第22話 「二十四人の俺」 妖怪「別人格」登場
1
心の闇にとらわれて 出口の見えない人がいる
天狗の力の少年が 来たりてこれを焼き払う
てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る
「ただいまー!」
シンイチは学校からダッシュで帰ってきて玄関にカバンを投げ出すと、すぐさま踵を返した。
「行ってきまーす!」
その間わずか二秒。熟練の男子小学生の技である。しかしその瞬間を、母の和代が狙って捕まえた。シンイチの首根っこを、背後からむんずと掴む。
「いててててて!」
「いてててじゃないでしょ! 『宿題やってからサッカー』って昨日言ったでしょ!」
「言ってないよお!」
「言った! ていうか、遊んで疲れて爆睡するから、いっつも宿題忘れるんでしょうが!」
「んんんんん」
「なに?」
「言ったとしても、多分オレじゃない!」
「はあ?」
「オレじゃない……えっと、そう、別のオレ! 昨日と今日は、オレ別人だし! よくさ、まるで別人みたいに成長したとか言うじゃん、成長期は! 母さんがよく『甘いものは別腹』とか言ってんじゃん! 『別オレ』だよそれ言ったの! 宿題やるって言ったのは、オレじゃない!」
「詭弁は通じません!」
和代は力任せにシンイチを引きずり、カバンを拾ってリビングへ押しこんだ。
「宿題終わるまで外出禁止!」
バタンと扉が閉められた。中にいたネムカケが、ニヤニヤと眺めていた。
「ニヤニヤすんなよネムカケ!」
「別オレとは、面白い言い訳を考えたのう」
「ちぇっ、やりゃいいんだろ! 母さんだけ別腹とか言う癖に!」
シンイチはノートを広げ、苦手の算数の宿題をやりはじめた。ほんとに算数だけはちんぷんかんぷんだ。謎の呪文で眠くなるよこれ、と言おうとしたら、ネムカケは既に得意の居眠りだ。
シンイチは思わずため息をついた。
「本当に別人格が勝手に宿題やってくれて、本体のオレはサッカーやりに行けたらいいのになあ……」
ため息は瘴気だ。それは心の闇の撒き餌である。シンイチが集中して宿題に取り組みはじめた頃、窓の隙間から「心の闇」が侵入してきた。シンイチは池を回る兄と弟に気を取られていた為気づかず、ネムカケは焼きサバの夢を見ていて気づかなかった。
そいつは鮮やかなグリーンで、平面のかたちをしていた。だから窓の隙間から入って来れたのだろう。目が大きく、笑う口は裂けている。シンイチの背後と椅子の間にすべりこみ、服の下からするすると潜り込んで背中にへばり憑いた。
「別人格……」
妖怪は呟いて笑った。それは瘴気の主成分、すなわちシンイチの内なる願望であり、その妖怪の名でもあり、これから起こる騒動の名でもあった。
2
「終わったあー! ネムカケ起きろよ! サッカー行こうぜ!」
「ムニャムニャねむいよう。まだちょっとしか寝とらんんんんん」
「だいぶかかったよ! 河原へ行こうよ! ススムたちが待ってる!」
「もう夕暮れが近い。彷魔が刻はすぐじゃぞう」
「一日一回はボールに触んなきゃ!」
シンイチは終えた宿題を和代に見せて外出許可を貰い、ネムカケを連れ、走って河原へ向かった。今日はススムチームと公次チーム対抗戦のつづきの筈だ。ススムチームは今負け越してるから、公次の裏をかく作戦を考えなきゃいけないんだった。
と、ススムたちが帰ってくる所に出食わした。
「あれ? もうサッカー終わったの? ボロ負け?」
青メガネのススムは、シンイチを見るなり激怒した。
「あんな言い方はねえだろシンイチ! しかも言い逃げなんてさ!」
「?」
「たしかにオレは足が遅いけどさ、ウスノロとか蝿が止まってるとか渋滞の先頭野郎とか言いやがって、オレが切れたら『本当のことだろ』って逆切れしてさ!」
「は?」
「は? じゃねえだろ!」
「オレ、そんなこと言ってないよ」
「しらばっくれんのかよ!」
「え、ていうか、オレサッカー行ってないじゃん」
「いただろ!」
「いないよ!」
