第4話 スキル獲得!

 女神様の仕草からは一抹の不安を覚える。とてつもなく愉快なものを見てしまった、そんな様子だ。


「め、女神様……。俺のスキル……何ですか?」


 若干不安になりながらも、ちょっとだけ期待を込めて尋ねた。


「私も初めて見ました。レッサースキルです(笑)」


 俺が引いたのはスキルランクCの【レッサースキル】出現確率:10万分の1だった。


 女神がけたけた笑っている。俺はがくっと頭を垂れる。振り直しができるとはいえ、一発で10万分の1を引き当ててしまった。


「俺はもちろん振り直します……。でも、参考までにどんなスキルか教えてもらえますか?」


「わかりました。解説しますね。スキルランクC【レッサースキル】。スキル名【スッキリノーズ】。二十四時間鼻くそがたまらないスキルです。でもチャージ時間は一週間。つまり一週間のうち一日は鼻くそをほじらないですむってことです。いいんじゃないですか? これ。ぷぷぷ(笑)あはははは(笑)(笑)(笑)」


 女神は大笑いだ。腹を抱えて笑っている。


 箸が転がるだけで笑ってしまうお年ごろをとうに過ぎているはずだ。いくらなんでも笑いすぎだって。


 引いたスキルは【スッキリノーズ】だと? いらん、いらん、そんなスキル。すぐに振り直しだ。


 今度こそ使えるスキルを。俺はダイスを額の前に持ち上げ、念を込める。神域こい、神域こい、神域レアスキル来い。いったん抱えるように胸の前に持ってきたあと、「てりゃ」というかけ声とともに、そのままダイスを目の前に放る。重量感のあるダイスがどしんと音を立てて床に落ち、ゆらりと転がる。ダイスはすぐに止まる。そして女神がダイスを虫眼鏡で観察して出た目を確認した。


 二回目の挑戦の結果が出た。


「えっと、はい、ノーマルスキルです。スキル名【エクストラアタック】、十秒間攻撃力が二倍になるスキルですね。チャージ時間は三時間です。微妙ですね。チャージ時間が長過ぎます。どうしますか? これにするか、それとも振り直しますか?」


「もちろん振り直し!」


 こんなスキルじゃダメだ。たしか小説では超絶すごいスキルを獲得して異世界へ行っていた。これから異世界で活躍するためにはこの程度のスキルでは物足りない。


 これはあれだ、三回目で最高のスキルが出るってパターンだ。あまりのスキルの強さに異世界の住民たちは驚きを隠せないはずだ。


 小説の中でも「なんでこんな少年がこれほどの能力を持っているのだ!」と驚かれていた。俺は未来の自分の様子を妄想し、ついにやけてしまった。

 

 いかんいかん、油断してはダメだ。


 二回ダイスを振って気がついたことがある。このダイスは念の強さで目が決まるに違いない。一回目は適当に振ったらレッサースキルが出た。二回目はちゃんと念を込めた。そうしたらノーマルスキルだった。つまり出る目は俺の思いの強さに比例している。よし、全身全霊でダイスに思いを込める。俺の熱い思いをぶつけてやる。俺が小説で学んできたことは間違っていないはずだ。異世界への憧れの強さは誰にも負けるはずがない。


 俺は静かにゆっくりとバスケットボールのようなダイスを持ち上げる。これから決勝点を決めるフリースローを投げる心境だ。


 これで俺のゲームの勝敗が決まる。


 心の中が静まっているのが分かる。さざ波を打っていた湖面が、まるで磨かれた一枚の鏡のように変わる。世界が止まっているようだ。これがいわゆるスポーツにおける集中状態、ゾーンと言うやつだろう。


 さあ、奇跡を起こそうじゃないか。


 準備は整った。思わずダイスを持つ手に力が入る。ダイスを放り、みたび転がす。これが最後のチャンスだ。さあ、来い、来い、神域来い! 神域レアスキル来い!


 これで俺の異世界生活の運命が決まる。

 いい目が来ないはずがない。

 ダイスはゆらりと転がり、すぐに止まる。

 一瞬ダイスが輝いたように見えたのは気のせいだろうか。

 虫眼鏡を手に女神がダイスを覗き込む。


「あ! これは……、ノーマルスキルの隣の……、え……、嘘……、そんな……。ち、ちょ、超……超レ……」


 超レアスキルか? 超レアスキルなのか? 神域レアスキルではないけど、その手前の超レアスキルなんだな? 俺は15分の1を引き当てたのか?

 超レアスキルなら充分かもしれない。上から二番目なんだ。

 充分な妥協点だ。

 よっしゃー、俺の異世界生活はバラ色に決定ー!。

 ガッツポーズを決めかけた俺だったが、女神の宣告は予測を裏切ってきた。


「超レッサースキルです。500万分の1を引き当てるなんてある意味で驚異的です。スキルの説明を聞きますか?」


 俺は茫然自失となる。


「説明を聞きますか?」


 聞こえていないかと思い、女神は繰り返した。


「あ、あ、ああ、聞く……」


 顔面蒼白のまま俺はか細い声で答える。視点は宙をさまよっていた。このまま魂が抜けてしまいそうだった。いや、すでに死んでいるのだから、魂が抜けようがないのか。


「そんなに落ち込まないでください。スキルが役に立たなくとも、スキル無しで転生すると考えれば……。スキルランクD【超レッサースキル】。スキル名【スイートスメル】。『女の子のおならの臭いを消す』スキルです。対象は女性限定になります」


 お、おならの臭いを消す……だと……。

 こんなスキルいるかああああぁぁ。

 一生使わずに終わるわああああぁぁ。

 俺は頭をかき乱し、狂乱の様相を呈する。


 その様子を見ていた女神から、思わず期待してしまうひと言が飛び出す。


「もう、しょうがないですね。サービスですよ。こんなこと普通はしませんから」


 女神はウインクしながら色目を使い、低い声で甘くささやいた。


 ん、もしかしてサービスで能力アップとか? スキル追加とか?


 ちょっと期待した俺の耳の届いたのは、「ぷ」という可愛らしい音とぷうんというサカナの腐ったような匂い。


 ぐ、ぐおおおおぉぉぉぉ。


「ふ、ふざけんな! す、す、【スイートスメル】!!」


 魚の腐った匂いが甘いナッツの香りに変わる。この女神も女の子の部類に入るのか? でもいい香りだ。おう、スイート! なんて思うまもなく俺の体がふわっと浮き上がった。


「スキルも正常に機能しているようですね。ではマヒロ様! 新しい世界へ! いってらっしゃーい」


 母親が子供を学校へ送り出すように、満面の笑みでおばちゃん女神が手を振る。問答無用で俺の体は上方へと強い力で引っ張られる。


 な、なんだ? 体が浮いているぞ。飛んでいるぞ。上がっていくぞ。


 俺の体はぐんぐん上昇し、女神の姿があっという間に小さくなる。


 そして女神は豆粒ほどの大きさからゴマ粒へ。やがてまったく見えなくなったところで俺の意識が途絶えた。

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