第30話 対D軍戦 試合前 〜その1〜

 電話がかかって来た時、D軍正捕手の大高は自宅の部屋にいた。1日遅れでS軍の本拠地である東京に入る予定でオフである今日を家族で過ごしていた為だ。


「遅い時間にすまんな。もう休んでたか?」

 電話はD軍のバッテリーコーチである小薗の定期連絡だった。

「いえ、試合の録画を見てました」

 家族と過ごす為とはいえ、やはり大高も気にならない訳では無かった。明日から対戦する未知なる怪物との対戦を。

「そうか。まあ、そうだろうな」

 言葉に詰まる小薗の話ぶりはもどかしくもあったが、大高には回りくどいやり取りをするつもりは毛頭なく、かかって来た電話であったが気になっている事をそのまま聞くことにした。

「明日からの3連戦。相川とは勝負しないんですか」

 おそらく、今日の本題はそれだろうと想像はしていた。

「ああ、その事か」

 小園はシラを切るように口ごもるが、この時間であれば広兼監督の決定はもう下っているだろうし、その事にコーチ陣が反対できないであろう事も予測はついている。

「無闇な失点は避ける。それが監督からの指示だ」

 小薗の説明はハッキリしない。確かに広兼監督の言いそうな事ではあるが、それでは相川のホームランを避けるともとれるし相川を抑える秘策があるともとれる。

「監督は相川を抑えられる可能性があるのは安東と片岡じゃないかとも言ってたよ」

 大高はその言葉に苛立ちを覚える。

「つまり、それ以外の投手では勝負しないと言う事ですか」

「まあ、そういきり立つな」

 電話の向こうで、コホンと咳払いをしながら小園は続けた。

「勝つ事が最優先だと。監督はそうおっしゃった」

「ですから、その為には敬遠策もやむ終えないと言いたいんですよね」

「だから、最後まで話を聞け」

 小薗も苛立ちを隠さない。それはとても珍しい事で、大高も少し戸惑った。


 D軍の体制の中で小薗コーチの役割は明確にされており、それは大高専属コーチと言っても過言では無かった。もちろん他の捕手育成にも携わってはいたがD軍において他のキャッチャーを育てる事よりも大高を試合に出場させ続ける事の方が戦力維持には重大であるため、徹底して大高の管理をする事を就任時に広兼から言い渡されていたのだ。

 それにはもちろんメンタルのケアも含まれており、良き相談相手としての役割もあるため、小薗は滅多に感情をあらわにしない。


 そんな小薗が苛立つのは珍しい事だと大高は思っていた。小薗のバックアップ無しでこの後の長いペナントを戦い抜く事は出来ないと、ここは大高が折れる。

「監督は何て言っていたんですか」

「そうだな」

 小薗の方も我に返ったのか、落ち着きを取り戻す。

「今まで通りだと。そうおっしゃっていた」

「え?どう言う事です」

 あまりに不可解な答えに声が上ずってしまう。

「今までやって来た通りにやれと、そう言う意味だ」

「だとすると、相川対策はどうするんですか」

 まるで、話が振り出しに戻ってしまったかのようだったが、小薗は落ち着いて話を続けた。

「大高よ、もう少し広兼監督の事、理解した方がいいぞ。今まで敬遠の時はどうしてた」

 それを聞いて大高はハッとした。当然と言えば当選なのだが、敬遠の指示は直接監督から出ている。つまりはその都度サインを出して決めると言う事なのか?昨日のインタビューでのあの発言は何だったのだ。

「確かに当たり前の事なんだけどな。それ以上は何も言わなかったよ、方針は広兼さんのみぞ知るってとこだな」

 知ってて関ヘッドコーチまでだろうと小薗は付け加えた。


「もしも」

 大高は混乱する頭でようやく言葉を絞り出す。

「もしも、昨日のG軍戦であったみたいな満塁で敬遠のサインが出たら従えるか分かりませんよ」

 それを明確にするのが監督の責任だろうと大高は考えていた。方針として打ち出されていたらそんな場面でも従う事が出来るだろうが、その時々のサインであれば実際にグラウンドに立っている自分達の判断で覆す事だってできるのだ。

 しかしその問いに関しても小薗はたしなめるような口調で答える。

「だから、お前は広兼さんがどういう人なのか分かってないんだよ」

「どういう意味ですかそれは」

 又も答えにならない答えが返って来る。しかし、小薗が続けて話した言葉は実にシンプルだった。

「あんな事にはならないんだよ広兼さんの場合には。9回には繁田がマウンドには立たないんだ」

「そんな」

 ノーヒットのピッチャーを降板させる。それは有り得ない決断とも思ったが、小薗の口からそう聞くと、ただ確信してしまった。広兼監督ならそうすると。

 それだけ聞けば充分だった。非情な采配の前では相川との対戦よりも考えなければならない事が山ほどあるのだと、改めて痛感した。

「長くなったな。もう切るぞ」

 伝達が伝わったと確信したのか小薗は電話を切ろうとしている。

「ちょっと待って下さい」

 しかし、大高は捨てきれない思いを抱えている。

「お願いがあります。小薗さんから監督へ上申してくれませんか」

 大高は、ずっと考えていた相川対策の1つを小薗に伝えた。

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