2.密かな決断

 ズシン、と木が倒れる音がキルフに響いた。そのたびに大地は振動し、鳥が羽ばたいた。くたびれた様子で地面に斧をついて体重を預けるランディー。

「もうこんなもんだろ。くたびれちまったよ。あとは運搬係が来るのを待って引き上げようぜ。」

ガーナットも同じように、くたびれた顔をしている。

「そうだね。いったん昼飯にしようか。」

そういって少年たちは、バックから出したパンと干し肉をほおばった。二人とも疲れていたのでしばらくは夢中で食べた。そして皮袋の水を口に含ませ、少しして飲み干し、ランディーが口を開いた。

「今年の収穫祭で火を大きくして例年より派手にやるのは、やっぱり最近のリグニールがおかしいせいなのか?」

ガーナットは顔をしかめた。

「そうだろうね。帝国とフェインズだけじゃなくリグニールの自然もバランスを崩し始めてる。」

そうして二人はリグニールの情勢について、しばし語り始めた。

 近頃のリグニール大陸は様子がおかしかった。農作物の育ちは悪く、ほかの村へ使いに行けば悪い噂ばかり。また帝国への税が上がるという噂まである。極めつけは長い間、帝国につかまっていた反乱軍「フェインズ」の一人「ローブの男」が二年前脱獄したという話だった。

 現在リグニールの情勢は微妙なバランスにより保たれていた。テンダールットを含む多くの人々は帝国のことをよく思っていないだろう。だからといって反乱軍の味方という簡潔な話ではなかった。帝国とフェインズの戦いによって被害を受けた村は多く、帝国に敵意を示せば粛清を受けうる。だからフェインズがいつか帝国を倒す日が来ると豪語する者もいれば、争いが起きるくらいなら今のままでいい、など意見は分かれていた。ガーナットはしばらく一人で考え込んでしまった。彼は急にひとり黙り込んで考え事に没頭するととまらなくなるのだ。良くも悪くも彼の癖だった。

 そんな中またもや先に口を開いたのはランディーだった。

「バランスといえば、「ローブの男」が帝国から脱獄したせいで帝国とフェインズもよくない状態らしいな。まあよくないのは当たり前だけどな。」

ガーナットはやっと考えごとから引き戻されしゃべりだした。

「まあ、なんにせよ僕たちが話したって無駄なことさ。さあ!運搬係が来るまでに木をまとめよう。まとまってないと運搬係のティーンズに腐った果実を見るような目で見られる。」

「そいつはごめんだな。あいつったら最近、農園の果実が不作だからって機嫌が悪いからな。」

少年たちは笑いながらこの暗く、先が見えない話と昼食を終わりにした。

 しばらくして運搬係がやってきた。小太りで目が釣り下がり、いかにも性悪そうな顔をしたティーンズは、一度ガーナット達の方を見て口はきかず、周りの者たちに指示を出し、さっさと木を回収していった。そして日が暮れ、疲れ果てた少年たちは、熱く燃えるような緋色に染まる雲の下、帰路に就いた。そして会話がないとき、ガーナットは前々から考えていたことを再び思い返していた。

 2年前夜中に突然死した母はいつも自分の安全を心配していた。しかし今のリグニールはどこにいても安全などない。それならいつか家をでてリグニール中を見て回るんだ。この小さな村で一緒を過ごすのはあまりにもありふれた人生だ。ガーナットは、ぱっと見おとなしい印象だが好奇心は人一倍だった。だからこの不安定な世界でも自分の欲求を抑えられず、この考えに至った。

 19歳までには家を出て、村を出て、デルビュール荒野を越えて外の世界に出るんだ。それはまだランディーにもデリーにも言ってはない少年の密かな決断だった。

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