第24話 対G軍戦 第3試合 〜その1〜

「しかし、本当に監督の言った通りでしたね」

 スコアラーの加藤が呟いたその視線の先には、バックスクリーンに並ぶS軍のオーダー表があった。


 グラウンドでは、物凄いブーイングを受けながら繁田が2球目の敬遠球を投じている。


「正直、安来さんみたいな大監督の考えは、俺に理解できないけどな」

 峰監督は口では加藤に話を合わせているが、その目はひと時も繁田のピッチングから逸らしてはいない。そんな姿に加藤はこの人もまた名将なんだと思い至る。


 そもそも、今回の敬遠策をするにあたり、峰が問題視していたのはS軍がオーダーの組み替えをしてくるかどうかだった。確かにここまでの2試合において、相川1人に9本もの本塁打を浴びていながら失点は12点とそれほど多くは無い。しかも内1本の満塁弾は初根がわざと塁を埋めたものであり、その他の8本は全てソロホームランなのだ。

 その要因が打順にある。相川が1番である以上、打順が巡るのはどうしても下位打線のしかもピッチャーの後になる為、そこまでにランナーが溜まる事は展開として起こりにくい。

 それであれば、誰しも考える事は相川の打順を変更する事だ。4番、もしくは3番に置いてランナーがいる状態にしておけば相川ほどの打者ならそれ相当の打点をあげるたろう。

 そう考えればオーダー変更はあってしかるべきものだと言えた。しかしこの2試合、相川は1番でプレーしている。もちろん、まだ2試合だけでオーダー変更を行うには時期早尚という見方も出来るが、それは安来監督のらしさでは無いように思えた。そう、もともと打順にしても継投にしても細かい修正を行いチームの勝利をコーディネートする、いわゆる安来マジックが鳴りを潜めているのだ。

 それは、峰の目から見てとても不気味なものだった。安来監督がそうする以上、そうする意味があると考えて然るべきものだったから。

 その上での予告敬遠。相川と勝負をしない事が明白である場合に安来はどうしてくるのか、それを確かめたかった。結果、相川は1番打者として登録された。そしてそれは峰監督の思惑通りだった。


「S軍は次のカードどこだったか?」

 峰は呟くように加藤に尋ねた。

「次はD軍です。広兼監督へ“この事”連絡しますか?」

 加藤の問いかけに、峰は答えずに繁田の投球を見ている。マウンドでは繁田が4球を投げ終え、球審がファーボールを宣言していた。

「広兼さんなら汲んでくれるだろう。釈迦に説法だ」

 繁田の投球を見終えて、ようやく加藤を振り返りながら峰は答えた。今ここで仮説を説いたところで次回の対戦までは意味がない。

「広兼さんか、ネチっこくやるんだろうな。まあ安来さんもそれだけじゃないんだろうけど」

 峰は、苦笑いを浮かべながらも自分の責任はいくらか果たした様な気持ちでベンチに腰を下ろした。


 一方、グラウンドでは続く2番手谷池を打者に迎えてもスタンドの怒声は止む事が無かった。繁田はコントロールが定まらず結果2連続ファーボールとし、これでノーアウト一塁二塁。

 S軍は、ここで手堅く3番花井で送りバントを決行。成功してランナーを二三塁へと進めた。

 初回からイキナリピンチを迎えたG軍バッテリーは、金原がタイムをとり繁田の元へ向かう。


「凄いですね。まるでアウェイだ」

 まだ、初回だと言うのに汗だらけの顔で繁田がゴチる。

「まあな、完全にヒールだからな」

 この場合、変な言葉をかけるより淡々と投手に話を合わせていた方が良いと、金原はただ答える。

「燃える展開ですね」

「燃えるか。好きなのかこう言うの」

「好き?なんでです?」

「試合前も言ってたろ、その燃える何とかって。逆境が好きなのかなと」

「あー、そっすね。逆境って言うより」

「言うより?」

「目立つのが好きっすかね」

「ハハ。なるほど。目立ってるぞ、今物凄く」

「ええ、燃えますね」


 笑顔で答える繁田の肩を、金原はポンと叩いてポジションに戻る。本気なのか、それとも強がりなのか。いずれにしても、この状況の中で前向きな繁田の姿に救われたのは金原の方だった。


 4番ワイアットミラー、犠牲フライでも失点の場面。塁を埋めるのが得策ではあるが、金原は勝負を選んだ。


“目立って言っても、悪目立ちはゴメンだ”


 今この状態で更に敬遠を選べば、更に怒声が酷くなる。であれば、1点失ってでも勝負をした方が良いと金原は決断したのだ。

 そして、この選択が功を奏する。繁田はキレの良いストレートをズバズバと投げ込みワイアットミラーを三振に取ると続く上泉も二者連続の三振に取り、このピンチを無失点で切り抜けた。


“こいつ、案外…”


 笑顔でベンチへ戻る繁田を見て、金原は手応えのような物を感じていた。


“この状況を力に変えてるのか?”


 金原の手に残る繁田の球の感触は、一流のそれと何の遜色も無いように思えていた。



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