第15話 聖女様を狙う者

 すっかり夜は更けていた。フィーネと俺は宿屋へ向かって夜道を歩く。


「なんか、ある意味でものすごかったな、聖女ミミ……。あのダンス、キレが良すぎだ。まだ瞼の裏に残ってる」


「うん、楽しかったね。マヒロ、あの子が『ミミカちゃん』だよ」


「は!? ミミカちゃんって……。コンビニを経営しているミミカちゃんか? 聖女ミミの正体がミミカってことか?」


「うん、ちょっと遠目からだけど、間違いないよ。声もミミカちゃんだったし。すごいなー、ミミカちゃん。お店の経営だけじゃなくて聖女もやっていたんだ」


 俺は言葉を失った。


 コンビニを経営して、アイドル(聖女)をやっているミミカ。おもいっきり異世界を満喫していないか? ミミカはよほど良いスキルを女神様からもらったんだろう。おれなんて【スイートスメル】なんていう超レッサースキルだっていうのに。


 ミミカのスキルはいったいどんなスキルなんだろうな。レアスキルか? それとも超レアスキルか? いや、生き残っているってことはミミカが神域レアスキルを引き当てたに違いない。

 うらやましい、うらやましすぎる。

 ミミカを倒してスキルを奪ってやろうか、なんて黒い心が俺を支配しようとする。


「少年、来ていたのか」


 突然背後からかけられた声はエミリスさんのものだった。雑踏の中、出会ったのは偶然だった。


「少年よ、すごかったな、聖女ミミ様。噂以上だ。私もすっかり虜になってしまったよ」


 エミリスさんは軽装の鎧で剣は帯刀していなかった。そして興奮しながらまくし立てる。


「いままで教会で賛美歌を歌われる聖女様はおられた。だが、歌いながら踊るということをされた方はいなかった。聖女様だけではない、われわれ騎士も、平民も、下賤の者も誰ひとりとして歌と踊りを融合するという考えはなかった。しかも聖女様は歌いながら魔法も使っておられた。その魔法が一種の演出にもなっている。歌と踊りと魔法、三者の融合とハーモニー。誰が思いつくであろうか、この発想ができる者がどこにいようか。ああ、聖女ミミ様はすばらしい、本当に聖女の中の聖女様でおられる」


 エミリスさんは陶酔しきった表情で、紅潮した顔がまた色っぽかった。心底聖女ミミに惚れ込んでいる、そんな様子だった。


 だが俺はそれを冷めた目でしか見ることができなかった。


 確かにね。ああ、すごい、すごい発想だよ。歌と踊りと魔法の融合? そんなものはどうでもいい。すごいのは異世界へ来てアイドルをやるって発想だ。普通は冒険者になって魔王を倒そうとかするだろうよ。俺が読んでいた小説でもそうだったからだ。


 ひたすら強さを求める。それが男の夢ってもんだろ。ってミミカは女なのか。そうか、女だからか。


 そのとき遠方の夜空が明るくなっていることに気がついた。


「エミリスさん、なんか向こう、やたら明るいですね」


「ん? あちらは大聖堂の方角だな。あれは……どうやら火事のようだ。聖女ミミ様は大聖堂に泊まっておられるはずだ。少し気になるので私は行ってみる。もう時間も遅い。少年は早く寝ろ。では、少年、またな」


 エミリスさんが小走りでその火事と思われる方向へ立ち去った。帰ろうかとも思ったが、俺はどうしても気になってしまった。俺とフィーネも様子を見に行くことにした。


 夜道を火事と思われる明かりだけを目指して進む。

 歩きながらいつの間にか暗い路地に入っていた。

 突然、耳に不穏な声が届いた。


「ここにもいたぞ……」

「こいつもスキル持ちのようだな……」

「なら、始末するか……」


 暗闇の中から怪しい音が響いた。

 暗がりから三人の兵士が姿を現す。腰にぶら下げた剣を引き抜いて俺達に突きつけてくる。俺とフィーネを囲むように三人の兵士は素早く正三角形の陣形を取った。


「お前、転生人だな。悪いが聖女ミミとの関係を答えてもらおうか?」


 兵士の一人が問いかける。どう答えようかと逡巡する俺だったが、横から声がした。


「ミミカちゃんはわたしの友達だよ」


 怪しい男の問いかけにフィーネがあっさりと答えてしまった。


「……やはりそうか。なら生かしておけないな。お前らのせいで俺達は今日明日をすら生きられないほどに追い詰められたんだ。店がつぶれたのもお前らのせいだ。しかも歌って踊れる聖女だと? 俺達の仕事を奪って、しかもあんな歌で人心を惑わし、何様のつもりだ。お前らの所業は死を持って償ってもらう」


