなら以外の匂いも変えることができるはずだ。
エミリスさんとラミイからふわっと香水のような香りが流れてきた。二人の心臓のあたりから、きらきらと光り輝く一本の細い糸が空中をふわふわと漂っている。だが、その糸は二人には見えないそうだ。俺もよく目を凝らさないと見ることができない。
糸は空中を漂いながら俺の方に近づき、俺のみぞおちの辺りから入り込んできた。何の感触も感じなかった。俺とつながった糸は細く細く変化し、消えそうになった。ほとんど見えなくなり、たまに一部分がきらっきらっと差し込む光に反射していた。
これがスキルの説明にあった『術者と見えない香りのラインでつながります』というやつなのだろう。
二人の香りとこの場の悪臭が中和されたのか、鼻を突く悪臭は消えてなくなっていた。
「どうやら匂いの問題は解決したようだな。少年よ、助かった」
「え、ええ……解決しましたね……マヒロさん……ありがとうございます……」
匂いの問題は解決したが、今度はラミイの声がおかしい。声には力がなく、震えていた。何かを堪えているようだった。
力なくたどたどしい口調で応えたあと、ラミイがなぜかずっともじもじとしている。さっきから何かを必死に我慢していた。
ラミイに新たな問題が生じていたのだ。
ラミイの顔が青ざめている。振り絞るように声を出す。
「も、もう……げ……限界で……す……」
「ラミイさん、どうしたの!?」
心配になって近寄ろうとした俺に対して、ラミイはキッと睨みつけてくる。
「来ないで! 後ろを……向いて……その檻に手をついて!」
俺に行動を促しながらも、俺の行動は待たずに強引に後ろを振り向かされた。そして強い力で俺を鉄格子に押し付ける。
ラミイは【ワイヤードプラント】スキルを発動した。床から伸びてくる蔦が俺を鉄格子にからみつけた。後ろ向きに鉄格子に磔(はりつけ)にされた体勢だ。
「う、うごけねぇ……」
いったいどうしたんだ、ラミイ。なぜこんなことを……。
ラミイの直前の表情を思い出してみる。
ラミイは青ざめながらもそれに反して頬を染めていた。ラミイは我慢していたのだ。そう「あれ」を我慢していたのだ。
「ラミイさん、おしっこなら、おしっこって言えばいいの……に……うおっ! うごががっ」
何かが俺の口に押し込まれた。
ものすごい勢いで伸びてきたワイヤードプラントが俺の口を塞いでいた。
息ができない。死ぬ! 死ぬよこれ!
ワイヤードプラントはさらに伸び続け、俺の目と耳も塞ぐ。
その状態が数秒間続いた。
ようやく解放されたとき、ラミイの顔は耳まで真っ赤だった。俺の【スイートスメル+(プラス)】の効果によってこの場に異臭はまったくない。床に水たまりだけが残されていた。
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