第8話 深淵への誘い①
左眼が綾野祐介、右目が橘良平、上半身が
岡本浩太、下半身が桂田利明の四人が合体し
たその者は仕方無しに洞窟の地下へ地下へと
進んで行った。本来蜘蛛の神アトラク=ナク
アの住まいであったと思われるところまで辿
り着いた。しかしそこには何も居なかった。
空になってからかなりの時間が経っているよ
うだった。
その辺りは大きな亀裂がたくさんあったの
だが、そのすべてに立派な橋が掛けられてい
る。ただ、その橋の素材は見当もつかないも
ので出来ていた。
更に地下へと進んでいくと、千柱宮殿が現
れた。妖術師ハオン=ドルの居城であるとこ
ろの宮殿にも人の気配は無かった。ハオン=
ドル本人もその使い魔たちの姿も無い。打ち
棄てられてからここも永劫の時を経ているよ
うに見えた。
(なんだか、遺跡ばかりで何も居ないじゃな
いですか。どうしてしまったんでしょう
か。)
四人は互いに岡本浩太の頭の中で会話が出
来た。声に出してしまうと全て岡本浩太の声
なので紛らわしい。
(どうしてしまったのだろうね。一番上のツ
ァトゥグアは健在だったし、一番下のアブホ
ースも未だ幽閉されている筈だが、その間に
棲み付いていた者達はみんな何処かに行って
しまったようだね。)
(あとは何がいるんでしたっけ。)
(次は蛇人間で、その次がアルケタイプの筈
だけれど。)
(何ですか、その蛇人間ってのは。)
桂田は大の蛇嫌いだった。想像するだけで
鳥肌が立ってしまう。四人の合体した一体は
下半身だけが鳥肌が立っていた。
(蛇人間はとても科学の発達した種類の生物
で、その顔が蛇のようなのでそう呼ばれてい
るだけだろうね。ただ、あまり気持ちいいも
のではないかも知れない。)
四人(?)が更に下へと進んでいくとそこ
には何かの実験室のようなものが現れた。蛇
人間の実験室のようだった。
中へと入ってみると、ここにもやはり動く
ものは何も居なかった。ただ、ここには大き
な円柱状のガラスケースに入れられた数々の
生物の標本が並べられていた。何かの透明な
液体に浸されているが、生きてはいないよう
だった。
そのうちの一つには「Human」という
プレートが付けられている。ただ、そのケー
スは割れてしまっていて、中には何も居なか
った。
他には大人よりも大きいサイズの、胎児と
しか表現できないようなもの(成長すると巨
人と呼ばれるようなサイズになりそうだ。)
や、蚯蚓と百足のあいのこのようなものなど
が見受けられる。通常地球上には居そうも無
いもののオンパレードだった。ただ、その設
備を見ると綾野や橘でも理解できないものが
たくさんあった。かなり科学の進んだ種族で
あったことは間違いないようだ。
その進んだ科学を持っているはずの蛇人間
達はいったい何処へいってしまったのだろう
か。
(綾野先輩、結局地下には何も居そうにあ
りませんね。ツァトゥグアの真意はどこにあ
るのでしょうか。)
(判らないな。何故アクラノ=ナクア達が居
なくなってしまったのか、ツァトゥグアはそ
の無人の地下世界に何故私達を送ったのか。
ここまでの様子では見当もつかない。)
(判らないときは、先に進むしかないですよ、
両先生方。)
(利明の言うとおりです。少なくともアブホ
ースは居るはずですから。)
意識の中で融合しかかっているので、四人
には互いの気持ちがストレートに伝わってし
まうようだ。四人とも不安でしようが無いの
だが、勇気を振り絞って先に進もうとしてい
る、という点で全員の考えは一致していた。
研究所の施設を出て更に地下へと進んでい
くと、遠く先に何かが動いたように見えた。
(今、何か動きませんでしたか。)
右目の橘助教授が意識した。
(確かに何かふわふわとしたものが動いたよ
うだな。)
左眼の綾野にも何かが動いたように見えた。
(行って見ましょう。)
ツァトゥグアに会って以来初めて出逢う何
者かに不安と期待が入り混じっているが、自
然と足が速くなってしまう四人(?)だった。
近づいてみるとそれは、何か全体的には丸
いものとしか認識できないものであったが、
よく見るとほぼ人間の部品を有しているよう
だった。顔、手、胴体、足というような各々
の部位はかろうじて認められる。それは一体
