第28話 対G軍戦 第3試合 〜その4〜

 この様な事態。つまりは満塁の場面で相川を迎えた場面の対応方法については、先日のミーティング時には当たり前の様に問題点として指摘されていた。

 しかし、峰監督はその指摘に対しても「例外はない」と一言で切り捨て、どの様な場面においても相川に対する敬遠は決行するという意思を選手達に伝えていた。

 果たしてそんな峰の頭の中にここまでの事態、つまりは決勝点が絡む様な場面は想定されていただろうか。


“そんな事はどうでもいい”


 金原は奥歯でこの言葉を噛み締める。この失点が試合を大きく左右する事はバカでも分かる。それを知っていて敬遠をするのは自分の責任であって、その責任は自分が必ずとる。その決意だけで金原はキャッチャーズボックスの中で立ち上がった。


 相川への敬遠が開始されるとスタンドからのブーイングはもう無かった。S軍応援団にしてみれば労せず1点が入るプレーに対して非難するいわれは無いし、G軍にしてみれば口惜しくはあるがせっかくここまで辛抱して耐えてきた繁田に対してこの重大な場面で責める気持ちはもう無い。まるで行き場を失った思いがスタンド全体を嘆息で包み込んでいるようだった。


 相川を敬遠で送り出した事で1点を献上した後、繁田はその後の谷池に対して全ての鬱憤をぶつけるようにして3球で三振を奪い取り9回表を終えた。


 終わりにしよう、いつまでもこんな茶番はごめんだ。たった1人の打者に振り回されて1人の投手が苦しみ、そして打たれもしないで1点を失った。そんな事で負けるのは野球として許されれてはいけない。

 金原のそんな思いを乗せた睨みはG軍の打者達を震え上がらせた。

 9回裏の先頭打者は1番桑名。何がなんでも塁に出なければならないこの場面で、桑名はセーフティバントを試みる。結果は惜しくもアウトになるが、果敢なそのプレーはG軍打線を勢い付け、2番の宮瀬がセンター前ヒットで出塁した。同点のランナーを1塁に置いてG軍には送りバントという選択もあったが同点ではもう事態の収拾がつかない。カウント1ー1となったところでG軍のとった作戦はヒットエンドランでそれは見事に成功するが、宮瀬をホームへ帰すまでには至らずにワンナウトランナー1、2塁となった。

 そして4番金原を迎える。


 金原はたった1つのイメージを頭に描きながらバッターボックスに入る。そして、その視線をS軍キャッチャーの湯川へ向けた。

 かつてS軍の黄金時代を支えた名捕手、八木橋の後継者としてマスクを被る湯川を金原は視線の端に置く。

 八木橋のリードは斬新だった。膨大なデータをその頭にインプットしており、その都度バッターの虚をつき裏を書き、並みいる大打者を封じ込めてきた。現代野球におけるキャッチャーというポジションの重要さを確立させたのが八木橋なのだ。そして、その技術は余す事なく湯川に伝承された。


“果たして本当にそうなのか”


 金原は同じキャッチャーというポジションの視点で考える。八木橋は、当時キャッチャーをしていた選手であれば誰もが憧れ目指した選手だ。無論、その斬新なリードもしかりで多くの選手が真似をした。


“湯川、お前は本当に八木橋さんから全てを受け継いだのか?

 ”

 それは、1番間近で八木橋を見てきた湯川に対する憧れや羨望などと言ったものではない。金原個人の単なる疑問だ。

 理屈ならいくらでも教えを請うことができる。しかし、その一球一球の意味を本当に考え尽くして検討尽くして、そしてその本当の意義まで後継したと言えるのか。


 金原が導き出した答えは“ノー”だった。湯川は八木橋の後継者ではない。それはただのモノマネなのだと結論付ける。


“だからここは、インハイのストレート”


 かつては自分の傾倒していた選手のリードを頭の中で焼き直す。そうやって、後はただそのストレートが来るのを待った。

 そして、その予見は的中する。イメージ通りのインハイストレートが来た。


“だから、それはもうただのセオリーなんだよ”


 金原はそれを見て後は自分の身体に委ねた。

 誰もがそうなのだ。その一球の為だけに何十万回もの素振りをして、そしてベストのスイングができる様にと身体に願うのだ。


“カーン”


 金原は手応えだけで確信をする。全てが上手くいったと。

 そして、その答えを証明するかのように打球は高く舞い上がった。

 ドームの屋根と同じような軌道を描くその独特の打球は、選手達と同じくらい辛い思いをさせたであろうライトスタンドへと吸い込まれて行った。


 逆転サヨナラスリーラン。相川のものでは無いが、結局この試合もホームランが試合の分かれ目となった。


「よっしゃ!」

 言葉数の少なかった峰監督が、この試合始めて大きな声を上げる。

 相川がこの3連戦で放った9本のホームランのどれを取ってもこの1本には敵いはしないと、峰監督は自分の強いた作戦から解放してくれた選手達の前で歓喜した。

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