シンイチは訳が分からない。切れるススムに続いて、大人しい公次も切れた。
「その言い方はないだろシンイチ。暴言吐くだけ吐いて逃げた癖に、つかまったらバックレかよ。ひでえぞ」
「オレじゃねえし!」
「じゃ誰だよ? みんなシンイチに怒ってんだぞ!」
「ちょっと待ってよ! そもそも、なんでオレがサッカー行ったことになってんだよ!」
全員がつかみかかってきた。身を翻し、シンイチは囲みから辛くも脱出した。
「逃げんのかよ!」
「オレじゃねえよ!」
「まだ言うのかよ!」
「ええい不動金縛り!」
シンイチは早九字を切り、ススム達に不動金縛りをかけ走り去った。金縛りが解けたススム達は目の前からシンイチが突然消えて、わけも分からず怒りの矛をしまいかねている。
「どういうことネムカケ?」とシンイチは、路地裏でネムカケに相談する。
「あやつらはサッカーをシンイチとしたんじゃろう?」
「オレその時、宿題してたじゃん!」
「うーん、わし寝てたし」
「絶対ヘンだよ!」
とそこへ、ミヨちゃんが涙目になって走ってきた。
「ひどいよシンイチくん! ずっと待ってたのに!」
「はい?」
「『君の美しさにプレゼントをあげたくて』って調子いいこと言っちゃってさ! 私ずっと公園の時計台の下で待ってたのよ! いつまでたっても来ないし、バッカみたい!」
「……オレ、そんなこと言ってないけど」
「嘘ばっかり! 適当なことばっか!」
「いや、それ、マジ、オレじゃない」
「じゃ何? しらばっくれるの? ひどくない?」
ミヨは泣き出した。
「え、それ、なに、え?」
大粒の涙をミヨはぽろぽろと零す。身に覚えのないことで、何でミヨちゃんを傷つけなければいけないのか。
「ここにいやがったのかあ!」
今度は、体の大きな大吉が走ってきた。
「大吉?」
大吉は大きな右の拳を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「オレとガチで殴り合って勝てるって言ったよな! クロスカウンター取ったら立ってるのはこっちだって言ったよな! やろうじゃねえか!」
大吉はハンマーみたいな右ストレートを放つ。
「うわあああ!」
シンイチは思わず身をかがめ、間一髪それをよけた。
「ビビったのかコラ!」
左拳を振り上げ、大吉はもう一発殴るモーションに入る。巨大なパンチ扇風機に巻き込まれたらひとたまりもない。
「不動金縛り!」
その瞬間、左拳を振り上げた大吉も、涙を噴き出しているミヨちゃんも時を止めた。
一体なんだ。何が起こってる。ススムの件も、ミヨちゃんの件も大吉の件も、全く身に覚えがないことである。
「シンイチ!」
ネムカケが叫んだ。
向こうから、なんとシンイチがやってきた。
「オ、オレがもう一人?」
二人のシンイチが同時に叫んだ。
「お前は誰だ!」
「お、お前こそ誰だ!」
「オレはシンイチだ!」
「オレがシンイチだ!」
向こうのシンイチは、背をくるりと向けて逃げ出した。
「ちょ、待てよ!」
シンイチはシンイチを追いかけた。
狭い路地や階段をシンイチは逃げた。このルートはネムカケの好む裏道散歩ルートだから、シンイチの知識や記憶を持っていることは確からしい。
「お前は誰だ……? オレなのか?……」
とにかく表通りに出る前につかまえなきゃ。シンイチは早九字を切る。四縦五横の刀印が空を裂く。
「不動金縛りの術!」
もう一人のシンイチは、走るポーズのまま、かちん、と時を止めた。同時にミヨちゃんと大吉の金縛りが解ける。
「逃げやがったなシンイチ!」
「ひどいよシンイチくん! 逃げるなんて!」
3
シンイチは、時を止めた「もう一人のシンイチ」を観察した。どこからどう見てもオレだ。鏡を見てるとしか思えなかった。顔も服も、手も足も全く同じ。しかも幻ではなく触ることも出来る。ホクロがあるとか、服の色が反対とかの、偽ヒーローにありがちな特徴もない。
「これ、今こいつが動き出して『オレが本物のシンイチだ』って言ったら、ネムカケはどっちがホントのオレか区別つく?」
