第14話 唄う聖女様が街にやって来た
エミリスさんとの食事が終わり、食事のお礼を述べたあと、エミリスさんと別れた。すっかり街は暗くなっていた。人通りもまばらだ。俺とフィーネは街外れの宿屋へと向かった。
繁華街近くの宿は綺麗だったが一泊50ギルもする。街外れの少しボロい宿屋が一泊20ギルだったのでそこへ泊まることにした。
どうやら聖女ミミ様が来られるということで宿屋の値段は通常料金の二倍になっているそうだ。かろうじて一部屋が空いており、俺とフィーネは同じ部屋に泊まった。
翌朝、かなり寝坊して起きだした俺たちは宿屋を出て街の中央広場へ向かった。まだ聖女様が来るには早過ぎる時間にもかかわらず、若者、主に男性で広場はごったがえしていた。
広場の中央には周囲より一段高く即席の台が作られており、その周辺には近寄れないように紐が張り巡らされている。まるでステージのようなその台の広さは五メートル四方ほどだろうか。それほど大きいわけではないが十数人は乗ることができる大きさだ。
広場の外周には沢山の屋台が立ち並んでいる。昼が近いこともあり、どの屋台も忙しそうにしていた。屋台を覗いてみると、串焼きの肉や、焼きたてと思われるパンのようなもの、初めて見る果物に、お菓子と思われるカラフルな食べ物。
屋台を眺めながら時間を潰し、昼飯も屋台で済ませ、日が沈みかけ、薄暗くなりかけた頃にそれは始まった。
広場にはたくさんの人が集まり、身動きがとれないほどだった。数百人、あるいは千人を超える人がここに集まっているのではないだろうか。エミリスさんがいたとしても、とても見つけられそうもない。
唐突に女性の声が響いた。それと同時に集まった人々が静まり返る。
「みなさま、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。ただいまより聖女ミミ様がご登場いたします!」
台の上に乗った女性が声を響かせていた。透き通るような高い声で遠くまで響き渡る。
前方の左右二箇所から、ぱぱん、と小さな花火が上がる。
花火が上空で、ぱぱっと花開く。
薄暗くなった広場が一瞬だけ明るさを取り戻した。
「はーい。みんなー。ミミだよー」
片手を振りながら壇上に一人の少女が駆け上がってきた。ひらひらの短いスカートに足元には真っ白なニーソ。フリルの付いた派手な上着で、頭にはピンクのカチューシャをつけている。
台の中央まで小走りで走る。
そして中央で決めポーズを取り、口上を決める。
「魔物にやられても安心してね(ここで左手を顔の横に持ってきてポーズ)。私がズバッと回復、圧倒的魔力で
口上の最後は不自然な上げ調子。ちょっとダサい決めポーズ。
彼女の動きが止まると、胸元まで伸びた栗色の髪がふわっと舞い上がった。ポーズはダサいが、本人はいたって真面目な顔でピタッと静止している。
突如、観客から声援が飛んだ。
「みーみ! みーみ! みーみ!」
「せ・い・じょ! せ・い・じょ! せ・い・じょ!」
「ミーミ! ミーミ! ミーミ!」
「せ・い・じょ! せ・い・じょ! せ・い・じょ!」
舞台に近い場所にハッピを着た一陣が場所を占めている。慣れた感じに声援を贈るさまはまるでコンサートの最前列に陣取る親衛隊のようだった。
「みんなーありがとうー。聖女ミミがこの街にやって来ましたー。よく見る顔も多いけど、初めての人も多そうだね。私が聖女ミミでーす。遠いところから来てくれた人もいるのかな? 来てくれてありがとうー!!」
聖女は手をメガホンの形にして口元に置き、よく通る声で叫ぶ。
どうも最前列に陣取る連中は常連のようで、手慣れた様子で声援を送り続ける。
「ミーミ! ミーミ!」
「せいじょ! せいじょ!」
「じゃあ、早速だけど、一曲目、『わたしは鋼鉄の聖女さま』いっきまーす」
