第26話 対G軍戦 第3試合 〜その3〜

 あんな物言いをしたものの、金原は高揚していた。

 当て馬のような役割を振られたにも関わらず、まるで罵声のようなブーイングを浴びせられてもそれをモノともしない繁田の姿は、この苦境にあってまるで救世主のように見えた。

 コントロールは相変わらずだが、迷いなく投げるストレートはそれがどこに投げられるか予想も出来ない為、S軍の打者を翻弄する。更にはスプリットのコントロールは冴えていて、普段からは考えられないくらい低めにズバズバと決まった。


“全く頼もしい奴”


 金原はマスクの下で笑みをこぼす。こんな屈辱的な試合の中で掃き溜めに鶴のようなピッチング。若さ故の思いっきりの良さなのかもしれないが、その伸びやかなプレーはどこか神がかっているように見えた。


 一方で繁田の方は、金原こそが頼もしいと感じている。

 普段、G軍の正捕手は初根が務める事が多い。繁田は正直に言って初根が苦手だった。それは自分もそうであるが初根の受け方にムラがあるからだ。音が出ない時の初根の不機嫌さはマウンドにいる繁田の元にも伝わって来ていた。もちろんミットにキレイに収まった時はどこまでもノって投げる事が出来るのだが、そのムラのある対応に繁田はどこか萎縮してしまうところがあったのだ。

 その点で今日は試合前のピッチング練習から安心して投げる事が出来た。G軍の精神的支柱である金原に丸ごと自分を預けるようにして投げ続けているうちに、腕がどんどん軽くなっているように感じた。単純に金原の身体が大きい事も繁田にとっては好材料で、パスボールを気にせずどんどん投げ込めるのは繁田にとっては気持ちが良く、球数が増える事など気にならないでスイスイと投球を続ける事が出来た。


 8回表、相川から始まるS軍の攻撃に対してG軍バッテリーは、もはや迷う事なく敬遠をするとその後を3人でピシャリと抑えた。これで9回までに試合が終わればもう相川に打順が回る事はほぼない。そして、その為には何としても後2回で1点をもぎ取らなければならないのだ。

 この回、G軍の攻撃は6番森崎からだった。その森崎が内野安打で出塁すると7番権藤が送りバントで2塁へ進めワンアウト2塁のチャンスを作る。8番糀谷に対してG軍は代打アーロンを送った。ここで決めないと次はピッチャーの繁田の打順である。しかしアーロンは初球を打ちキャッチャーフライに倒れた。


 引き続きツーアウトながらランナー2塁のチャンスの場面。通常なら更に代打のところだが、峰監督は迷う事なく繁田をバッターボックスへ送った。

 例えチャンスを潰しても繁田のノーヒットノーランを継続させるためだ。


 この采配に対してG軍スタンドから拍手が巻き起こった。ファンは既に気がついていたのだ。チームの方針に従いながらも、このアウェイにも近い状況の中で懸命に戦う若い選手の姿にいつからか心を動かされていたのだ。

 そして、さらに繁田がバッターボックスに立つとライトスタンドから鳴り物応援が始められた。


「あいつ、呼び戻しやがった」


 金原はベンチで拳を握りしめながらこの光景を見つめる。たった1人で観客の応援を呼び戻した繁田の背中を見つめる。


「打て!繁田!もうおまえ決めちまえ!」


 年甲斐も無く大声を出す。するとベンチの選手達も続いて繁田に声援を送った。

 まるで球場全体が息を吹き返したかのように急に活気付いた。


“ここで決めたら確かにおいしいな”


 当の繁田本人はそんな事を考えていた。ノーヒットノーランに加えて決勝打のおまけ付き。そうなると明日のニュースは自分が主役なんじゃないかと不謹慎にもそんな事を想像していた。


「タイム」


 繁田は1回バッターボックスを外し再度念入りに素振りをする。プロに入ってからは練習してはいなかったがバッティングには自信があった。甲子園ではホームランを2本打っている。


“あれ?これ本当にカッコよくないか?連続敬遠なんてどうでも良くないか?”


 そんな事を考えながら素振りをしていたら、自然と振りが鋭くなって行く気がした。


「プレー!」


 主審が宣告すると、S軍の3番手豊村は投球動作に入った。


“とにかく振る”それだけ決めて繁田はバットを握る手に力を込めた。豊村の手をボールが離れたのを見て繁田は思いっきりバットを振った。


“カーン”


「当たった!」


 繁田は打球も見ずに1塁に向けて走った。打球は三遊間を抜けレフトの前に転がっている。


「まわれまわれ!」


 ベンチから金原達が声を張り上げる。際どいタイミングではあるが、ランナーの森崎は迷う事なく3塁を蹴って本塁に走った。

 レフトから送球が返りホームベースでのクロスプレーとなる。


「アウト!」


 主審がアウトをコールしている。森崎の手はベースに数センチ届いていなかった。


「あー。惜しい!」


 ヒーローの座を逃し、苦笑いをしながらベンチへ戻る繁田に対してスタンドからは大きな拍手が送られていた。



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