5.収穫祭の夜と語り部

 目を覚ましたガーナットは目を見開き、息を切らし、まっすぐ天井を見つめていた。


「ガーナット!大丈夫か?」


ランディーはようやく目を覚ましたガーナットを心配そうに見つめている。が、ガーナットはまだ頭がはっきりせずに、意識が朦朧としていた。


「ああ、うん。多分、、大丈夫だよ。」


デリーは黙って腕を組んだまま、神妙な面持ちでガーナットを見つめている。

 外が薄暗く、既に日が落ちていた。家の外からは何やら賑やかな音が聞こえてくる。子供が騒ぐ声。どこからか聞こえる歌声。活気よく動く市場。その音全てが物語っていた。そう収穫祭が既に始まっていたのだ。


「収穫祭が始まってる?待って、倒れたのは昼だから、、」


「ガーナット、お前は約一日寝ていたんだ。まあ気分はよくないだろうが、まずは何があったか聞かせてくれ。」


少し混乱している、ガーナットの言葉を遮りデリーが静かに口を開いた。


「僕が眠ってる間にランディーから聞かなかったの?」


ガーナットはデリーとランディーを交互にみた。気絶する前の記憶が少し曖昧になっていたようだった。


「あの時言ったろう?俺には、あの低く響く不快な音しか聞こえなかったんだ。声なんて思いもしなかったし、聞き取れもしなかった。」


ランディーは説明したがガーナットはまだよくわからなかった。なにかを思い出そうとする度に夢で見た光景が鮮明に思い出されたのだ。母の最後、虚無な空間、そして自分を包んだ群青色の光が。


「ガーナット、話すんだ。」


デリーは諭すように言った。

 そして祭りの音が遠くで聞こえる中、ガーナットは既に昨日の出来事となった「謎の声」のこと、襲ってきた吐き気や頭痛などのことを説明した。だが、夢のことは喋らなかった。あの日のことをまだ引きずってるとは思われたくなかったのだ。それは、十七とはいえまだ思春期の少年の小さな強がりなのかもしれない。

 デリーは全てを聞いた後でも驚いた様子は見せなかった。ランディーとガーナットはそれが不思議でならなかった。この不可解な出来事はこの村の中だけで育った少年たちには理解の範囲を超えていたのだから。


「「謎の声」か・・・。どんな声だった?」


「しわがれた声だったよ。だけど、どこか力強い男の声だった。」


それを聞いたデリーはやっぱり、と言わんばかりの顔でため息をついた。


「もう少し、ここで休んでろ。いいな?ランディー、悪いがそばに行ってやってくれ。」


「任せてくれ。」


 デリーは部屋から出る時、最後にガーナットの顔を見て、一瞬優しい顔になった。それはまさしく父としての顔だった。そして足早に外へ出ていった。その顔を見たガーナットは何故か胸が苦しくなり不安に駆られたのだった。


「なあ、お前がまだ混乱してる状況でこんなことを言うのもなんだけど、お前の親父何か知ってるんじゃないのか?」


「ああ、そうかなもしれないね。・・・仮にそうだとしても、」


ガーナットは途中まではなし、口を閉じた。そして神妙な面持ちで様子を伺うランディーを見てため息をつき、また話し出した。


「いや、よそう。ランディー。今は何も考えられる気分じゃないんだ。」


それを聞いて何か言いたげなランディーだがガーナットの気持ちを察したのか、それ以上この話題は出さなかった。

 しばらくして少し落ち着いたガーナットは収穫祭に様子が気になっていた。


「ランディー。少し外に出よう。新鮮な空気を吸いたい気分なんだ。」


デリーに言われた手前すぐに答えは出なかったがランディーも収穫祭の様子が気になっているのは、言うまでもなかった。そしてガーナットもそれをわかっていたからこの話をしだしたのだ。


「しょうがねーな。俺はお前の親父に説教くらうのも御免だからちょっとだけだぜ。」


ランディーは嬉しいような咎めるような笑みを浮かべガーナットと共に家を出て行った。

 外は普段のテンダールットとは全く違う世界のようだった。すでに日は沈み、村中のランタンに火が灯り、妖しげな光が2人が行く道を満たしていた。子供達は走り回り、農夫たちはこの日のために収穫した果実や野菜を皆に振る舞った。


「おう、ガーナット昨日は大変だったな。だがもう大丈夫そうだな。どうだ坊主ども、一杯やってくか?」


活気あふれた酒場からひょこっと出てきて少年に声をかけたのは酒場の店主のケンドルだった。

 見た目こそ、腹のでた中年だったがガーナットとランディー若者にも理解を寄せる彼が好きだった。


「ありがとう、ケンドル。でもさすがに今日はやめとくよ。病み上がりってやつでね。」


「俺は頂戴したいところだけどこいつの#お守り__・・・__#があるもんでね。」


「そうかい。また良くなったらいつでもきな。病み上がりだし最初の一杯は俺のおごりだ。」


ケンドルは実に気分が良さそうだった。ほおは赤みを帯び少し酔っているようだった。


「ああ、また寄らせてもらうよ。」


「そーいや、収穫祭だからって隣町から語り部が来てるらしいな。中央広場だ。お前ら好きだろう?」


それを聞いたガーナットとランディーは目を見合わせケンドルに礼をいい中央広場へ走って行った。

 この村にはたまに語り部がやってくる。昔話やおとぎ話、様々な伝説は伝承。それらは少年達の冒険心をくすぐり想像のなかで冒険に連れ出してくれる。二人ともそんな言い伝えなんかが好きだったのだ。

 二人が中央広場につくと語り部の周りには人だかりができてすでに話は始まっていた。ガーナットとランディーは人を分けて無理やり前に出て行った。

語り部は老人だった。彼の座る場所の目の前にはランタンが置かれていて老人の顔を照らしていた。それがなんともいないこの場にふさわしい雰囲気を醸し出していた。

 白い髭を鎖骨あたりまで伸ばし年老いて背の曲がった語り部は、目を輝かせる少年二人に気付くと次の話をし始めた。


「さてさて、今夜は沢山の話をしてきたが次で最後にしようかのう。」


それを聞いてガーナットはランディーの耳元で小声で囁いた。


「間に合ってよかったな。」


「ああ。」


二人は早く始まらないかとばかりに待っていた。老人はくわえたパイプに火をつけ一度煙を吐き出し、口を開いた。


「始めようかのう。時は遥か昔、リグニールにおける最大の戦い「大戦」が起きるそのまた遥か昔、魔法が生まれた頃の話じゃ。そう、これから始めるのは「証物語じゃ。」

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