第10話 ミミカ

 ――私は……。


 不本意だった。


 こんなところで、如月(きさらぎ)ミミカとしての人生が終わってしまうなんて。


 こんなところで死んでしまうなんて。


 せっかく大学に入って女子大生生活を満喫していたのに。


 自分で言うのも何だが、私は強運の持ち主だった。スーパーでくじ引きを引くと二回に一回は特賞を引き当てる。当たった景品で何度も有名テーマパークへ無料で行って、温泉旅行も十五回ほど当てている。


 大学受験だって、センター試験はほぼ満点だ。しかも正解した問題は一問たりとも自力では解いていない。センター試験はマークシート方式だから、ほとんどの問題でサイコロを振って回答した。満点をとると目立つのでいくつかの問題は自力で解いた。でもそれは全部はずれたけど。サイコロ振った問題しか正答しない私って……。まあ結果良ければすべて良しなのか。


 宝くじは怖くてなかなか買えない。以前試しに一等賞金百万円のスクラッチくじを一枚買ったことがある。三つの銀をこすったら1が三つ並んだ。111だ。私はそれを111円が当たっただけと思いこんで友達にあげてしまった。


 その友達は浪人中に騙されて訪問販売の英語の教材を買わされていた。八十九万円もしたそうだ。最初はそのくじを私に返すと言ってきたのだが、よくよく聞くとこの騙された話を打ち明けてくれたので、「きっと可哀想だと思って神様がくれたんだよ。私はくじがはずれたと思い込んでたんだから、もらっていいんだよ」と言った。あまった十一万円で二人でちょっと贅沢な温泉旅行に行った。私が死んじゃったからもう会えないけど、いい友人だったんだ。


 これだけで終わったならまだいい。別の友人はお父さんが工場を経営していた。でもその工場は倒産した。どこから聞きつけてきたのか、例の宝くじの話を聞いたこの友達が私に泣きついてきた。私は二人で宝くじ売り場へ行き、くじを一枚だけ買った。一等賞金一億円。残念ながら一等は当たらなかったようだ。一番下の桁の数字が違っていた。1番違いの前後賞。それでも借金返済の一部としては充分で、かろうじて夜逃げは避けられたと感謝された。


 なんだか人生が狂いそうで、それから宝くじは買っていない。


 事故が起こったのは大学生活を楽しく過ごしていた時だった。


 私の側の信号は確かに青だった。そして対抗側のトラックの信号も青だった。本来起きないことが起きていた。


 交差点の信号機が双方同時に青になる。


 信号機は人間が設計し、作ったものだ。当然そこには予測していないミスも入り込む。


 私がたまたま歩いていた交差点の信号機は極めて低い確率で、双方向が同時に青になるという設計ミスがあった。


 だが、それが起こる確率は50年間に一度だけ起こるというもの。


 たまたまそのときに私が交差点を渡り、たまたまトラックが通りかかり、たまたま普段読まないジャンルの小説につい夢中になってしまい、歩きながら読むなんて愚行をしたばかりに。


「ああ、歩きながら本を読んじゃだめだね……」トラックに跳ね飛ばされながら、そんなことを思ってしまった。不思議と痛みは感じなかった。空中を舞うこの体はどこか自分の体じゃないような感覚だった。スローモーションのように景色が流れていった。


 私は死んだ。

 

 死んだら無になると思っていた。


 実際に最初は無になったみたいだった。でもやがて真っ白な世界に私はいた。


 気がついたら目の前に美しい女性がいた。


 女性は自分のことを女神だと言った。


 女神様はそれはそれは美しかった。


 ああ、こんな綺麗な人に会えるなら死んでよかったなんてバカなことを思うくらい。ミミカちゃんはかわいいね、なんて言われることもあったが、女神様に比べたら何もかもが霞んでしまう。


 女神様は言った。「あなたは新しい世界で生まれ変わるのです」と。


 女神様はスキルダイスというボールを渡してきた。これを振れという。


 生まれ変わるにあたって、私に能力を授けて下さるそうだ。


 私はスキルダイスを振った。出た目はスキルランクSの【超レアスキル】だったが、さらに上の【神域レアスキル】というものがあるらしい。


 私は迷わずダイスを振り直した。そして二回目で【神域レアスキル】を引き当てた。


「よし!」


 私は思わずガッツポーズを決める。


 だが、【神域レアスキル】にもスキルランクSS、スキルランクSSSとあるらしい。


 私が引いたのはダブルSの【神域レアスキル】だった。私以外にトリプルSの【神域レアスキル】を引き当てた少年がいるらしい。


 彼のスキルはトリプルSの中でも最上級のスキル、【ドラゴニック・エクストラ・カウンターアタック】。最高峰のスキルであり、1,000万ダメージ以下のダメージを完全に反射して相手に返してしまう。ほぼ無敵のスキルだそうだ。


 恐らくは彼が異世界で君臨するだろう。女神様も彼ならすべての転生人からすべてのスキルを奪い取れる可能性を持っていると話す。


 これに対抗するには並大抵なスキルではだめだ。


 それに運がいいと自負していたこともあり、負けたくない気持ちがあった。私もトリプルSの【神域レアスキル】を引いてやる。


 私は三度目のダイスを振る。


 残念ながらトリプルSは出なかった。


 それどころか【神域レアスキル】ですらなかった。


 ダイスが出した目は意外なスキル。


 そして私は異世界へと旅立つことになる。


 トリプルSの【神域レアスキル】の所持者は誰なんだろう? 悪い人じゃなければいいんだけどな。「スキル持ち」同士仲良く暮らすのがいいと思うんだ、私は。


 どんな人だろうね。彼にちょっと会ってみたいね。きっといい人なんだろうな。


 私は眠るように意識を失っていった――


     ◆



 ――気が付いたときには湖のほとりにいた。ゆっくりと目を開ける。私は草の上で横になっていた。


 鳥がさえずり、ぽかぽかとした陽気がさらなる眠気を誘う。もう一度瞼を閉じて眠りたかったが、重たい体を起こした。


 私は神官のような服装をしていた。すぐ横の草の上には小さな麻袋があった。袋を開けてみるとそこには銅貨や銀貨が数枚ずつと魔導書と書かれた本が一冊入っていた。初めて見る文字のはずだったが、不思議と読むことができる。


 死ぬ間際に読んでいた小説を思い出す。舞台は剣と魔法の世界だった。


 そうかここはあんな世界なのかもな。本当に私は生まれ変わったんだ。眠気が覚める。意識が覚醒していく。わくわくしながら麻袋を手にし、この新しい世界を歩き出した――

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