第31話 対D軍戦 試合前 〜その2〜

「おい大高。監督が呼んでるぞ」

 試合前の練習時に小薗が声をかけてきた。

「広兼監督が?」

 それは、とても珍しい事だった。

 バッター出身の広兼監督は、ほとんど投手陣やキャッチャーである大高に対して声をかける事がなく、それはほとんど関ヘッドコーチの役割であったからだ。

 グラウンドにもあまり顔を出さない広兼監督はコーチ室にこもっているとの事だったので、大高はそこへ向かった。


「入ります」

 ノックをして部屋に入ると、広兼は狭い部屋で資料に目を通していた。

「おう。練習中にごめんよ」

 堅苦しい表情の割に軽い口調でそう答えると、広兼は大高にイスを差し向けた。

「村越の件。明日には合流するように手配したから」

 それは昨日、大高が小薗に対して申し出た願いだった。

「ありがとうございます」

 礼は言ったものの、それを伝える為だけに呼んだのかと大高は怪訝に思ってしまう。

「どこで使う?」

「え?」

 突然の問いに、大高は戸惑う。

「お前のリクエストだから起用方法も聞いておきたいと思って」

 そんな事まで考えていなかった。村越の球であれば相川に有効ではないかと、大高が考えていたのはそこまでだ。

「なんだ。考えてなかったの?」

「あの、すみません」

 広兼はため息をつきながら資料から目を外した。

「確かに村越のフォークは有効だと俺も思うよ。でも、どんな場面でも言い訳じゃないし、そもそも俺のプランには入ってなかったからな」

 話しながら、広兼は天井を眺めて考え事をはじめた。

「あの」

 大高は恐る恐る声をかける。

「何?」

 広兼は顔を向けずに声だけでそれに答える。

「監督は相川の事をどう見てるんですか?」

「それは?監督として?同じ打者として?」

 もちろん監督として相川に対してどう見ているのかと言うつもりで聞いたのだが、そう返されて天才打者、広兼太志がどう見ているかに興味がそそられた。

「打者として認めますか?」

 その問いは挑発的だった。打者として自分以外は認めない広兼が相川優太郎の活躍をどう見ているのかを大高は知りたいと思ったのだ。

「もしも日本のプロ野球に」

 広兼は大高の挑発的な物言いに表情ひとつ変えずに答え始める。

「覆面の選手が現れたらどう思う?」

「はい?」

 突然何を言い出すのかと大高は返答に困る。

「引っ剥がしてやりたいと思わないか?」

 広兼はそう言ってニヤリと笑った。

「今の俺はそんな心境だよ。打者としてどうかは引っ剥がした後だね」

 その言葉に大高は背筋が凍る思いがした。

「お前に考えが無いなら村越の起用は関さんと考えておくよ。ありがとな、戻っていいよ」

 結局、大高は何も言えないまま頭を下げて練習に戻った。


 S軍本拠地であるJ球場は、ホーム開幕戦はもちろんのことながら相川フィーバーも手伝って平日ながら満員となった。

 先日の全打席敬遠があったとは言え、未だ連続本塁打記録は更新中である。その為相川の打席には期待と注目が集まっている。

 対するD軍も投手陣は充実しており3戦目で登板すると思われるエース安東の他、T軍の城崎と並び最強のクローザーとしての呼び声が高い片岡やベテランの花田との対決が期待されている。

 そして本日、第1戦で登板するのが昨年は怪我で泣いたもののかつては最多勝も獲得した事がある大前智貴だ。


「敬遠するのかね。大高さん何か聞いてる?」

「いや、方針としては決めてないらしい」

 試合前、肩慣らしのキャッチボールをしながら大前はボヤいている。

 昨日、小薗バッテリーコーチから聞かされていた、監督が想定する“相川に通用する”投手に大前が含まれていなかった事はここでは伏せた。

 もちろん、大前も悪いピッチャーではない。高い制球力と多彩な球種でテンポ良く投げるタイプで特に追い込んでからの強さは他を圧倒している。

 昨年の怪我で安東にエースの座を譲っているものの、安定した勝ち星が期待できる1人として首脳陣からの信頼は厚い。


「ファーボール嫌なんだよね。俺」

 ひとつ難があるとすれば、この勝ち気な性格かもしれない。プロになる時も1度パリーグのM軍にドラフト指名されたにもかかわらず本人はセリーグを希望していたため、これを蹴って1年間社会人でプレーをしている。

 翌年のドラフトではD軍のみが指名をし本人もプロ入りを第1条件としていたため了承した。

 ドラフトという制度には様々な思いが交錯するものだが、古くからのこのシステムにケチをつける行為は世間的にもあまり好まれる事ではなく、実力の割には人気が伴わない選手と言える。


 結局のところ、今日のこの状況下で大前の登板はいいようにおもわれていた。相川のホームランを期待する世間全般の風潮からすれば、おあつらえ向きのヒールと言えたのだ。


“だからこそ、敬遠はしたくないんだけどな”

 大前とは別の理由で大高は敬遠に対する嫌悪感を抱いていた。

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