 別の男も口を開く。


「いまごろ聖女ミミは焼け死んでいるだろうよ。すべてはお前達のおこないの報いだ。ここで死んでもらうぞ」


 三人目の男も口を開いた。この男の装備だけは他の二人と違い、全身が鎧に覆われた重装備だった。


「てっきり仲間は聖堂の中にいるやつらだけと思い込んでいた。こんなところにも聖女ミミの配下が残っていたとはな」


 この三人は聖女ミミに恨みを持つ者たちか? 俺とフィーネを聖女ミミの仲間だと思っているようだ。俺は聖女ミミに会ったのは今日が初めてだし、話しをしたことすらない。とんだとばっちりだ。


 しかもこいつらは大聖堂に放火したというのか? そんなのは許されない行為だ。


「まさか、お前達が聖女ミミの命を狙って大聖堂に火を放ったとか、そう言うのか?」


「ああ、その通りだ。聖女の仲間であるお前らもここで死ぬんだ。死ね!」


 叫ぶと同時に男の一人が俺に向かってロングソードを振り下ろした。何も手にしていない俺は反射的に素手で身をかばおうとしてしまう。頭を守ろうと掲げた俺の右腕にロングソードが食い込む直前、キンという音とともに、男のロングソードが弾かれた。


 フィーネが素手で男のロングソードを弾き返していた。男は一瞬何が起こったのか理解できないでいた。


「マヒロは下がっていて。わたしが相手をするよ」


「なんだ? 子供とはいえ聖女ミミの仲間である以上、見逃すわけにはいかんぞ。悪いが小娘もここで死んでもらう!」


 まさか素手でロングソードを弾き返されたなどと考える頭は男にはなかった。


 ロングソードを弾かれた男が今度はその剣をフィーネの体を貫こうとばかりに突き刺してきた。フィーネはそれを前に掲げた右の手のひらでただ受け止める。ロングソードはフィーネの手のひらでがちりと止められた。鉄の盾に阻まれたようにロングソードが受け止められる。


「こんなのでわたしは倒せないよ」


「な!? こいつは何者だ? 肉体を魔法強化しているのか!? ガキだと思って侮ったか。俺達も魔法を、先生、お願いします!」


 男達は俺たちを包囲していた陣形を崩し、いったん一箇所に集まった。先生と呼ばれた男が唱えた魔法で男達の足元に魔法陣が現れる。それとともに男達が手にした剣が青白く光る。続いて鎧も青白く光った。男達は武器強化の魔法と防具強化の魔法を使ったようだ。


「もうすぐA級冒険者となる先生だ。悪いことはいわん。大人しく殺されておけ、痛いのは一瞬だけだ。すぐに死ねる。先生お願いします」


 先生と呼ばれた男が前に歩み出る。三人の中で最も重装備の男だった。


「悪いな。子供相手に魔法を使う予定はなかったんだが、相手が同じ魔法詠唱者なら話は別だ」


 先生と呼ばれた男は明らかに他の二人と装備が違う。異世界に来たばかりの俺ですらひと目見てその防具の希少価値の高さがわかる。


 もうすぐA級冒険者だと言っていた。先生と呼ばれた男は実力のある冒険者に違いない。


 その冒険者らしき男が魔法の力で強化された青く光った剣を構える。それを見てフィーネも呪文を唱える。


「それならわたしも魔法を使わせてもらうね。――深き闇の底よりさらに深遠なる幻魔におります我が主よ、すべてを引き裂くその魔刃の力を我に貸し与え給え。顕現せよ、【幻想の蒼き魔剣イマジン・デモニック・ブレード】」


 フィーネはさっと右手を横に差し出し、中空からおぼろげな光に包まれた幅広の剣を取り出した。


「ほう、魔剣を生成したか。なかなかやるようだな。だがな、魔神すらも切り裂くこのブレイブソードには無力だぞ。相手が悪かったな」


 フィーネの口角がかすかに上がった。小さく笑みをこぼす。そして両手で剣を握り直し、上段に構える。リトルゴブリンの小さい体には似合わない大振りの剣。まるでフィーネの体全体を守っているかのように力強い。


