第7話 ゴブリン娘は強すぎる
リトルゴブリンが微笑みながら軽く首を傾ける。俺の呟きが聞こえたようで、リトルゴブリンがそれに応える。
「しゃべれるよ! ゴブリンだもん。あなたお名前は? わたしはフィーネ。ちょっとわけあってここに住んでるの」
声の感じと見た目からこのリトルゴブリンの性別は「メス」のようだった。心なしか丸みを帯びた女性を感じさせる顔つきから、わからなくもない。声は完全に人間の女の子と変わりがない。
「お、俺はマヒロです。あたま叩いてごめんなさい」
俺はとりあえず謝っておいた。たぶんどうやっても俺の腕力ではこのリトルゴブリン、フィーネの頭を割ることなんてできない。
「ううん、わたしの方こそ、お礼を言わなきゃ。釣り竿が引いているのを見て教えてくれたんでしょ? あなたのように親切な人間にあったのは二人目だよ」
どうも勘違いをしているようだが、とりあえず真実は伏せておこう。
「フィーネって呼んでもいいのかな。フィーネはどうしてここに住んでいるの?」
俺の質問にフィーネは下を向く。
「ちょっと……わけありで……」
フィーネは俯き、急に寂しげな表情を浮かべる。
「そうか、聞かないでおくよ」
「あなたもわたしの近くに寄らない方がいい。釣りの件は感謝しているけど、あなたの近くに長く居るわけにはいかないの。何もお礼ができなくて……ごめんなさい」
「ん? どういうこと? 近くにいるとなにか問題が?」
「き、来た……。きちゃった……。お、お願い……。わたしから離れて。いますぐに……。さもないと……」
フィーネの顔が真っ赤に染まり、さらに深く俯いている。俺はその顔を下から覗き込む。
「どうしたの? フィーネ?」
「イヤ……、お願い、わたしから離れ……」
そう呟いたフィーネから小さな破裂音が聞こえた。あたりに黄色い霧が立ち込める。猛烈に臭い匂いが充満した。
黄色い霧はさあっと辺りを覆い、みるみる視界が悪くなった。それとともに匂いがきつくなる。すぐに匂いは強烈なものとなる。
「く、くさ……」
思わずそう呟いてしまった。いや、これはきつい。あまりにきつい匂いだ。思わず鼻を指でつまむ。呼吸も苦しくなっていく。
フィーネの目から涙がぽろぽろとこぼれる。
「ご……ごめんなさい。わたし……おならが我慢できないの。それにとても臭いらしくて……。仲間達と一緒に暮らせなくてここでひとりで生活していて……」
最後は言葉になっていなかった。フィーネはえずく。言葉にならない声で、ごめんなさい、ごめんなさいと呟いている。
フィーネの目から、大粒の涙が幾粒もこぼれる。
「【スイートスメル】」
俺はスキルを発動した。
周囲を覆っていた黄色い霧がきらびやかな虹色に輝き、消えていく。腐った肉のような悪臭は甘い果実の匂いに変わっていた。
「え?」
フィーネが顔を上げる。何が起こったのかわからない様子だ。
【スイートスメル】
効果:『女の子のおならの匂いを消す』
発動時間:半永久(術者が死亡するまで)
チャージ時間:〇・一秒。(つまり使い放題)
俺の唯一のスキルだ。
「もう大丈夫だフィーネ。君の苦悩も今日で終わりだ。君のおならはもう臭くない。胸を張って生きていっていいんだよ」
ちょっとかっこつけて言ってみた。
そうか、役に立たないスキルだと思っていたけど、女の子にとっては夢のスキルなのかもしれない。
みんながこのスキルを求めて俺のもとへ。
すべての女の子の希望の星。俺はこのスキルを使ってハーレムを築ける……。(わけがない)
「マヒロ! 本当に? 本当にわたし……」
フィーネはマヒロに気づかれないようにこっそりおならをしてみた。だが、まったく嫌な匂いはしなかった。かすかに感じ取れる甘い香りが漂うだけだ。その匂いすらもすぐに掻き消える。
「すごい……。なんと言っていいのか。本当にマヒロはすごい。もしかしてマヒロは転生人なの?」
