第9話 ついにギルドへ

 ギルドはすぐに見つかった。


 それほど大きな建物のない街の中で、ひときわ存在感のある巨大な建物だった。建物の大きさが冒険者の多さを物語っていた。頻繁に人の出入りがある。そのほとんどが鎧を装備し剣を帯刀しているか、あるいは魔法使いのローブのようなものを身に纏っている冒険者らしき姿だった。


 西部劇の酒場にありそうな両開きの門を手で押し開けてギルドの中へと入る。そこは劇場のホールを思わせるほどの広さの空間で、ギルドの中は冒険者で溢れていた。


 ギルドの受付へと向かう。

 ここでも俺の幻想は打ち砕かれることになる。

 いない。

 美人の受付嬢がいない。

 きょろきょろとあたりを見回してしまった。

 受付の中にいるのは、マッチョの男だけ。

 厚い胸板にノースリーブの白いシャツ。両腕を胸の前で組んで、愛想のいい笑みを浮かべている。


「よお、見ない顔だな。初心者か? 冒険者登録か? それとも素材でも売りに来たのか?」


 豪快な声で話しかけられ、俺はどぎまぎしながらそれに答える。


「え、ええと、両方です。冒険者登録と、角うさぎの角を売りに来ました」


「そうか、初心者のくせにもう角うさぎを倒したのか。なかなか見どころのあるやつだ。登録料のこともあるから、素材を先に買わせてもらうとするか。出してみろ」


 俺は角うさぎの角十本をカウンターに置いた。マッチョな受付がそれを手に取る。


「ひでぇ採取の仕方だな。次からはもっと丁寧に切り取れよ。これじゃあ……。角一本につき5ギルしか払えねえな。50ギルだ。文句があるなら他へ行ってくれ」


 採取の仕方に文句を言われ、横でフィーネがムスッとしていたが、


「いえ、それでいいです。冒険者登録をお願いします」


 俺はそれを了承する。


「おう、ほら50ギルだ。じゃあこの水晶に手をかざしてくれ。お前の初期ステータスを冒険者カードに記録する」


 男は投げるように50ギルをカウンターに放り、てのひら程度の大きさの青い水晶を出してきた。俺は水晶に手をかざす。まるで象形文字のような、見たことのない文字が水晶に浮かぶ。


「名前はマヒロだな。レベルは1。お、スキル持ちか。最近は見なかったな。よし、これでお前もF級冒険者だ」


 冒険者の階級はFが最低ランクだ。冒険者の熟練度に応じてE、D、C、B、Aと上がっていくそうだ。ちなみに国王に特別に認められた伝説級の冒険者にはS級の称号が与えられる。


 横で、「マヒロってレベル1なんだ、ぷぷ」とフィーネが笑っていたので、横目で睨んでおく。


「次はそのちっこい嬢ちゃんだが、まさか嬢ちゃんまで冒険者なんて言わないよな?」


「わたしも登録しますよ」


 フィーネがそう言って、カウンターに手を伸ばす。背が低いので届かない。俺はフィーネの腰に手を当て、持ち上げてやった。フィーネは意外に軽かった。


「ふむ、名前はフィーネ・ガルフ・エラント。レベルは……」


 男がレベルを確認しようとしたその時、びしりと音を立てて水晶にひびが入った。


「お、水晶が割れちまった。この水晶はレベル50まで対応してるんだがな。使いすぎてガタがきやがったかな」


 男は新しい水晶を持ってきたが、やはりそれも同じように割れてしまった。奥から一回り大きな水晶を持ってきた。

 手をかざす前にフィーネは呟く。――【フェイクステータス】。


「ふむ、レベル3か。お前さんもスキル持ちか」


 フィーネがちらっと俺に目配せする。スキルだか魔法だかで自分のステータスを偽装したようだ。


「じゃあ、これが冒険者カードな。なくすなよ。登録手数料は10ギル。二人で20ギルだ」


 20ギル払ったので手持ちの残りは30ギルになった。


 受付横の掲示板に依頼が貼りだされているそうだが、依頼を受ける前に武器や防具を調達したかった。受付の男に武器屋の場所を聞く。だが返ってきた返事は気がかりなものだった。


「武器屋へ行くのか? ろくなもの売ってねえぞ。あんなところで買い物しようなんて、変わったやつだな。場所はここだ。この地図のこのあたりだ。わかるか?」



     ◆



 俺とフィーネはギルドを出て武器屋へと向かった。武器屋へ向かう途中少し不安になった。どんどん繁華街から離れていくのだ。


 ギルドの周りは活況に溢れていた。屋台が立ち並び、空腹を誘う良い香りで充満していた。行き交う人で溢れていた通りも、武器屋へ向かうに連れて減っていき、武器屋に到着する頃には誰にも会わなくなった。


 文字は読めなかったが看板の剣と弓のイラストでここが武器屋だとわかった。教えてもらった場所とも一致する。


 心許ないまま武器屋の扉を開ける。中へ入ると多くの武器が展示されていた。剣、斧、槍、弓、メイスや棍棒まで多種多彩だ。剣ひとつとってもショートソード、ロングソード、幅広のブロードソードまで品揃えは豊富だった。

