第23話 対G軍戦 第3試合 〜試合開始〜

 ウィリアムスの代わりに先発に指名された繁田は、ミーティングには参加しておらず、本人がそれを聞いたのは峰監督の会見の前に新田目ピッチングコーチから別室で告げられていた。


「どうする?やるか?」

「問題ないです。もちろんやりますよ」

 恐る恐る尋ねる新田目に対し、繁田は迷う事なく答える。その表情は、状況を理解しているかしていないかは分からないが嬉々としたものだった。


 繁田龍之介は2年目の新人で、昨年はG軍にしては珍しく高卒ルーキーながら一軍に帯同。先発も5試合登板し、そのうち2試合で勝利投手になっている。

 大型ルーキーとは言い難いものの、毎年大型ルーキーや他球団からの強力な補強の目立つG軍の中で著しい活躍と言えた。

 投手としての特徴はいわゆる速球派で、持ち球もストレートの他はスプリットとチェンジアップと豊富とは言えない。プロの投手としては若干小柄ではあるが、全身のバネを活かしたストレートは中々にキレがあり、ズバズバと投げ込む姿は生え抜きを所望するファン達を虜にした。

 惜しむらくはコントロールの悪さであるが、逆を言えばそれ故に的が絞りにくいところもある。つまりは良い時はすこぶる良く、悪い時はとことん悪いといったように、いわゆるムラのある投手だ。

 そして、それこそが今回の指名の一番の理由でもあるのであるが、繁田はすこぶる心臓が強い。新人らしからぬと言えば良いのか、それとも若さ故のと言えば良いのかプレッシャーと無縁と言えるほどに堂々としている。それ故に他の球団とは比べ物にならない程のG軍の先発と言う重責を、ローテーションの谷間とは言えども平気な顔をしてこなして来た。


「要するに相川さんは避けてそれ以外は抑えれば良いんですよね」

「まあそうなんだが」

 どこからそんな発想が出てくるのか、信じられない気持ちで新田目はそう答えたが、心の何処かで繁田こそが適任なのだと改めて思っていた。


 かくして、様々な波乱を含んだ開幕2戦目が終えると3戦目が行われる朝が訪れた。


 その日の朝刊やテレビのニュースの話題は、百花繚乱とも言えるような見出しが並んだ。どの報道機関も、正直どこから手に付けて良いものか決めあぐねるような状況でそれぞれがそれぞれの切り口で、相川の連続本塁打や峰監督の予告敬遠を取り上げていた。しかしながら、時間の経過とともにそれらの話題はひとつに集約され、注目されるべき相川の10打席連続本塁打への挑戦と、その挑戦をG軍が受けない事に対する不満という構図に仕上がっていった。


 迎えた第3戦。Tドームには、注目の試合に対し休日と言うことも手伝って、午後の早い時間から会場は埋まり始めていた。

 普通、観客が準備する横断幕やプラカードは選手の名前や応援メッセージ等が書かれたものであるが、この日はそのほとんどが先日の峰監督の発言に対する抗議内容のようなものになっていた。

“偉大なる挑戦を汚すな”

“正々堂々勝負しろ”

“プロ野球の伝統を傷つける行為”

 それらはレフトスタンド、ライトスタンドの別なにしスタンドを覆っていた。


「まるで、抗議集会だな」

 試合前に金原がスタンドを見ながら呟いた。

「燃える展開ですね」

 繁田が怖気付く様子も見せずにそれに答える。金原は複雑にその顔を見つめていた。

 金原自信は正直納得できていない。あわよくば独断で作戦を無視する事だって考えた。しかし何故だか敬遠も含めてやる気満々の新人を前にその気も削がれてしまう。

“こいつ、本心で言っているのか?”

 それはそれで、プロの選手としての心構えとしてはいかがなものかと繁田の行く先を案じてしまう気持ちもあった。


 やがて、オーダー発表が終えて後攻めのG軍がそれぞれのポジションに着き繁田がピッチング練習を始めると球場がざわつき始めた。そして、それは段々とひとつの言葉に揃っていく。


「ショウブ!ショウブ!」


 どこから巻き起こったか分からない、この勝負コールは球場全体を支配していった。足を鳴らす音も合わせ、恐ろしいプレッシャーとなって繁田に襲いかかる。


「大丈夫か?」

 慌てて金原は繁田の元に駆け寄って声をかけた。

「ええ、大丈夫っすよ。想像してましたし。いや、流石に想像以上ですけど。ハハ」

 流石に強心臓の繁田でもこのコールには押されているようだった。

「本当にやるか?お前1人が悪者になる事無いんだぞ」

「やりますよ。仕方ねっす」

 俯きながら、繁田は答えた。

「すまない。頼むぞ」

 その言葉が正しいかどうか分からないが、金原はそう声をかけて元位置に戻った。相川はすでにバッターボックスに入っている。憎たらしいほどに毅然と。


 金原がポジションに着くと、いよいよプレーボールが告げられ試合が開始された。それと同時に金原は立ち上がる。


 その時、スタンドからは地面を震わせるようなブーイングが巻き起こった。



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