第29話 対G軍戦 第3試合 〜試合終了〜
「よくやってくれた。助かったよ」
歓喜の輪に揉まれながらも、なんとか抜け出してきた金原に峰はそうやって声をかけた。
「いえ、心配かけました」
金原がそう返すと、峰は言葉を出さずに顎先でグラウンドへ向かうよう促す。そこにはヒーローインタビューの準備が整っていた。
繁田はもう、ちゃっかりそこに立っている。
「アイツと一緒にですか?アイツだけじゃダメなんですか?」舞台に上がるのを嫌がる金原だったが、劇的な幕切れの主役がその役を断られる訳もなく、結局は引きずり出された。
最初に金原が紹介されるとスタンドに歓声が沸いた。あんなにも険悪だったスタンドから。
それを聞いた金原は思わず言葉に詰まる。インタビュアーからどんな質問をされたかも耳に入らないまま、向けられたマイクを手に取り観客へと向き直った。
「みなさん、今日はありがとうございました。不満は充分承知してます。次はもう逃げません。逃げずに必ず抑えます。こんな不甲斐ない自分らを最後まで応援してくれてありがとうございました」
金原は、そう言って深々と頭を下げた。
一瞬、静まり返った観客席からやがて拍手が巻き起こった。
”そんな事は言われなくても分かっている”と、ただ拍手が鳴り響いた。
そうやって結局、ホームランの事には触れる事は無かったが、これ以上何を聞くのも野暮になるとインタビュアーも話を繁田に移した。
「見事なピッチングでした。失点は許しましたがヒットは一本も打たれませんでしたね」
その質問に対して繁田は「ありがとうございます。これで僕もノーヒッターの仲間入りです」と言ってスタンドに向かってガッツポーズをした。
スタンドからは大きな歓声が沸いたが、インタビュアーはその答えに少し慌ててしまう。
金原は素知らぬ顔でやり過ごそうとしていたが、次の質問が出来ず慌てているインタビュアーを見ていられずに止む無くマイクを取り上げると繁田に向かい「お前知らないのか?失点をしている投手にノーヒットノーランは記録されないぞ」
と言いマイクをインタビュアーに返した。
繁田は、本当に知らなかったようで口をポカンと開けている。
「そうなんですよね」ようやくインタビュアーがそれだけ言うと、今度は繁田がそのマイクを取り上げた。
「そんなー!早く言ってくださいよー」
何だかんだ言っても最後は結局繁田が持って行き。こうやってG軍とS軍の3連戦は幕を閉じた。
この3連戦での相川の成績。
打席15に対して9打席9安打9本塁打。
打点12。四球6。打率10割。
かくして、怪物は野に放たれたのだった。
G軍対S軍が早々に試合を終了した後、1時間も経たずにD軍はC軍との試合を勝利で終えた。
普段のインタビューでは、極端に口数の少ないD軍の広兼太志監督は、珍しく柔和な表情で記者たちの前に顔を出した。珍しくコメントが取れるかも知れないと色めき立った記者たちに対して広兼監督が発した言葉は「どうなった?GS戦?」だった。
「どうなったと言いますと?試合はG軍が勝ちましたが」
「敬遠は?したのか?」
記者たちは、軒並み怪訝な表情に代わりながらも、その内の1人が「はい。相川選手に対しては全打席敬遠でした」
「そうか、したのか。なるほどな」
それだけ言うと広兼監督は腕を組み黙り込んでしまった。
かつて、現役時代は3度の三冠王を取っており文字通り天才打者の称号を欲しいままにした広兼監督。
昨年からD軍の監督として就任することとなると例年下位に甘んじていたD軍をAクラスまで引き上げる事に成功した。その独特な手腕は“太志流”としてマスコミを賑わせたりもしたが、その最も顕著な特徴は勝利に対する非情なまでのこだわりと言えた。
「次のカードはS軍とですよね?」
記者の内の1人がそう聞いた。
「そうだよ」
広兼監督は一言でそう答える。記者達の興味も今日のC軍戦の事よりも、今プロ野球で1番の話題と言える相川に対するD軍の対応へと移って行った。
「広兼監督はどうします?相川選手に?」
「どうって?」
「もちろん勝負ですよね。敬遠策などは?」
「どうかな?」
広兼は話をぼかす。それは敬遠策への言及を避ける為と思われたが、それはそうではなかったようで広兼は続けた。
「天下のG軍がそうしたんだ。ウチもするかな」
その言葉に記者達はどよめく。
「それは、敬遠策をとるという事ですか!」
「プロのプライドとかは無いんですか?」
その発言にこぞって押しかける記者たちに対して広兼はひと睨みきかせた。
「今、プライドとか言ったかな?」
その問いに対して記者たちは押し黙る。構わず広兼は続けた。
「これがプライドなんだよ。勝ち以外はいらないんだ」
それに対して反論するものはもう誰もいなかった。
「せっかく峰君が身体を張ったんだから、俺たちもそれにのるよ。他に何か質問はあるか?」
最後にその一言で完全に記者たちの口を封じた形となり、「それじゃあ」と言い置いて広兼は席を離れた。
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