第5話 お願いです、街に入れてください

 気がついたら森の中にいた。薄暗い中に木漏れ日が差し込む。ひんやりとした空気が肌を目覚めさせる。植物特有の心地よい香りがそっと癒やしてくれる。


 来たのか?

 俺は異世界に来たのか?

 悪いがここまでくれば俺の勝利だ。確かに俺の唯一のスキル、【スイートスメル】は役に立たないかもしれないが、俺には小説から得た知識がある。

 この知識を活用すれば簡単に異世界を攻略することができるだろう。


 ここは森の中。

 なんてべたなシチュエーションなんだ。

 ここでモンスターに襲われている女の子を助けるんだな。

 さて、最初の遭遇(ファーストエンカウント)イベントをこなすとするか。

 きょろきょろと周りを見回す。

 だが、誰もいない。

(弱っちい)モンスターに襲われている美少女がいない。

 しばらく歩きまわったが、誰とも遭遇しない。


「なるほどな、こういう展開か。パターンBだったか。最初は街を探してギルドに登録ってパターンだな。ふ、俺はひとりごちる」


 と、独り言を呟いた。とりあえず「ひとりごちる」と言ってみたかっただけだ。好きな小説に「ひとりごちる」って書いてあったからさ。使ってみたかっただけだ。


 装備も何も持っていなかった。足元はスニーカー、ジーンズにTシャツと軽装の上、武器防具なんてものは何もない。

 最初に装備を揃えましょう、ってことなんだな。


 さて、街を探すとするか。

 俺は森の中を当てもなく歩く。

 誰もいない。モンスターもいない。

 足元は木々の根が張り巡らされており、歩きにくいうえに疲れる。しんどい。かれこれ三時間ほど歩かされただろうか、やっとのことで森を抜けることができた。

 目の前に草原が広がる。

 前方数キロ先に壁に囲まれた都市らしき陰影。

 ビンゴ。

 あそこへ行ってギルドに登録しろってことか。足に疲労感を感じながらその街らしき存在に向かって歩いていくと、見える範囲には入り口らしき門は見当たらなかった。回りこむように壁沿いに反時計回りに歩くと街の入口の門が視界に入った。


 これだけでかなり疲れてしまった。つくづく体力がないな、と感じる。

 さっさとギルドへ行こう。まずはそれからだ。

 さらに歩いて門へと辿り着く。門の脇には槍を構えた警護兵らしき人物が一人。門扉は解放されている。門をくぐり抜けようとしたところでその兵にがしっと腕を掴まれた。


「ちょっと待て、通行証を見せろ」


 痛い。二の腕を強い力で握られた。無精髭の門兵は低い声で威圧的な態度だった。通行証が必要なのか?


「つ、通行証は、持ってません。初めてこの世界に来たもので……。ここどこですか? 通行証ってどこでもらえるんですか?」


 俺は泣きそうな声で答えた。というか実際に少し涙目だった。


「初めてこの世界に来た? お前何を言っている、わけのわからんことを……。まるでこの街のことも何も知らないような……」


「な、何もしりましぇん……」


 俺は完全にへたれな姿を晒していた。


「ん……。もしかしてお前『スキル持ち』か? スキル持ちには変わった奴が多いからな」


 おお、そうですそうです。


「はい! スキル持ちです。通してください!」


 とにかく街の中へ入ってギルドへ。ギルドへたどり着きさえすれば、俺の勝利だ。たぶん。

 お願いだ、入れてくれ。


「よしわかった。どこへ行くんだ? 訪問の目的とスキルを持っていることの証明ができたら通してやるぞ」


「スキルの証明?」


「そうだ、スキルの証明だ」


「えっと、どうやって。どうすれば俺のステータスを伝えられるんだ? あ、そうか。ステータスオープン!」


 そうだ、確か小説では「ステータスオープン」の呪文でステータスを開いていた。俺は「ステータスオープン」の部分だけ、アニメ調に口調を変えてみた。これで目の前にこの世界での俺に関する情報、すなわちステータスが表示されるはずだった。自信満々に唱えた呪文だったが、何も起こらなかった。


 当惑する俺をあきれた顔で見ながら門兵は促す。


「あのなあ、スキルを使えばいいだけだろうが。ほら、使ってみろ。ほら、ほら。どんなスキルなんだ? 攻撃力強化か? 浮遊か? 回復か?」


 門兵の催促に、おならの臭いを消すスキルです、なんて言えるわけもなく。


「え、ええと……」


 戸惑いながら答えられずにいるところへ鎧を身にまとった女性が近づいてきた。


「どうしたのだ? 何か問題か?」


 長く伸びた金髪をなびかせ、つかつかと歩み寄る女性は切れ長の目で整った顔立ちだった。大きくふくらんだ鎧の胸元につい目がいってしまう。風に揺れる長髪から、ふわっといい香りが漂ってくる。


「これは、エミリス様。このガキがスキル持ちだと言うので……」


「ふむ、最近スキル持ちがめっきり減ったな。ここ数ヶ月は見てないぞ。少年、お前の名は?」


「ええと、マヒロといいます」


「マヒロか。珍しい名だな。では、お前のスキルを見せてみろ」


「は、はい。それでは、エミリスさん、あの……、おならをしてみてください。俺のスキルは『女の子のおならの匂いを消す』スイートスメルと言って……」


 最後まで言わせてもらえなかった。エミリスさんの行動は迅速だった。軽く一歩を踏み出し、すらっと長く伸びた足を腰の高さに上げ、俺の腹に一撃を加える。言葉の途中でエミリスさんにおもいっきり腹を蹴り飛ばされて、俺は三メートルほどふっとんでいた。


 門の前でごろごろと無様に転がる。


 ばたんんん! がちゃり! 重量感のある門だったが、神速ともいえる勢いで閉ざされた。

 閉じられる門から起こった風圧が俺の肌を優しくなでた。

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