第22話 侍女ラミイが話す転生人たちの現状
ラミイにはミミカが行方不明だという深刻さはあまり感じられなかった。そして右拳を振り上げて熱弁を振るった。
「ミミカちゃんと私には野望がございます。この世界にエンターテイメントを! アイドルの概念を持ち込み、テーマパークを設立し、いずれはマンガやアニメを普及させる。そんな野望があるのです!」
当初のお淑やかな仕草から一変、豹変したかのように明るい態度だ。ラミイからは悲痛さは微塵も感じられない。
「ちょっと話がついていけないのだが、ラミイ殿、そなたも聖女ミミ様もいずれも転生人ということだな」
当惑した表情でエミリスさんが尋ねた。
「はい、そうです。でもできればご内密に。アイドルは夢を売る商売です。本当のことは知らない方が幸せなのですから」
ラミイは口元に人差し指を当てていたずらっぽく微笑む。
「別に聖女様が転生人でも問題はないと思われるが……。むしろ転生人のカリスマ性は高い。スキルという特殊能力を持って生まれた転生人に憧れる人間も多いからな……」
それには答えずに、横道にそれた話をラミイは元に戻した。
「それでお願いの件ですが、マヒロさん。ミミカちゃんをいっしょに探してもらえないかと。どうでしょう?」
俺は少し悩んだ。ミミカとは直接の面識があるわけではないし、フィーネのことが心配だった。ミミカは所在が不明だとはいえ、生きていることに間違いはない。
ところがフィーネは生死が不明なのだ。俺のスキル情報では名前があるが、はたして死亡した者は名前が消えるのか、それともそのまま残るのか。
「俺は探さないといけない人がいるんです……。人じゃなくてゴブリンですが……」
ちらりとエミリスさんを見る。フィーネのことをどこまで話していいものか。エミリスさんは俺のことを見つめ返すだけで何も言わない。
「ゴブリンとは昨日この街に入りこんだというあのゴブリンですか?」
「はい……」
「どうしてそのゴブリンをあなたが探すのですか?」
「実は……」
俺はこの世界に来たこと。フィーネと出会ったこと。そして昨日フィーネが囲まれて襲われたことをかいつまんで話した。ラミイも転生人なんだから理解してもらえるという期待があった。
「なるほど。そのフィーネというゴブリンは他のゴブリンとは少し違うようですね……」
明るかったラミイはまた一変して、顎に手を当てて神妙な顔つきに変わる。
そしてラミイはゴブリンが最強の種族になったいきさつを話しだした。
「二年ほど前でしょうか、ガリュウ・アクダという転生人がこの世界でドミニオンを結成したんですね。ドミニオンというのは最初はこの世界の転生人による支配領域を指していたのですが、やがて転生人同士の派閥を指してドミニオンと呼ぶようになりました。派閥は分裂したり、結合したりを繰り返して大きくふたつの派閥、ガリュウ・ドミニオンとミミカ・ドミニオンの二つに別れました。どちらにも所属しない者もいますが少数派です」
「転生人同士で群れを作った、ということですか?」
俺は確認のため聞き返した。
「そうですね。スキルを一つだけ持ってこの世界に来る転生人は結託したほうが有利なんです。中にはあまり役に立たないスキルを持って転生してくる者もいますしね。転生人を殺してスキルを奪おうとする人もいますからね」
ラミイは一瞬だけ暗い表情を浮かべてすぐに表情を戻した。
「支配を望むガリュウ派と平和を好むミミカ派、はっきりと色合いが別れました。そしてガリュウはミミカ派の転生人を襲い、ミミカ派はそれに対抗するためにゴブリンを最強種族にして協力を仰いだのです」
「なるほど、ゴブリンの助けを借りてガリュウ派に対抗しようとしたんですね」
「ええ、でもガリュウは私達の想定を超えていました。ゴブリンを何らかの方法で取り込んだんですね。ガリュウによってゴブリンが種族ごと奪われた形です。ミミカ派は劣勢となり、そのほとんどが殺されてしまって、生き残りも行方不明で散り散りになっています」
「そんなことが……」
「残った転生人はほとんどがガリュウ派でした。ところがおかしなことにガリュウ派の転生人も行方不明になってしまったのです。これは推測ですが、ガリュウが仲間の転生人を殺してスキルを奪ったのではないかと考えています」
それに対して答えたのはエミリスさんだった。
「なるほどな、ガリュウという奴がスキルを独り占めしようとしたってことか……。転生人をあまり見かけないと思ったらそんな理由があったのか」
エミリスさんが腕を組みながら真剣な表情を浮かべる。ラミイがさらに話を続ける。
「そしてガリュウ自身も現在は行方不明です。凄惨な転生人同士の戦いが終わった今、ミミカちゃんはこの世界にエンターテイメントを普及させ、次に来る転生人たちが争わない世界を作ろうと思っているんです」
現在ガリュウ派、ミミカ派双方の転生人はほとんど残っていなく、ガリュウ自身もどこにいるのかわからないらしい。争いの果てに転生人が滅んでしまった、そんなところだろうか。
ラミイの最初の熱弁「この世界にエンターテイメントを!」は悲劇を乗り越えた彼女らが、過ちを繰り返さないために考えぬいた結果なのかもしれない。
「そしてこれも私の推測ですが、その瀕死の――まだ生きていると仮定してですが――ゴブリンの娘とミミカちゃんはいっしょにいるんじゃないかと思うのです。そのゴブリンの娘はフィーネちゃんと言いましたか。ミミカちゃんを探せばフィーネちゃんも見つかるかもしれません。少なくともミミカちゃんはフィーネちゃんについて何か知っているはずです」
ラミイといっしょにミミカを探す、そうすればフィーネのこともわかるかもしれない。スキルの情報にはフィーネの名前こそあるが、もしかしたらすでに絶命している可能性もある。それでも俺はフィーネを探さなければならない。ミミカからフィーネの最後の言葉を聞けるかもしれない。ミミカがフィーネの遺体をどこかに埋葬した可能性もある。
最悪の想定をしてしまうのは俺の心の弱さからだ。生きているかもしれないと思う反面、だめだろうと思う気持ちもある。穴の底へ落ちていくフィーネのにごった瞳がいつまでも俺の頭を離れないでいる。
「それでラミイ殿、聖女ミミ様とゴブリンの娘がいる場所に心当たりはないのか?」
「あるにはあるのですが……。もしフィーネというゴブリンが瀕死の状態だった場合はミミカちゃんの手には負えないはずです。ミミカちゃんが転移ゲートを使ってある場所に向かった可能性があります」
ラミイが言うには転移ゲートという魔法で別の場所へ瞬間移動できるらしい。ただ、その魔法はクリスタルに封じられたものでミミカが二個だけ所持していたものだそうだ。
「私一人では心細かったので、同じ転生人の力を借りたいなと……」
「この少年は役に立たんと思うぞ」
「そうでしょうか。他の転生人のスキルで私は助けられてきました。マヒロさんはどんなスキルをお持ちですか?」
答えあぐねていた俺に対し、ラミイはふたたび「どんなスキルをお持ちですか?」と聞いてきた。仕方なく俺はラミイに自分のスキルの説明をした。ラミイは信じられないというように驚愕の表情を浮かべたあと落胆して「ひどいスキルですね……」そう言った。
「この少年じゃ役に立たんな。私が一緒に行ってやろうか。ゴブリンの調査という名目もあるしな」
「本当ですか。王国の騎士様の手を借りれるのなら、助かります」
ラミイはエミリスの両手を取って感謝の意を示した。
もちろん俺も協力の意思を示したが、完全に蚊帳の外だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます