第25話 対G軍戦 第3試合 〜その2〜

 1回の裏、G軍に攻撃が移ると球場の雰囲気は異様さを増していった。


 それは最初ただの違和感でしかなかったが、トップバッターの桑名がバッターボックスに立つと、ようやくハッキリと形をなす。

 いつもスタンドを賑わせている鳴り物応援が行われていないのだ。

 G軍応援団は、自軍の攻撃の際に行われるはずの応援をボイコットしたのだ。ボイコットと言うよりも自粛と言った方が正しいかもしれない。いくら尋常ではない結果を出し続けている選手であれ、相川に対して勝負をしないという行為を良しとしない意思と、S軍応援団に対する贖罪をこめた行為のように見えた。


 鳴り物が響かない球場は、メジャーリーグや国際大会ではそれが通常ではあるが、日本の球場ではやはり異様に感じられる。

 S軍先発十和田の投げる球がミットに収まる音がハッキリと球場に響き渡り、それがG軍選手にとっては刃物のように突き刺さって聞こえた。


 1回裏の攻撃はあっけなく終了し、試合はそのままこう着状態のまま進んだ。


「一応は、おとなしいな」

「ああ、敬遠球でも振りかねないからな。あいつは」

 ベンチを外れた初根と山川はG軍練習場近くにあるホテルの一室で試合中継を見ていた。

「まあ、少なくても敬遠球であれば相川に打たれずに済む事は証明できたか」

 山川がしおらしく呟くと、初根は苦笑いでそれに応える。

「そんな事考える奴があんな“球”仕上げないだろ」

 初根の言葉に、今度は山川が苦笑いを返した。


「いいのか?」

「何が」

「メジャーに持って行くつもりだったんじゃないか?あの球?」

 初根が尋ねると、山川は少し考え込む。考えをまとめるように言葉を探している。

「そうだったような、そうじゃないような」

「ハッキリしないな。あんなのメジャーでもそう打てる奴はいないだろ」

「ああ。まあそうなんだろうけど」

 口ごもる山川の態度に、初根はかける言葉を見つけられずにいる。

「正直仕上げるつもりは無かった」

 ようやく山川が言葉に出す。

「確かに、そう打てる球じゃないとは思う。だが、やはり実戦向きでは無いな」

 その言葉で初根もある程度の意味は理解した。

「なるほど。確かに効率的じゃないかもな」

 山川も言葉に出してみて初めて、自分の気持ちに納得がいったようだった。

「どうであれ偶然見つけた球だ。身につけられれば儲けもんだ」

「そうだな。それに」

「ああ、相川には有効なはず」

 山川はそう言うと、手に持っていたミネラルウオーターのペットボトルをグニャリと潰した。

「その為には精度を上げないと、次までに何としてでも間に合わせる」

 2人が見つめるテレビの中では、淡々と試合が進んでいた。


 7回表を終えて、試合は依然0対0のまま。ここまで相川に対しては4回の敬遠を与えている。それに符合するかの様にG軍の攻撃もパッとせず、選手達も苛立ちを隠せないでいた。

 応援ボイコットに対しては慣れ始めて、何度かチャンスは作れていたものの、そうなると今度はブーイングが巻き起こり、まるで点を取る事が罪であるかのようなプレーでそのチャンスをことごとく潰していた。


 いっそ敬遠策をやめてしまった方が攻撃がしやすくなる。選手達は次第にそう感じ始めており、何人かは実際に言葉にそれを出していたりもした。

 いくら、得点源である相川を封じていたとしても、味方に点が入らなければ勝ちは取れない。

 それであれば、例えホームランを打たれて点を失おうとも、その分取り返せば済む話なのだから、選手達がそう思うのも無理はなかった。


「果たして本当にそうか?」

 誰に対して言うでも無く口にしたのは、この雰囲気の中で3安打と1人気を吐いている金原だった。

「打てない言い訳を他に作るのはどうかと思うぞ」

 久しぶりに先発でマスクを被っているにも関わらず、バッティングでも結果を出している金原に対して口答えする選手はいなかったが、その沈黙は承認というよりもむしろ反発のような雰囲気を醸していた。

「ふん」

 金原は、そんな選手達の態度に鼻を鳴らした。

「俺が打ってるから言うんじゃねえよ。もっとしんどい奴がいるだろ」

 それが誰だかは、口しなくても全員分かっていた。

「このまま行けば相川の敬遠なんてチャラにする事が出来るんだ」

 その事にも全員気がついていたが、あえて口に出さなかった。

「その為には勝たなきゃならない。プライドって言うならそれが本当だと俺は思うぞ」

 そんな話をしているうちに、7回裏の攻撃も終わってしまった。

「あと2回、何としても点をとろう。じゃなきゃダメだ」

 マスクを被り金原はグラウンドへ向かった。


 金原が言っていた事の答えは、スタンドの観客の中にも気付いている者が出てきていたようで、球場はまた違う騒めきを生み始めていた。

 それは、スコアボードにハッキリと刻まれている。


 本人も意識しているかどうかは判らないが、繁田はここまでノーヒットピッチングを続けていたのだ。

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