 何も問題はなさそうに思えた。

 むしろいい店なんじゃないのか、ここは。


「いらっしゃい」


 店の奥から無愛想な主人の声が響いた。俺とフィーネに目もくれようとはしない。

 値札が付いていない武器も多かった。だが、値札のない武器はいかにも高級そうで、30ギルでは買えないようなものばかりだ。

 俺は短い剣を手にとった。おそらくはこれがショートソードというやつなのだろう。

 8,500ギル。

 ちょっと手が出ない。

 俺はショートソードを置き、その横にあるナイフを手にする。刃渡りが長く、ナイフとしてはかなり立派な部類に入りそうだ。

 5,000ギル。

 ふむ、なるほど。

 その横のさらに横のかなり貧相なナイフを手に取る。

 1,200ギル。

 これが刃物では最低価格の商品だった。


 結局30ギルで購入可能なのは、棍棒。しかもフィーネの小屋のところで拾った棒をナイフでけずったような代物。

 これだけだった。


 いわゆるRPGで出てくる最初の武器である「ひのきの棒」というやつだろうか。まあ誰でも最初はこの武器から始めるのだろう。選択肢がこれしかない以上、この棍棒を購入することに決めた。


「おっちゃん、これくれ」

「30ギル」


 店主は無愛想に価格だけを告げた。俺は30ギルをカウンターに置き、満足気に店を出る。初めて買った武器に少し高揚していた。ここから俺の冒険が始まるのか。

 その様子をフィーネは首を傾げて見ていた。

 俺はその棍棒を服の背中に差し入れる。背中に背負う剣を見立てたつもりだ。

 敵が現れたら、さっと「ひのきの棒」もどきの棍棒を抜いて立ち向かうのだ。

 俺には小説で学んだ知識がある。勇者と呼ばれる日も近いだろう。


 気分がいいまま街の広場の近くへとやって来た。

 何人もの冒険者が出入りする繁盛していそうな店が目についた。

 看板にはひらがなで「ろーんそ」と書いてある。青地の看板に白い文字だ。

 見たことのない文字があふれるこの世界でこの看板だけは日本語で書かれていた。

 ろーんそ? 何だろ。そう思ってその店に入ってみることにした。


「いらっしゃいませ! ローンソへようこそ!」


 カウンターにいた若い女性の店員の声が響く。

 店内は昼間からあかりが灯っている。フィーネによるとこのあかりはマジックアイテムによるものだそうだ。

 俺は一瞬デジャブを覚えた。ここ、来た事ないか?

 

 売っている商品こそ、見覚えはない。

 店の外観は店内がよく見えるように大きなガラスがはめ込まれている。扉はこれもガラスで出来ている。扉は魔法の力によるものだろうか、近寄ると自動的に開く。


 店内に入るとすぐに店員のいるカウンターが目に入る。

 正面には食料品が置かれた棚がある。

 入って右手、窓ガラス沿いには魔道書と思われる書籍の類。

 店内に配置された四列の棚には、それぞれ武器、防具、魔法道具、生活用品の類が綺麗にレイアウトされて配置されている。

 店の最も奥には飲料品が巨大なガラスケースに入れられて売られている。ガラスの瓶に入った色のついた飲み物。茶色の瓶の中身はフィーネによると「エール」というアルコールドリンクらしい。


 なんか見覚えがある。

 店の規模こそ、記憶にあるそれと比べるとかなり大きいのだが、そうだ、あの看板だ。

 外にあったのは「ろーんそ」と書かれた青と白の看板。

 あの青と白を基調としたあの看板。

 ろーんそ。

 ひらがなで書いてあったから気が付かなかった。

 ローンソ。

「ここは、こ……ん……びに?」


 店内を眺めていると先ほどの武器屋においてあったナイフと同じナイフを見かけた。武器屋では1,200ギルだった。この店では15ギル。しかもぴかぴかに磨きこまれている。


 ショートソードは140ギル。確かあの武器屋では8,500ギルだった。


 武器、防具、アイテム、すべてこのお店で揃いそうだ。しかも値段が手頃。


 会計を行うであろうカウンターの横に「特売品」と書かれたコーナーが設置されていた。錆びているナイフは7ギルで売っていた。そこに俺がさっき買った棍棒とよく似た商品も置いてあった。十本あった。その棍棒は「売れ残り品です。ご自由にお持ちください」と書かれていた。


「あ、ここ、『ミミカちゃん』が経営しているって言っていたお店だ。初めて来たよ。話だけは聞いていたけど、来たことはなかったんだ。へー、こんなお店だったんだ」


 フィーネが感慨深そうにお店を眺める。フィーネによると、それまで武器、防具、アイテム、魔道書など分野ごとに別店舗だったお店を一箇所に集約する画期的な店舗をミミカが考案したそうだ。それらの冒険に必要な道具の他に生活用品や食料品まで扱っているという。


 各店舗で扱う商品をひとつの店に集約する。誰も思いつかなかったそのアイデアはあっという間に全世界に広まった。だが、他の人が同じことを真似しようとしてもミミカのようには上手くいかなかったそうだ。


 こうしたお店は各地に複数展開し、中央に管理する部署を設ける必要がある。そうした目に見えない組織化された部分がある。表面だけ真似ようとしてもうまくいかないのは当然だ。


 結果、ミミカの店舗だけが繁盛している一人勝ちの状態だとのことだ。


 ミミカの店は仕入れを一括しておこなうことで安く仕入れて安く提供する。売れ筋の商品を中心に扱うことで商品の回転率を上げた。そのため既存の武器、防具店などは徐々に客を奪われ、ひっそりと街の隅で営業している。その多くは廃業に追い込まれているそうだ。


 店を失い、ミミカを恨む者もいるとか、いないとか。


「ミミカちゃん、すごいなー。あと食べ物屋さんもやっているそうだよ。酒場も経営しているって。マヒロ、あとで行ってみようよ。あ、でも今は一文無しだよね。何も買えないね」


 俺は全財産の30ギルで買った棍棒が無料で置かれていたことに内心ショックを受けていた。


 とりあえずミミカって女がこの店を経営して繁盛していることは理解できた。


 なんなんだミミカって。


 ゴブリンを最強にして、コンビニまで経営している。


 ミミカ……お前はいったい何者なんだ……。

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