第22話 G軍の方針
先程まで相川を追いかけていた記者達だったが、今度は峰監督に群がる。1人の打者を全打席敬遠するというのはプロ野球史上に例がないのだ。しかもそれを前日に予告したとなれば、これもまた話題になる。
「全打席敬遠をするというのは、相川選手と勝負をしないと言う事ですか」
「そうです。現時点で彼への対策がない為に勝負を避けます」
「それほどまでに相川選手を脅威に感じられていると」
「はい、その通りです。うちの投手は全打席で本塁打を打たれていますから」
「明日のウィリアム投手との対戦を楽しみにしているファンも沢山いると思いますが」
「明日の先発はまだ決めていません。無論ウィリアムが投げても方針に変更は無しです。ファンのみなさんには申し訳ありませんが、野球の1つの戦略だと考えご理解いただきたい」
「何か裏があるんじゃ無いですか?今日の石村投手みたいに突然ストライクを投げるとか」
「ありません。今日の石村は独断であれをしていますので、後ほど厳重に注意する予定です」
記者達から矢継ぎ早に出される質問に対して、峰は丁寧に答えた。しかしそれは同時に、ロッカールームで見ているG軍選手達のプライドを砕き、不満を煽っていた。
質問を途中で遮る形でG軍スタッフが会見を打ち切ると峰はそのままロッカーへと向かった。ミーティング室が用意されていたが、まだ選手達がロッカールームにいるだろうと踏んでのこと。試合後のミーティングをあまり行う主義ではない峰監督だからの行動だったのかもしれない。しかし、それは会見を見て憤る選手達の中に飛び込む形となった。
「監督、考え直して下さい」
ロッカールームに入ってきた峰に対して最初に訴え出たのは、選手達の精神的な支柱でもある金原だ。
「G軍選手として、いやプロの選手としてその作戦は呑めません」選手達を代表して訴え出る金原に対して峰は苦笑いを浮かべながら「ああ、そうみたいだな」と答え選手の顔を見渡した。峰も選手時代はG軍の4番を張っていた男、彼らの気持ちは痛いほどわかる。他ならぬG軍だからこそとってはいけない戦略である事も十分理解している。
「改めて言おう。明日は相川に対しては全打席敬遠策をとる。決定は覆らない」
峰は毅然と言い放った。それはG軍をこれまで何度も優勝へと導いて来た男の託宣であり、選手達は息を飲みながらそれを聞いている。
「何故敬遠じゃ無きゃダメなんですか。もう少しで相川を捉えられるって言うのに」
あきらめの雰囲気が漂う中を、そう発言したのは初根だった。
金原や他の選手達も驚きの眼差しで初根を見返した。それは、ここにいる全ての人間が相川の打棒を防ぐ策を持たない為に受け入れざるを得ないのかと考えていた敬遠策を覆す為の希望の様なものだった。
「捉えられるのか?」
峰は初根に問いかける。
「ヒントは掴めています。全戦力をつぎ込めば行けるはずです」
初根がそう答えると、全体がどよめいた。しかし峰だけは眉ひとつ動かさず、更に問いかける。
「絶対か?間違いなく抑えられるか」
「それは、やってみないと」
初根がやや消極的にそう答えると、峰は無言でそれに応えている。
「いや、やらないといかんですよ!可能性がある以上逃げるわけには!」
沈黙に耐える事が出来ずに、そう進言する初根に峰は「なら、却下だ」と答えた。初根はもう次の言葉は出せない。
「いいか、明日は相川に一本も打たせてはならない。その為の敬遠だ。逃げるのではない。打たれる可能性がある以上、敬遠をしなければならないのだ」
峰の言葉は、勝負師のそれが与えた決断だったのだろう。その言葉の意味を理解出来なくても従うしかなく、もう誰も発言をする者はいなかった。
「そんな事より」
峰が、話を続ける。誰もが重要と考えていたこの問題は峰監督にとっては本題では無かったのだ。
「これからの方針を言う。水上は怪我の為休んでもらう」
「え!水上さん肘ダメなんですか!?」
金原が問いかけた。
「いや、問題は無いようだ。だが次回の登板までに不安材料は一切無くしてもらう」
胸をなでおろしつつ、なるほどと皆納得した。
「更に、山川と初根には暫く二軍で調整をしてもらう」
「え!?」
驚きの声をあげたのは初根。
「これは、山川が直々に志願してきた事だ」
「冬馬が。どういう」
「細かくは分からん。しかし時間が無いんだ、集中して取り組んでくれ」
「時間?」
「そうだ。次のS軍戦まで2週間しかないんだ、それまでに出来る事をやっておけ」
峰は開幕直後から主力選手3人に対して別調整を命じた、それまでに相川対策をしておけと。
スタートダッシュが必要なこの時期を捨てて相川に挑む覚悟を、峰は既にしていたのだ。
最後に峰は、それまでの正捕手を金原にする事と、明日の先発はウィリアムに代わって2年目の繁田で行く事を告げた。
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