第27話 対G軍戦 第3試合 〜その3〜

 9回表。このまま同点のままであれば延長に突入する事になるのだが、G軍としてはそれは起こしてはいけない筋書きである。これ以上、相川に打順を回すことはしたくない。

 マウンドに立つ繁田もその事は認識していたが、それはむしろ意識してしまっていたと言った方が正しいのかもしれない。

 この回の先頭打者、上泉に対しての初球は外角に大きく外れてボール。しかし、金原はその球の勢いが衰えていない事に感嘆の息をもらす。ここに来て繁田の勢いは増すばかりだ。

 2球目を上泉は当てる事こそ出来たが、その打球は繁田の前にボテボテと転がっていった。


“よし、打ち取った”


 金原ばかりではなく誰もがそう思った打球であったが、繁田はこれを処理する際に1塁へ悪送球をしてしまった。

 記録こそエラーとなりノーヒットノーランは継続となったが、これこそがG軍にとって最悪なシナリオの幕開けとなった。

 S軍としても何とか1点欲しい場面であり、続く新内は送りバントの体制でバットを構える。それを警戒した繁田の投球は悪循環の入り口足を踏み入れていて、中々ストライクが入らない。3球目、内角に外れた球はそれを避けた新内の胸元を掠める。際どい判定ではあったが主審はこれにデッドボールの判定を降した。

「待て!当たってない!」すかさず金原が抗議をするとベンチから峰監督も飛び出した。ほんの数分の間試合が中断されたが判定は覆らずノーアウト1、2塁のまま試合は続行された。

 7番目小木久保がここでキッチリと送りバントを決めると、打席にはキャッチャーながらバッティングに定評のある湯川が立った。ワンナウト2、3塁という守りにくい場面では塁を埋める選択肢もあったが、それだと次のバッターでダブルプレーを取らない限り相川まで打順が回ってしまう。敢えて勝負に出たこの場面で、繁田はどうにか湯川を三振に取った。S軍はもちろんここで代打攻勢に出る。今日からベンチ入りしている怪我で欠場していた主砲高本がここで送られるものと考えられたが、安来監督が指名したのは昨年まで2番打者として出場していた都留だった。

 意外とも思えるこの采配は、都留がバッターボックスに立った瞬間にその意図がハッキリした。もともと小柄な都留が小さく構えて打席に立っている。これはファーボール狙いが明らかであった。

 低めのスプリットで引っかけさせるのが最善ではあるが、万が一パスボールでもすれば3塁ランナーが返ってしまう場面ではそれもしづらく、ストレートで押しが結局ファーボールで歩かせるという結果を招いてしまった。

 そして、ついに最も迎えたくない場面を作り出してしまう。ツーアウト満塁でバッターは相川。この全打席敬遠策を敢行してきたG軍にとっては想定しうる中で1番最悪のシナリオであった。


「タイム」

 たまらず、金原はマウンドへ向かう。繁田は顔から血の気が引いているようだった。

「すみません」

「いや、気にするな。どうだ、バテてないか?」

「それは、大丈夫なんですが…」

 繁田は、バッタボックスに立つ相川を気にしている。


“勝負するか”


 そんな言葉が金原の頭を掠める。


“案外行けるかも知れない”


 繁田の球を受け続ける中でその期待は金原の心の中にずっとあった。いくら超人的な配球の読みでコースを見切れるとしても、本人にすらどこへ飛んで行くか分からないような球を打つ事なんて出来るのか?それに加えて今日の繁田の球のキレはそんなに簡単に打てる物でもない。勝算は充分にあるように思える。


「なあ、繁田」

 金原が思い切って決断を下そうと繁田に声をかけようとした時。金原は繁田の顔を見て愕然とした。

 繁田の目には涙が溜まっていたのだ。

「どうしたんだ、お前」

「情けないです。俺」

「情けないって、そんな事ないだろ」

「いえ、もっとちゃんと練習しておけば良かった。数年後に山川さんとか居なくなった時にローテーションとか甘い事考えて。コントロールの練習とかも真面目にしないで好きな様に投げて。ちゃんとやってればこんな惨めな試合」

「だから、そんな事ないだろ。お前は立派にやった」

「でも」

「でも、何だ」

「勝負出来ないですよ。相川さんとは」

 その言葉に金原は青くなった。

「ここまで勝負逃げてて、こんな場面でまともに投げれるわけないです」

 金原は改めて自分を恥じた。全くその通りだった。勝負出来るならもっと別の場面でしっかりやらせておくべきだったのだ。それをご都合主義でこのピンチに来てその重荷をまたこの若いピッチャーに負わせようとしていたのだ。

「繁田。悔しいと思えるなら上等だよ。お前がこの試合で得たものはあったって事だ」

 金原の言葉に繁田は無言で肩を震わせている。

「やり抜こう。最後まで。絶対に取り返してやるから」

「はい」

「その代わり1点までだ。次の谷池は必ず抑えるぞ」

「はい」

 震える声で答える繁田に対して金原はミットで頭をバシッと叩いた。


「分かったか!」

「はい!」


 繁田の目に再び光が宿ったのを確認して、金原はポジションへと帰っていった。

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