だけが浮遊しているかのように移動していた。
「ちょっと待って。」
それが人間の言葉を理解できるかどうかは
判らなかったが、とりあえず声を掛けてみた。
それは、声に反応したのか、それとも理解
したのか、人間の感覚で言うと、立ち止まっ
たように見えた。
「なにか用か。」
ツァトゥグアの時と同じようだった。脳に
直接伝わってくるのであって、それがそうい
う意味であると意識できるだけなのだ。
「あなたは一体何者なのですか。」
「人に向かって何者だと聞くことは失礼に当
るとは考えないのか。」
「確かに、でも私達にはあなたがどのような
存在であるのか、理解できないのでお尋ねし
ているのです。申し訳ありません。」
「まあ、いい。私の名はロングウッド、あな
た達人類が進化した形態と思ってもらってい
い。アルケタイプと呼ばれることもある。そ
れで理解できるか。それにしても、私達とは
妙なことを言う。」
少しの間、アルケタイプは四人合体を見て
いた。
「なるほど、ツァトゥグアに身体を混ぜられ
ているのだな。奴のやりそうなことだ。奴の
言葉に耳を貸してはいけない。奴はただ永劫
の時を過ごすのに、退屈しているだけなのだ
ろう。」
アルケタイプとは確かにヴーアミタドレス
山の地下世界に棲んでいると言われている人
類の末裔と伝えられている。
「判りました。あなたのように方がアルケタ
イプと呼ばれる存在なのですね。でも、どう
してここにはあなたしかいないのですか。他
のアルケタイプはどうしたのです。」
「ここまで降りて来たのなら、途中に何もい
ないことを知っているだろう。我々も同じよ
うに此処から立ち退いているのだ。私は最後
まで残って後片付けをしていたのだが、もう
次の世界へ移るところだ。この地下世界はも
う直ぐ崩壊してしまう。ツァトゥグアが封印
されている一番の入り口付近とアブホースの
底だけは結界の力によって封印され続けるだ
ろうが、我々が棲んでいたところは、崩壊を
免れることが出来ない。我々が飼育していた
恐竜達も全て違う次元へと移したところだ。
私が最後なのだ。」
この地下世界が崩壊する。悠長なことを言
っている時間は無いのかもしれない。
「ここはいつ崩壊するのですか。」
「ここは時間の流れがお前達が元居た世界と
は違う。ここでの時間でいうとせいぜい後2
時間というところか。」
「ぼく達を連れ出してもらえませんか。」
綾野とアルケタイプの話に岡本浩太が割り
込んできた。
「浩太、それは多分無理だろう。」
「どうしてですか、綾野先生。」
「その者のいうとおりだ。おまえたちはツァ
トゥグアの呪いを掛けられている。そのまま
連れ出せば元にはもどらないことになる。そ
れでもよいのか。」
「だっだめです。すいません。でもあなた達
の科学ではどうにもならないのでしょう
か。」
「なかなか挑戦的なことを言う。我々は確か
にお前達より進化した存在ではある。この上
で妙な研究をしていた蛇人間さえも凌駕した
存在であるのだ。しかし、もとの身体は多分
ツァトゥグアに一旦吸収されているのだろう、
そのような状況下での分離は到底無理な話だ。
その呪いは掛けた本人でしか解けないのだ。
そして我々はツァトゥグアを制御するまでに
は至っていない。」
アルケタイプの特徴なのかロングウッドか
らは表情とか感情が読み取れなかった。
「すると私達はこのままアブホースの元に行
かざるを得ないのですね。」
「仕方が無いだろう。では私はこれで。」
如何にも時間がなさそうにロングウッドは
歩き?出した。どうも浮いているように見え
るのだが、足のようなもので歩いているよう
にも見えた。
「ちょっと待って下さい。あなた達はここか
ら一体どこに行くのですか。」
「お前達に言っても理解できないだろう。次
元が違う、という表現が一番近いのかも知れ
ない。いずれにしても、これからアブホース
の元に行かねばならないお前達には関係が無
いことだろう。」
そういい残すとさっさとロングウッドは行
ってしまった。
この地下洞窟があと2時間で崩壊するのな
ら、急がなければならない。四人(?)は先
へと急いだ。
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