第17話 聖女様はショッピングモールを作りたい

 何者かによって大聖堂に火が放たれる半時ほど前、聖女ミミはこっそり大聖堂を抜けだそうとしていた。足音を忍ばせながら玄関扉の取っ手に手をかけた時だった。


「聖女ミミ様、こんな夜更けに出かけるのはおやめください」


 背後から侍女に声をかけられた。侍女は聖女ミミに対して献身的に尽くしてくれるが、厳格な性格も持ち合わせている。侍女に聞こえないように、聖女ミミは軽く舌打ちをする。


「いいじゃない。ちょっとくらい。まだ0時前だよ」


「だめです。大聖堂の周りにはあなたのおっかけがたくさんいるんです。外に出たらパニックになる可能性があります」


 侍女に促され、しぶしぶ聖女ミミは自室へ戻る、……ふりをする。

 そしてこっそりと地下へと降りる階段に足を踏み入れた。


 誰にも気が付かれることなく地下室に到達し、目の前の扉を開けた。


 夜更けということもあり、地下の部屋にはひんやりと冷たい空気が満たされていた。その一角、このあたりかなと彼女は目星をつける。


 聖女ミミは魔法を発動させる。魔法といっても大した魔法が使えるわけではない。世間では彼女は大魔法使いガーラスに匹敵するほどの魔力を有していると思われているが、ただのレベル12の女の子でしかない。


 唱えたのは土属性の魔法だ。採掘用の魔法なのだが、手にしているスキル玉のおかげでその魔力は増幅される。聖女ミミの魔力が過大評価されている理由がこのスキル玉だ。


 スキル玉にはスキルを封じ込めておくことができる。それがパッシブスキルの場合はその玉を身に着けているだけで効果を発動させることができる。


 魔力が増幅され、威力が増した魔法がドリルのように地下室の床に穴を開けて進む。もぐらのごとく掘り進められた穴は、やがて空洞に到達した。


 そこには広大な空間があった。


 聖女ミミは地下室の床に空けた穴に飛び込み、その空間へと身を乗り出す。すたっと軽快な音を立てて広い空間に降り立った。そして光属性の魔法を唱える。


「ごめんね、ラミイ。早く計画を進めたかったんだ」


 独り言を呟く。ラミイは先ほど聖女をたしなめた侍女の名だ。


 魔法は真っ暗だった空間に多数の店舗を浮かび上がらせる。正面には幅が広い通路が伸びる。その通路に沿って店舗が並んでいた。薄暗いのではっきりとは見えないが、商品棚もそこに並ぶはずの商品もまだ存在していないことを知っている。計画は準備中の段階だ。


 聖女ミミは街の地下にショッピングモールを作ろうと計画していた。広い通路にそって武器屋、防具屋、魔法道具屋、雑貨屋、食料品店、酒場、食堂、その他様々な店舗をここに誘致するつもりだ。雨の日でも憂慮することなくショッピングを楽しむことができる。


 彼女にどこか負い目があったことは否定出来ない。彼女が経営しているコンビニは売れ筋商品を安く提供している。高価な武器防具は置いていない。例えば装飾過多な剣の類は美術品としての価値は高いが、それで武器としての性能が向上するわけではない。職人がどれだけ手をかけて柄を掘り宝石を埋め込み、飾り立ててもそれを買うのは見栄えを重視する貴族の連中くらいだ。自らの財力の誇示や、羨望の目を集めることが目的だ。一般の冒険者が手に取ることはほとんどない。


 従来の武器屋はこれらの過剰な装飾が施された武器も、簡易な装飾のリーズナブルな武器も満遍なく取り扱っていた。利益のことなど頭にないし、当然原価計算などという言葉も知らない。そもそも商売敵が存在しない状態で、儲けを考える頭がなかった。


 ところが聖女ミミが現れた。効率を重視した経営に既存の武器、防具屋が対抗できるはずはなかった。商売環境の変化に臨機応変に柔軟に対応する、などということは商売の素質など皆無な彼らには不可能なことだった。


 結果、多くの武器屋、防具屋が潰れていった。


 聖女ミミはかろうじて営業を続けている武器屋、防具屋を、建設中のショッピングモールに誘致しようと考えている。一箇所で全てが揃うコンビニ、その巨大バージョンだ。もちろん彼女が経営するコンビニの売上は落ちるだろう。だが、ここにさびれて潰れかかっている店舗を誘致すれば、利便性を考えると、人も集まるし相乗効果で売上増が期待できる。つぶれかかった店舗に対する罪滅ぼしでもあった。


 当然、わずかばかりのテナント料をいただくつもりではいるが、聖女ミミの目的は異世界で金持ちになることなどではない。そんなことには興味が無い。もっと大きな目的がある。


 各地の地下にショッピングモールの建設を進めているが、このラノキアがもっとも建設が進んでいる。ショッピングモールの完成まであと一歩のところだ。


 だから少しでも早く建設を進めておきたかった。魔法の力を使って一人で地下を掘り進めている。かなり時間がかかったが、もうすぐ念願が叶う。完成間近の広大な空間を感慨にふけりながら眺める。漆喰を塗り忘れた壁はないだろうか。タイルを貼り忘れた床はないだろうか。その他にどこか落ち度はないだろうか。


 注意深く自らの創作物を観察していた時、異変が起きた。


 急に背後で視界が明るくなった。光源は聖女ミミがこの空間に降り立った入り口――地下室に空けた穴からだった。


 最初は聖女ミミがここに来たことに気がついた誰か、例えば侍女のラミイかと思った。灯りを持ってこの空間へ降りて来たのだと思ったのだ。


 だがそうではなかった。地下室へつながる天井の穴から燃え盛る本が落ちてきた。続けて焼けた木片が落ちてきた。天井の先、地下室は赤く燃え盛っていた。火の海だった。熱気が伝わってくる。火事だ。


 大聖堂が放火されたことは知るはずもなかった。だが、大聖堂が燃えていることだけはわかる。ラミイはちゃんと逃げ出せただろうか。


 さて、自分はどうするか、聖女ミミは考えた。天井の穴から地下室へ戻ることはできない。この空間に閉じ込められた形になる。


「そうかー。火事ね。ちゃんと火事も想定しておかなきゃね。スプリンクラーが必要だった。消防法も勉強しておくべきだったんだね」


 軽い口調で呟く。


 やはりまだ落ち度はあった。火事の対策が頭から抜け落ちていた。ショッピングモール建設は聖女ミミが思うほど容易いものではなかったのかもしれない。


 地上が火事になってもまだ余裕があった。いつでも手持ちのスキル玉と魔法玉と、やや貧弱だが自身の魔法で対処できると思っていたからだ。だが、ふいに息苦しさを感じた。この空間の酸素がなくなりつつあった。やばい、やばいかも、聖女ミミは焦りだす。


 とりあえず空気穴を開ける、それが先決だと判断した。消火は魔法玉を使えばいつでもできるだろう。ショッピングモールの奥へと進む。そこが広場のように広く作った空間だとわかっていたからだ。


「ここが地表面に一番近い……。天井が高いからね」


 余裕を取り戻す。ここから地上に穴を空ければいい。


 頭上に向けて土属性の魔法を放った。天井にぶち当たった魔法の光弾が天井の土を周囲に撒き散らしながら、土の中へねぶるようにずぶずぶと食い込んでいく――

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