「全く分からん。今もどっちか分からんぐらいじゃ」
「動いてるほうがオレだよ」
「止まってるほうもシンイチに見える」
「恐いこと言わないでよ。そうだ! とりあえずマジックで書いとこう!」
シンイチは腰のひょうたんから黒マジックを出し、額に「2」と書いた。これで当面、シンイチ1号と2号は区別できる。
ネムカケはしげしげと2号をプニプニしながら呟いた。
「これは……ドッペルゲンガーという奴かのう」
「ドッペルゲンガー?」
「全くソックリな人間が同時に出現する現象じゃ。遠い複数の場所で同じ人が目撃されたり、同じ場所で同一人物が二人出現したり。本人が会うと死ぬ、という言い伝えもある」
「ちょっと待ってよ。それって妖怪?」
「もともとドイツの伝説じゃから、西洋妖怪の類かのう。小学校の教室で同時に女教師が目撃されたという話が伝わっておる。世の中には同じ顔の人間が全部で三人いるというが、その一人か? あるいは隠し子の双子の兄……」
と、表通りの向こうに三人目のシンイチが現れた。
「またオレ?」
「オラ、どけよ! 殴るぞ!」
ずいぶん暴力的なシンイチだった。
「シンイチ、うしろ!」
ネムカケが反対側を肉球で指す。
そこに四人目のシンイチが歩いている。そのシンイチはスキップしながら陽気に歌っていた。
「ラララー! 今日はいい天気ー!」
「オレが更に……もう二人? ネムカケ! 世界に同じ顔は三人なんじゃないの? 一人多いよ!」
「おっかしいのう」
「とりあえず、不動金縛り!」
シンイチは残り二人にも金縛りをかけ、額にそれぞれ3、4と書き、全シンイチを人気のない公園まで運んだ。
辺りに誰もいないのを確認し、公園全体に結界のように不動金縛りをかけたシンイチは、2、3、4号の固まった顔を眺めてネムカケに言った。
「まさかこいつらがススム達、ミヨちゃん、大吉のところに現れて、トラブルを起こして逃げたってことかな?」
「うーむ、お主にその記憶がないのなら、そう考えられるな……」
「本人に聞いてみるか……エイ!」と、シンイチは三人の金縛りを解いた。
「うわっ! なんでオレが一杯いるんだよクソが!」
「ああ? 殴るぞ?」
「何だかオモロイぜ! ヒャッハー!」
シンイチ1号は三人に尋ねる。
「君たちは一体何なんだよ!」
「シンイチ」
「シンイチ」
「シンイチ」
三人の答えは同じだ。シンイチ2号がつっかかってきた。
「ていうかふざけんなよ! みんなオレの偽者だろ! さっさと正体現してオレに退治されろよ雑魚!」
シンイチ3号がケンカをふっかけた。
「あ? オレに挑戦すんのか? やんのかオラ。クロスカウンターで立ってんのはオレだぞ」
シンイチ4号は調子に乗って面白がる。
「おっ! 超オモロイ展開! やれやれ! シンイチVSシンイチ! 最高! オレ、シンイチが勝つのに千円賭ける! ってどっちだよ! てへっ!」
と、更に異変が起きた。
「うみゅうみゅうみゅ」と、シンイチ4号が突然言い出し、頭を振りながら突然「分裂」をはじめたのだ。
「えええええ?」
シンイチ4号は顔が二つに割れてゆく。お餅が二つになるように、みよーんと粘って二つになり、残り半分の顔が生えてきた。体も同じくだ。額の「4」は、左半分と右半分になった。つまりシンイチ4号は、4号左と4号右に、まるで細胞分裂するように分かれた。
4号左(旧)はスキップをはじめた。
「なんだこりゃ! 超楽しい! おもしれえことになって来た! もっとやれ!」
4号右(新)の方は、意味不明の歌を歌いながら踊り狂った。
「うー! ぷー! ぷよっぷへっ ぶりぶりぶりー!」
シンイチ1号は憤慨する。
「やめろよ! 恥ずかしいからオレの体でそんなことしないでよ!」
しかし4号右はズボンを脱いで尻を出し、鼻に指を突っ込み尻ふり踊りをはじめた。
「ぷーぷぷーぷぷぷぷーぶりぶり」
あまりのアホぶりに思わずシンイチ全員が笑ってしまう。調子に乗ってでんぐり返し。と、その拍子にTシャツがめくれ、背中に取り憑くグリーンモンスター、心の闇が貼りついているのが見えた。ネムカケは合点がいった。