じゃんじゃか、じゃんじゃか、伴奏が始まる。いつのまにか聖女の後ろには演奏隊が控えていた。
いったん観衆の声援とざわめきが収まる。
演奏のあとに聖女の歌が始まる。
(前奏)
わったしは聖女♪ 『せ・い・じょ!』(この『せ・い・じょ!』は親衛隊の声)
あっこがれの聖女♪ 『せ・い・じょ!』(この『せ・い・じょ!』も親衛隊の声、ちょっとうざい)
ピンチのときには、助けに行くよ♪
夢の国からやって来たー♪
女神様からもらったこのスキル♪
誰も持たない、この最強スキル♪
(ここで曲がアップテンポに変わる)
悪をくじくぞ♪
足はくじくな♪
わたしは聖女ー、はがねの聖女ー♪
わたしは聖女ー、無敵の聖女ー♪
(ちょっとこのあと、俺の記憶が飛んで歌詞を覚えていない)
(間奏)
とにかく歌詞がダサかった。歌も音痴ではないが上手いとはいえない。だが、声はいい。まるでアニメの声優のように可愛らしい。しかも踊りはノリッノリッのキレッキレ。頭の先から手足の先まで完全にコントロール下におき、緩急がついた洗練されたダンスだった。
聖女は激しく踊りながら汗を振りまいている。栗色の髪も彗星の尾のように煌きながら彼女のダンスを彩る。
短いスカートの下にはスパッツのようなものを履いているが、踊りが激しすぎてスカートがふわふわとめくれ上がる。見ているこっちが赤面しそうだった。
ダンスに見とれていると、歌はいつの間にかサビに突入していた。
鋼鉄の聖女があなたの元に♪
癒やしの力で、世界に平和を!♪
ヒール・オール!!♪
(曲の終了と同時に、片手を前につきだして決めポーズ)
聖女が最後の「ヒール・オール」の言葉とともに片手を聴衆の方へ掲げると、聴衆の頭上で虹色の粒子が煌めく。虹色の粒子がきらきらと輝きながら観衆の頭上へと降り注がれる。すべての聴衆に向かって全体回復魔法をかけたようだ。俺の疲労感も抜けていく。気づかぬうちにかなり疲労していたようだ。精神的な疲労があっという間に掻き消えた。
一曲目が終わると観客が一斉に声を上げる。
「聖女さまぁー、聖女さまぁー」
「ひゅー、ひゅー、ひゅー、ひゅー」
「みーみ! みーみ! せ・い・じょ! せ・い・じょ!」
「聖女ミミ様ぁー、聖女ミミ様ぁー」
「癒やしてー、わたしを癒やしてー!」
聴衆の盛り上がりが凄かった。若い男性が多いが若い女性もちらほら目にする。女性ファンも少なくないようだ。
このあと聖女は「ドラゴン王子と結婚したい」「ユグドラシルの樹の下で会いましょう」「君のアカシック・レコード」を歌ったあと、アンコールで再度「ユグドラシルの樹の下で会いましょう」(これはバラード曲のつもりらしい)を歌った。
歌い終わった聖女は、はあはあと息を切らしていた。最後はバラードだったとはいえ、あれだけ激しいダンスを踊ったのだ。無理もない。
聖女の一人舞台は終演を迎える。息こそ荒いが、最後まで聖女は笑顔を絶やさない。広場全体に聖女の明るい声が響く。
「みんなー、今日はありがとうー! (口調をアニメ調に変えて)いつでも癒やしちゃうぞ。みんなのアイドル、わたしは聖女ミミ。(口調を戻して)これからも私は歌って踊れる聖女を目指します! 応援よろしくねぇー」
大振りで手を振って聖女は去っていった。
わああー。
わああぁぁー。
わああああーー。
わああああぁぁぁぁーー。
聖女が去っても歓声はいつまでも鳴り止まない。
広場は熱気で溢れていて観客の興奮が冷めることはなかった。
――歌って踊れる聖女、彼女が聖女ミミ。
目を閉じるとキレッキレのダンスが(ちらっとめくれたスカートと共に)瞼の裏に焼き付いている。
ふうっ、軽く溜息をつく。
俺は静かに目を開けた。
彼女は転生人だ、そう確信した。
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