「ふん、その魔剣ごと切り裂いてくれるわ! お前のような小娘に時間を裂くことすらもったいないわ。肉塊と成り果てろ!」


 先生と呼ばれた冒険者がフィーネの頭上に剣を振り下ろした。だがすでにフィーネの姿はそこにはなかった。


 冒険者の隣りにいた男が声を上げる。


「な!?」


「ここだよ」


 男の声とフィーネの声が重なる。

 横で様子を見ていた別の男の脇にフィーネはいた。黒いローブに身を包んだフェーネの瞳だけが鋭く光る。


 声をかけられた男は慌てふためきながらとっさにフィーネを斬りつける。だが、その剣には力がこもっていない。フィーネは魔剣で軽くその剣をはじくと、当然のごとくその剣は男の手から弾き飛ばされる。間髪入れず、フィーネは男の腹に飛び蹴りを食らわせる。男が呻きながらうずくまる。


 蹴りを入れたその反動でフィーネは後方へ飛び退く。その下がったときに着地した足で地面を蹴り、もうひとりの男の眼前へと飛ぶ。


 フィーネのとっさの動きに反応できなかった二人目の男は一瞬目をつぶってしまった。その顔面にフィーネの膝蹴りが入る。膝蹴りを受けた男は仰向けに頭から激しく転倒する。倒れたままぴくりとも動かない。


 ひと呼吸する間に二人の男が横になっていた。だが、フィーネはまだ止まらない。


 着地したフィーネはその足で再度飛び上がり、残った冒険者に魔剣で斬りかかった。さすがにA級間近の冒険者だ。冒険者はこれに反応し、フィーネの魔剣と冒険者の剣が激しい音を立ててぶつかり合う。火花が飛ぶ。


「ぬう」


 瞬く間にフィーネは二人の男を倒し、残されたはこの冒険者の男だけ。


「お前、何者だ?」


「フィーネだよ。フィーネ・ガルフ・エラント」


「エラント……どこかで聞いた名だ」


 冒険者はすぐにその名前に思い至る。


「そうか、ゴブリン皇帝と呼ばれるあいつがエラントとか言ったな。エラント帝国のゴブリン皇帝の名を名乗るとは無謀な、お前殺されるぞ、名を変えたほうがいい。いや、どうせここで死ぬんだから関係ないか」


「余計なお世話だよ。わたしはこの名前が気に入っているんだ」


 フィーネは冒険者に剣を構えて飛びかかる。低い位置から何度も跳びはねるように冒険者に斬りつける。激しい攻撃に、冒険者はその剣を受けるだけで精一杯だった。


「むう。この速度、この剣筋。小娘、お前は本当に何者なのだ?」


 冒険者はフィーネの剣を捌き切れない。フィーネの剣が冒険者の肩を切り裂く。冒険者の肩から血が吹き出した。フィーネは一旦攻撃の手を止める。


「あなた、まだB級冒険者なんでしょ? わたしには勝てないよ。確認するけど本当にあなたたちはミミカちゃんの泊まっている大聖堂に火をつけたの?」


「ミミカちゃん……聖女ミミのことか? 聖女ミミには恨みはないが、俺もこいつらに頼まれて依頼を遂行しただけなんでね」


「そう、ならわたしは早くミミカちゃんを助けに行かなければならない。こんなところで遊んでいる暇はないの。ミミカちゃんを疎ましく思っている人がいるって聞いたけど、命を狙う人がいるなんてね。わたしはあなたに恨みはないけど、急ぐから行かせてもらうね」


 それを聞いて冒険者は嘲笑する。


「行けるわけなかろう。今お前はここでわたしに殺されるのだからな」

 

 肩から血を流しながらも強気の姿勢は崩さなかった。傷口を手で押さえようともしない。B級冒険者としての矜持が彼を支えているのだろうか。


 フィーネは呪文を唱える。――我を支えよ我の血肉となれ【悪魔の越境デモニック・エンチャント


 フィーネの背後に黒い異形の影が姿を現し、フィーネの身長の三倍ほどに膨れあがる。周囲の温度が急激に下がる。フィーネから吹き突ける風が恐怖を運んでくる。寒気がする。魔力なんて感じないはずの俺にもフィーネの魔力が急激に上昇したことがわかった。この時点ですでに勝敗は決していた。


 フィーネが右手を上げる。再度呪文を唱える。――その力を開放せよ【フェンリルの魔操弾】。


 フィーネの右手から青白い球状のエネルギー弾が発射された。悪魔の越境デモニック・エンチャントにより数倍に強化されたエネルギー弾は冒険者の鎧に激しく衝突し、鎧が大きくへこむ。その勢いを失わないまま冒険者は後方へと弾き飛ばされ、石造りの家の壁に激しく叩きつけられた。冒険者は意識を失って前のめりに倒れた。


 倒れた冒険者には目もくれず、マヒロ、急ぐよ、そういってフィーネは走りだし、俺はその後を追いかけた。

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