「これは……心の闇の仕業か!」
「妖怪……『別人格』!!!!!」
全てのシンイチはぴりりと緊張し、全員が同時にハモった。
「あれ? ……やっぱりオレはオレなの?」と、シンイチ1号は戸惑いを隠せない。
五人のシンイチが車座になり、妖怪「別人格」によって分裂させられたこの事件の話し合いをはじめた。4号左を4号、4号右を5号と、あらためてマジックで書いた。
「はいはいはーい! みんなー! 話し合いを、はーじめーるよおー!」と4号。
「ぷりぷりぷー」と5号は聞いてない。
全員の背中に妖怪「別人格」がへばりついているのをまず確かめ、シンイチ1号は冷静に分析する。
「心の闇ってさ、今までは栄養を吸って子供を産んで増えるタイプだったけど、こいつは宿主ごと自分を分裂させて増えていくタイプなのかな? 寄生体が分裂して、宿主も分裂するというか……」
「まるで大腸菌のような増え方じゃ。大腸菌は子供を産まず、クローンで増えていくからのう」とネムカケ。
「馬鹿が集まっても、どうせ烏合の衆だろ! クズが!」と2号は口が悪い。
「全員で殴り合おうぜ。勝ったやつが本物で、負けた四人は小鴉で斬っちまおう」と3号は好戦的だ。
1号が気づいた。
「待って? それぞれがシンイチのはずなのに、君ら全員性格違うよね? 2号はさっきから暴言吐きまくるから、ススム達とサッカーして怒らせたのは、多分お前だろ?」と2号を指差す。
「大吉にケンカふっかけたのは、好戦的な3号だな?」と3号を指差す。
「ミヨちゃんにプレゼントあげるって調子こいたのは、4号だろ」と4号を差す。
「だから何なんだよチビ!」と暴言2号は睨む。「殴り合いで決めるか」と好戦3号。
「オレか? オレじゃねえよ! いややっぱりオレかなあ? ハハッ!」とスキップしながらお調子者4号は言う。「ぷりぷりぷー」と裸踊り5号は相変わらず尻踊り中だ。
「何で4号と5号は分裂した? ……まさか、知らないうちにもっと分裂が……?」
心配したシンイチは腰のひょうたんから金色の遠眼鏡、千里眼を取り出した。銭湯の煙突に一本高下駄を履いてひとっ飛び。
「いた! あそこにも! あそこにも!」
4
本屋に、女の子向けの洋服屋の前に、公衆トイレの中に、雑貨屋に。シンイチは新たに八人のシンイチを発見、高下駄で飛び不動金縛りで確保し、全員の額に番号をつけた。
公園には、全部で十三人のシンイチが並んだ。
シンイチ1号。オレ。
暴言2号。暴言ばかり吐くオレ。ススムを怒らせた容疑。
好戦3号。すぐケンカしたがるオレ。大吉に挑戦した容疑。
お調子者4号。調子のいいことばっか言うオレ。ミヨちゃんを泣かした容疑。
裸踊り5号。バカな裸踊りをするオレ。
以下がニューカマーだ。
6号。トイレに篭ってた。人見知りで、誰とも喋らない。
7号。本屋で発見。ファンタジーばっか読んでるオレ。
8号。女の子むけの洋服屋にいた、女言葉のオレ。
9号。雑貨屋で発見。マフラーまいて変なバッジをつけ、カッコつけるオレ。
10号。河原で座ってた。「どうでもいい」と言う無気力なオレ。
11号。銭湯で発見。ずーっと体を洗い続けてる潔癖症のオレ。
12号。路地裏にいた。サッカーボールの壁うちをやめないオレ。
13号。公園のシーソーの上にいたオレ。
「これで全部だよな……」とシンイチ1号が言うが早いか、暴言2号が「うみゅうみゅうみゅ」と分裂をはじめ、14号目が現れた。
「何だ糞野郎が増えたぞ!」と暴言2号がつっかかる。14号は冷静に返した。
「そう暴言吐くなよ。お前は本当の事を言っているだけで、言い方がまずくて暴言になってるだけだよ」
どうやら、シンイチ14号は「冷静な分析をするオレ」のようである。
しかし、冷静14号はすぐに分裂し、15号、16号を生んだ。15号は「人間は本来全部悪だ」と言い、16号は「生まれながら人間は正義だ」と主張する。「正義だ」「悪だ」「オレはどっちとも思わない。人による」と、冷静14号、悪15号、善16号は議論をはじめた。
