第26話 四つの牢
光源としては頼りない魔法光だったが、目が慣れてきたこともあり、鉄格子の向こう側が見えてきた。
俺達のいる部屋の四方向に別の四つの牢屋があるようだ。この場所を中心として周囲に四つの牢屋がある配置になっている。
ここは薄暗くなによりこの場所の悪臭がすごい。呼吸するだけで気持ち悪くなりそうで思わず息を細くしてしまう。
目を凝らすと四つの牢屋にそれぞれ一人ずつが囚われていた。
四人の内まともに会話ができるのは一人で、残りの三人は横たわっており、生きているのか死んでいるのか判別がつかなかった。
その一人が檻の近くまで這うように近寄ってきて、鉄格子に手をかけた。やせ細った男だった。力なく俺達に声をかけてくる。
「た、助けてくれ……」
助けてくれと言われても……。
俺は思わず頭上を見上げる。ラミイの魔法光でかろうじて天井が見えるが、俺たちが落ちてきたはずのその場所は石の天井でふさがっていた。なんらかの罠でこの場所に落とされたようだ。
助け出すどころか、俺達でさえここから脱出することは困難だ。
四方が鉄格子、そして手の届かない高さの天井は石で塞がれている。ここに閉じ込められた形だ。エミリスさんが目の前の男に声をかける。
「いったいどうしたのだ? おぬしはここに閉じ込められているのか?」
「み、みず……水を……」
男はエミリスさんの問いに答えずに水を要求した。俺達は水も食料も持たずにここへ来た。暗くなったらすぐに王都へと帰るつもりだったからだ。
エミリスさんは周囲を見渡す。だがそれはどこにも出口がないことを確認しただけに過ぎなかった。
「水は持ってきていないのだ。なんとかここから出してやる。いったい何があったのか、詳しく話してはくれないか。大丈夫か。話せるか?」
目の前の男が気力を振り絞るように顔だけを上げる。喉は渇ききり張り付いているのだろう。声を振り絞るのがやっとだった。
「わ、わたしは……てんせいじんで……ここに……とらわれた……。そこの……さんにんも……おなじく……」
残り三つの牢屋に目を向ける。一人は仰向けのままぴくりとも動かない。一人は顔だけを横に向け、力なく目だけをこちらに向けている。一人は横になったまま左手だけをこちらに伸ばそうとしていた。
「いったい誰がこんなことを……」
「み、……みか……」
俺とエミリスさん、ラミイは顔を見合わせた。ミミカ? ミミカと言ったのか?
「ミミカか? ミミカなのか? おい、お前をここに捕らえたのはミミカなのか?」
気が付くと先ほどまで動けなかった二人も俺達の方へと這いつくばりながら近寄ってきた。その動作は非常に緩慢だった。僅かに残った力を振り絞っているのがわかる。ようやく鉄格子まで辿り着く。二人が牢の檻から手を伸ばした。三つの牢から三本の手が伸びる。
「た……たすけ……」
「こ……こ……から……だし……」
あとから手を伸ばした二人も苦悶の表情で訴えかけてくる。残された一人だけはぴくりとも動かない。
「なぜこんなひどいことを……」
「……じ……っけん……」
「実験? 実験と言ったのか? 何の実験なんだ?」
「てんせいじんに……殺されると……スキルが奪われる……だ……が……てんせいじんが……自然死したら……そのスキルはどうなるのか……」
「ここでお前らを餓死させたらそのスキルがどうなるのか、その実験なのか? そうなんだな」
「……そう……」
鉄格子から伸びていた手ががくりと落ちた。「おい、どうした? おい!」エミリスさんはその腕を揺さぶりながら声をかけたが反応は返ってこなかった。その腕は静かに冷たくなっていった。
「ラミイ殿、どういうことなんだ?」
問い詰めるような口調でエミリスさんがラミイを睨む。だがラミイも何も知らないようでただ首を振るばかりだ。
「死んでしまったのか?」
俺はその男の手を取る。手は冷たい。脈はすでに無かった。
「だめだ。死んでる……」
俺がその手を離そうとした時だった。その男の手のひらから何かが浮き出てきた。最初は赤い小さな光の点だった。だがその点は少しずつ膨張を続ける。豆粒大からゴルフボール大、やがて片手で握れるほどの球にまで膨れた。最初は確かにただの光だった。今は真っ赤な球体として具現化していた。
俺はそれを手に取る。透明の赤い球は固くずしりと重い。ガラスのように透き通っている。
「少年よ。その球は何だ?」
エミリスさんが問いかける。一方ラミイは別の反応をした。
「マヒロさん……それは……その球は……」
ラミイにはこの球が見覚えがあったようだ。その球についてラミイに問いかけようとした時だった。俺の中に奇妙な感覚が生まれた。
【スキルが拡張されました】
【スイートスメル+(プラス)】
『女の子のおならのにおいを消す』この効果は修正されました。『対象者の持つ香りが甘く芳醇なものに変わります』
+効果が付与されます。
『特殊な香りが対象者に付与』されます。この香りは術者と対象者をつなぎ、『術者と見えない香りのラインでつながります』
「こ、この球……俺のスキルを拡張したぞ……」
そして俺の言葉を聞いて発したラミイの言葉は、その場の空気を変え得るに足るものだった。
「その球はたぶんスキル玉……。ミミカちゃんが同じものを何個も持っていた……。どうやって手に入れたかは教えてくれなかった……。スキル玉はこうして入手したってこと? どういうことなの……」
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