「そうだよ。俺は転生人だ」
「そっか転生人なのか。ありがとうね、マヒロ。本当に転生人はゴブリンの恩人だ」
フィーネは羨望の眼差しで俺を見つめる。祈りを捧げるように両手を胸の前で組んでいる。
「ゴブリンの恩人?」
「うん。今のゴブリンがあるのも転生人のおかげなんだよ」
「へー。そうなんだ。どういうことだろ?」
「ん? もしかしてマヒロ知らないの? ゴブリンが最強の種族になった話」
「ゴブリンが最強の種族!?」
「そうだよ。転生人の『ミミカちゃん』が絶滅寸前だったゴブリンに【EXPスーパーブースト】のスキルを与えてゴブリンのレベルが急速に上昇したんだ。その結果ゴブリンが最強の種族になったんだよ」
「そ、そうなんだ」
「うん、もともとゴブリンは会話できるほどの知能がなかったんだけど、ミミカちゃんのおかげでレベルが上って知能も向上したんだ。結果、西にゴブリン帝国も築くことができた。ミミカちゃんってゴブリンの英雄なんだよ。悪魔みたいなスキルを保有する唯一の転生人だしね」
悪魔的レッサースキルのことか? ミミカ……。名前はミミカっていうんだ。もしかしたら生き残りなのか?
「ミミカって転生人にはどこへ行けば会えるんだろう?」
「さあ? わたしもそこまではわからないよ。ミミカちゃんはいつも忙しい、忙しいって言っていた。世界中を飛び回っているって噂もあるよ」
「そうか。会いたかったけど、探すしかないのか」
「マヒロ、お礼をしたいんだけど、何かわたしにできないかな?」
「本当に? お礼かー、とりあえずギルドに加入したいんだよな。でも街に入れなかったんだよ」
「そうなんだ。わたしがいっしょに行ってあげようか? でもギルドに冒険者登録するにはお金がかかるらしいよ? マヒロはいくらくらい持っているの?」
この世界の通貨はギルというらしい。一銅貨が一ギル。おそらく数十ギルくらいは必要ではないかとのことだ。当然俺は一文無しだ。そのことをフィーネに伝える。
「わたしもまったくお金持ってないんだよね。お金ってどうやって稼ぐんだろうね?」
「小説では確か……素材を集めて売っていた気がする。角うさぎの角とか……」
「あ、角うさぎならすぐ見つかるよ。よく狩りをして食べているから。すぐ捕まると思うよ」
リトルゴブリンのフィーネがうさぎの生肉にかぶりつく姿を想像してしまった。なんか絵になる気がする。可愛らしい声だが見た目はゴブリンだ。
俺とフィーネはさっそく角うさぎを捕獲することにした。幸いなことに角うさぎはすぐに見つかり、手始めに俺が捕まえてみることにした。
角うさぎは前の世界にいたうさぎよりも体格が一回りも二回りも大きく、かなりすばしっこい動きで左右に跳びはねる。しかも好戦的で、頭にある一本の角で攻撃してこようとする。俺と角うさぎの攻防は数十分続いた。いつまでたっても決着がつかない角うさぎとの格闘に業を煮やしたフィーネが横から手を出して角うさぎの首をつかむ。
「もう、マヒロ。転生人なんだからすぐに倒そうよ。日が暮れちゃうよ」
フィーネは角うさぎの首を捻って息の根を止めた。
「ありがとうフィーネ。このうさぎの角を切って売るんだ。でも俺はナイフも何も持ってないな……」
「わたしが角を折ってもいい?」
そう言ったフィーネに任せると、フィーネは角うさぎの角を根元近くで折った。折れた面がぼろぼろだが、たぶん問題はないだろう。
試しに俺が角うさぎの角を折ってみようと試してみたが、どうやっても折れなかった。フィーネの力はすごい。
角うさぎの角が十本ほど集まったところで、さきほどのエミリスさんに蹴り飛ばされた街へ向かうことにした。
あの女戦士のエミリスさんってまだあそこにいるのかな? いないといいな……。
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