お調子者4号からは17号が誕生。「オレは嫌われたくない。嫌われたくない」と周囲の顔色ばかりを見て挙動不審なやつだ。
好戦3号も頭をぶるぶる震えさせ始めた。シンイチはその頭をつかんで分裂を止めようとしたが、頭を止めたら今度は体が分裂をはじめ、18号、19号と計三体に分裂した。
「何だよ! どうやったら止まるんだ!」
18号は大きな石を拾い、周囲のものを手当たり次第に壊し始めた。空き缶をへしゃげ、読書7号の読んでる本を取り上げてびりびりに破る。19号はその空き缶や半分に裂かれた本をゴミ箱に捨てて喜んでいる。
「みんなあ! やめてよううう! 仲良くしなよおお!」と女言葉8号が泣き出した。
シンイチとネムカケは、この騒ぎがどうやったら収拾するか、必死で考える。
「なんでこうなっちゃったんだ? 原因を考えなくちゃ!」
「思い当たる節はなんじゃ? いつからシンイチは心の闇にやられた!」
「別人格……宿題をやるって言ったのは、別人格のオレだって言ったこと? このオレはオレじゃねえって、思ったこと?」
「それか……!」
「つまり、オレは責任を別人格に押し付けようとしてる心の隙に、つけこまれたってこと?」
19号は20号を生む。「太陽は西から昇る」「上に落ちる」「右は左」と、20号は逆ばかり。好戦3号からさらに21号が誕生。彼は言葉をしゃべらず、うううと唸って3号に飛びかかり、取っ組み合いがはじまった。
「面白い。オレに勝てると思ってんのか?」
「ううう!」
「面白い! やれやれ! バカ同士どっちが勝つかね! 腕力ない同士がよ!」
暴言2号が盛り上げる。
シーソーの上にいた13号はその間に割って入り、「まあまあ」と仲裁をはじめた。
シンイチ1号はこの混乱を観察する。
「これはオレなの? それとも別人なの?……」
「もうみんなやめてよ! どうして男はこうなのよ!」と女言葉8号は泣きっぱなしだ。
「女っぽいのは別人だよな? オレじゃないよな?」
うううと唸る21号。殴りかかる好戦3号。「どうでもいい」とニヒルに構える10号。
「お前たちはオレじゃない! 妖怪のせいなんだろこれは! オレをネタにした、オレ動物園だよこれじゃ!」
7号から生まれた22号は「アポロは月に行ってない。9・11も3・11も陰謀である」と陰謀論を展開しはじめた。マフラーやバッジをつけ鏡ばかり見ていたオシャレ9号から23号が生まれ、なんとそれはハゲたシンイチだった。中年のおじさんのようなバーコードハゲの髪型だ。
「なんなんだよ!」
シンイチ1号はさっぱり分からない。そしてて、ついにその本家1号が「うみゅうみゅうみゅ」と言い出して、頭をぐるぐる震わせ、分裂し、二十四人目のシンイチを生んだ。
シンイチ1号は、最新の24号に尋ねた。
「お前、一体誰なんだ!」
「……誰とか言わないでよ。……恐いよ」
24号は俯いた。
「お前はオレなのか! オレじゃないのか? なぜオレが二十四人もいるんだ!」
24号は目をつぶり、恐がって身を縮めた。
「……恐いよう……」
「だからオレの質問に答えろよ!」
24号は涙目になって訴える。
「……もうやだよう。……恐いよう……生きててもしょうがない……もういやだ……」
シンイチは追及をあきらめた。2号から24号は、オレを引っくり返したオレ動物園。
「こんなの初めてだよ!」
とパニック寸前のシンイチは、ふと気づいた。
「……いや、これ、初めてじゃないぞ?」
「は? 何を言っとるのじゃシンイチよ!」とネムカケが横から言う。
シンイチは、24号に向かって言った。
「24号。お前に、オレは昔会ったことがある」
「シンイチ、おかしくなったのか! 目の前の24号は、妖怪別人格によって分裂させられた奴じゃぞい!」
「ちがうよネムカケ。オレ、24号に会ったことがあるんだ。昔オレが妖怪『弱気』に取り憑かれたときのオレ。……それ、お前だよな?」
