第19話 対G軍戦 第2試合 〜その9〜

 7対6。7回表ツーアウトのこの場面で、G軍は事態をもう少し把握しておくべきであった。

 初根のリードに冴えがなくなった事もあったが、天羽はその後2本のヒットを浴びそのままマウンドを降りた。ランナーを2人溜めた状態で4番ワイアットミラーを迎えるにあたり、G軍の選択肢は抑えの二枚看板のうちの1人である木本を送り出すことしかなく、1点を追う立場でありながら早くも切り札のうちの一枚を切らざるを得ない展開となってしまったのだ。木本は、キッチリと仕事をこなし、その回の追加点は免れたが、ここでG軍は重要な問題に気づく。この時点で、もう一度相川まで打順が回る事が決まっていたのだ。拮抗した試合の中で、それは圧倒的な不安要素である。木本を投入するのであれば、相川の後すぐに行っていなければならなかった。全てが後手に回った状態の中で打線も奮わず、そのまま試合は8回を終え、9回表S軍の攻撃を迎えた。


「俺は準備できてますよ」


 クローザーである石村がブルペンで登板を志願している。

 本来のクローザの役目で言えば、リードしている場面でそのリードを守るのが一般的であるが、G軍ではリードされている場面でも抑えのエースを投入するケースがままある。これは峰監督の采配の特徴でもあるのだが、試合の流れを活かす為の手法だ。

 野球はスポーツであるから、その勝敗を左右する要素には技術や能力等が大きく作用するのはもちろん、近年ではデータも重要視されている。しかし、それらだけでは説明出来ないものがあるのも事実で、実力で劣るチームが強者を倒す事なども野球だけでは無く、スポーツ全般で起こっている。

 峰監督の監督としての強みはまさにこの試合の勝敗を左右する“流れ”を掴むのが上手い事だった。

 つまり、今のような1点ビハインドの状況から抑えの切り札を投入し、守りから攻撃の流れを作るとそのまま逆転に成功してしまうというような采配を振るう事があるのだ。

 今は、まさにそのような場面であるが峰監督は判断を迷っていた。それは先の7回の場面ですぐに木本を送り込まなかった事で勢いに乗り切れない事がある。現にここで石村を投入しても相川に対しての策が無いのにチームに勢いが生まれるかどうかを疑問視してしまうのだ。しかし、このまま木本を続投させるには少し球数が多くなるし、他を立てるにしても消極的なムードを作ってしまう事には変わらない。消去法で考えてもここは石村の場面であるが、峰監督にはその選択をする事でチームが勝利するビジョンがイマイチ掴めないでいた。


「流せばいいでしょ。ヤツの打順を」


 業を煮やした石村がベンチまで来ていた。

 なるほど、と峰は思う。この場面であればそれは許される。1点差で迎える9回に、ここまで全打席ホームランの相川を敬遠するのは最善手だ。多少消極的に見えるが得るものも大きい。それは、ここまでの7打点が全て相川の打点である事であり、つまりは勝負をしない事で相手の得点源を封じれば流れが消えるのはS軍の方だと言う事だ。


「その考えは乗れるな。よし石村行け」


 口元に密かな笑みを浮かべた石村は、そのままベンチからマウンドへ向かった。それに引きずられるようにG軍選手達はそれぞれのポジションへと散る、初根も遅れてベンチを出た。

 今の一部始終を見ていた初根は、多少強引に登板を申し出た石村に何とも言えない違和感を感じていた。


 石村塔矢は、昨年メジャーリーグから古巣のG軍へ7年振りに復帰をした。渡米前は先発投手であったがメジャーでは中継ぎを経てクローザーを任されるようになり、ワールドシリーズ優勝を経験した事がある数少ない日本人選手の1人だ。

 球種はストレートとフォークであまり多くは無いが、その大きな特徴は制球力と投球間隔の短さにある。先発時代は2時間以内の完投勝利もしばしばあった。加えてフォームも独特でサイドスロー気味でテイクバックが小さく振りも早い。バッターから見た時に球の出所が分かりにくく非常に打ちにくい。初根との相性は良く、構えたところに早いテンポで投げられる投球は、その一連が初根を高揚させたし石村にしても気持ち良く投げる事ができた。

 そんな石村のスタンスでは四球はあまり好まない事は知っていた。もともと制球力があるため与四死球も他と比べても極端に少ない選手だ。効率的でない手段を自ら提案した事に初根は違和感を感じていたのだ。


「本当に、やるんですか?敬遠」


 投球練習のあと、初根はマウンドへ駆け寄って行き再度石村に確認をした。


「ああ、やるよ」

 少しも躊躇せずに石村は答える。初根は返す言葉もなくただ頷いた。


「ネタ切れだろ?お前も。少しは参考にしてくれ」

「参考?ですか」

「ああ、そろそろ戻れ。サッサと片付けよう」


 追い定位置に戻る初根を見送りながら、石村は「すまんな」と一人呟いた。




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