二十三人のシンイチの騒乱が、水を打ったように静まった。シンイチ2号から24号が、シンイチ1号の次の言葉を待った。
「そうだよ。そして、他のオレにも会ったことがある」
シンイチたちは、ざわめきはじめた。
「冷静な14号。君が『弱気に取り憑かれてる』って分析した上で、4号の『調子に乗ってる俺』を思い出したんだろ? だから妖怪『弱気』をオレの心から追い出すことが出来たんだな?」
「……何を言っておる?」
ネムカケはまだシンイチの気づいたことがわかっていない。
「そうだよ! 13号はシーソーの上から仲裁しようとしてるから、俺の中のバランスを取る役割をしてるんだな? 15号と16号は、人間の善の面と悪の面を代表してるんだよね? 12号と10号。君にも会ったことがあるぞ。サッカーの練習を熱心にするときオレは12号だし、あきたーやめてえーどうでもいいーってときは、オレはもういいやって10号だ」
「……つまり?」
「つまりこの二十四人のオレは、全部オレなんだ」
二十三人のシンイチ達は納得した。
「そうか」
「そうか」
「そうか、オレか」
「オレだわ」
「オレだった」
「お前もオレか」
「オレとオレは、オレか」
シンイチ1号はさらに続ける。
「オレの中には、暴言を吐きたいオレがいる。凶暴なオレも、びびりのオレも分析屋のオレも、どうでもいいわと思うオレも、悪いオレも正義のオレも、バカなオレもいるんだ」
「あの尻ふってるバカな5号もシンイチじゃと?」
「……恥ずかしながら、家で誰もいないとき、やったことがあるんだよね」
「なんと!」
「へへへ。ひさしぶりっケツ!」とシンイチ5号は、尻をぱしーんと叩きながら言った。
「シンイチは賢い子だと思ってたら、バカなシンイチもいるのか!」
「うん。調子のいいオレ4号はさ、嫌われたくないオレ16号とバカなオレ5号に別れたし、きっと仲間の感情なんじゃないかな。オレはバカだし、嫌われたくないし、だから嘘も調子のいいことも言うんだよ。凶暴な21号だったり挑戦的な3号の部分がないと、危険なとき何もしないヘタレになっちゃう。それを正義のオレやバランスを取るオレが、普段はコントロールしてるんじゃないかな。女っぽい8号のオレも多分オレだ。オレは男だけど、女の子の気持ちがちょっとは分かるのは、ミヨちゃんを傷つけたって分かるのは、『彼女』がオレの中にいるからだと思う」
シンイチ1号は、二十三人の自分の前に歩み出た。
「君らはオレだ。オレじゃないって言ってごめん。多分、全員で、オレだろ?」
「……そりゃそうだよな。オレだもの」
「オレだし」
「私もオレよ」
「オレだ」
「でもお前とは仲良くできねえ」
「オレもだ」
「まあまあ。その矛盾しながらも、オレだよ」
シンイチ1号はさらに言う。
「人間は一人だけど、その心には色々な面がある。そこに、数字を振っただけなんだよこれは」
二十四人のシンイチは、それぞれのシンイチを見た。微妙に顔が違い、まるで性格の違う、しかし同一人物であることを理解した。
シンイチはつづけた。
「ネムカケ。妖怪『心の闇』よりも、人間は複雑なんじゃない?」
「なぜじゃ?」
「だってオレら二十四人はみんな違う表情や個性なのにさ、取り憑いてる『別人格』は、全部同じ顔だぜ?」
妖怪「別人格」たちは苦しみ始めた。
「そもそもオレがオレを『別人格』とか言って、責任逃れをしようとしたのが悪いんだよね……」
シンイチ1号は、24号に面と向かった。
「弱気のオレ。それに気づかせてくれてありがとう。またよろしくな!」
「……オレ、恐がってるだけだよ。何の役にも立ってないよ」
「いいや」
「?」
「さっき大吉に殴られそうになったとき、ビビッてとっさに身をかがめて、パンチよけたじゃん。だから殴られずに済んだ。アレ、お前だろ」
「……」
24号の表情がはじめて変わった。
「……気づいてくれたの?」
「ビビることも、命を守るために役に立つよ。全ての人格は、オレを動かす為にあるんだ」
「ありがとう。……僕に気づいてくれて」
シンイチ24号に取り憑く妖怪「別人格」は外れ、24号はシンイチ1号に吸収された。
すべてのシンイチから「別人格」が次々にはがれ、分裂する過程を逆回しにするように融合していく。
「火よ、在れ」
シンイチは腰のひょうたんから、火の剣・小鴉を抜いた。朱鞘から開放された、濡れた黒い刃から浄化の炎があふれ出る。シンイチは天狗の力の行使人へと姿を変えた。シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。
憤怒の相の小天狗は、二十四の心の闇を次々に斬ってゆく。
「一……二……三……!」
それは自分の別の面を数えることだと、今のシンイチには理解できた。
事件は宿主のせいではなく、妖怪のせいだ。普段人にはそう言っている。それを自分に言うと心が少し軽くなった。
「二十二……二十三……!」
ラスト一匹。その一匹に向かった瞬間、妖怪の顔が、突如シンイチの顔に
「えっ……?」
「……恐いよう……」
24号の顔だった。
「お前……」
シンイチの躊躇に、ネムカケが叫ぶ。
「シンイチ! ためらうな! それが心の闇の狙いじゃ!」
「……お前は妖怪であって、オレじゃない!」
シンイチは自分の顔に小鴉を走らせた。
だが、太刀筋が乱れた。
手元が狂ったのか。心が乱れたのか。
手応えがおかしかった。右手がしびれてきた。
「ちきしょおおおおおおお」
断末魔と共に、二十四匹目の「別人格」は炎に包まれ塩の柱となった。
「小鴉が……!」
黒曜石の小鴉の先端が、切先一寸ほど割れ、欠けていた。シンイチはそれを指でたどって確かめた。
「大丈夫かシンイチ!」
シンイチは小鴉を何度か振ってみる。
「斬ること自体に、支障はないと思うけど……」
真芯を外したせいだ。これからは、今以上に真芯をとらえる必要が出て来た。
燃え盛る二十四本の火柱は、塩の柱へと形を変えてゆく。
「とりあえず……ドントハレだ」
ススム達に、ミヨちゃんに、大吉に、シンイチは謝りまくった。「オレ調子に乗ってたんだ!」と言い訳して、謙虚になると誓ってようやく許して貰った。
後日。
テレビを見ながらシンイチはネムカケに話しかけた。
「そういえばさ、一人ぐらい、斬らずに残しときゃ良かったよねネムカケ」
「なんじゃと?」
「だってさ、分身の術みたいだったじゃん! オレがサッカーいく前にもう一人が宿題やって……」
「そんなズルイ事考えてると、また妖怪『別人格』にやられるぞい」と、ネムカケはたしなめる。
「はははそうだね。……ハ……ハクション!」
くしゃみのきっかけで、シンイチは突然二人に分裂した。
「ひいいいい!」とネムカケは腰を抜かす。
「ごめんごめん。まだたまにこうなる。でもなんとかなるよ!」
ゆっくりと、二人のシンイチは一人に統合されてゆく。
「冗談もたいがいにしてくれよ。心臓に悪いわ」
「あはははは」
シンイチは笑った。
都会に現れた新型妖怪「心の闇」と闘ってきて、シンイチには分ったことがある。
「心の闇」は、人の心の隙間に取り憑くということ。放っておくと心を病み、ついには死ぬまで「心の闇」が成長するということ。家族とか身内とか関係なく、自分自身の心すらもその危険に、常に晒されているということ。負の心やちょっとした隙や先入観は、いつでも生まれ得るからだ。だが悲観したり、人の心の弱さに絶望することはないとシンイチは考える。心の闇は、晴らすことができると思うからだ。
小鴉をまっすぐ走らせることに、髪の毛一本分の迷いがあったから、小鴉を欠けさせてしまった。次はまっすぐ、無心で斬らなければ。たとえ心の闇が自分に取り憑いても、まっすぐに斬ればよい。まっすぐな心が、小鴉にも闇にも良いのだと、シンイチは決意した。
「心の闇」とは何か。
答えはまだ、出ていない。
てんぐ探偵只今参上
次は何処の暗闇か
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