第18話 対G軍戦 第2試合 〜その8〜

 ツーアウト、ランナー無し。天羽はゆっくりと投球動作に入る。初根はあえて力のない構えでそれを待った。

 先日、安楽に指摘された力のない球に対する自分の態度をあえてしてみせたのだ。無論それは安楽によって、そこから球種が読まれている訳では無いと笑い飛ばされているが、今はあらゆる可能性を試す必要がある。

 相川は、今回は初根に目を向ける訳ではなくボールが放たれるのを待っている。


“まだコースまでは読んでいないはず”


 初根はバッターボックスに立つ相川の動きを注意深く見守った。あくまでもアウトコース狙いに今は見える。

 天羽がボールを手放した。

 その瞬間、相川の体勢がまるで体の軸がそのままスライドしたみたいに後ろへズレた。これが相川の内角球の打ち方。それは人間の動きに見えない、まるでゲームの中のバッターがコントローラーで動かされてるようで異様だ。そして更にタイミング的には振り遅れと思われるようなタイミングで振り出される恐ろしいスピードのスイング。眼前に迫る白い球を一瞬で消し去ってしまうような、目にも見えないスイングで前の動作分を補っている。

 ピッチャーがボールを投げてからバッターに届くまでの、およそ1秒にも満たない時間でこの動作を相川はしている。例え認めたくないことでも、ここまでは現実として受け入れなくてはならない事だと初根も覚悟していた。頼みの綱は、フォームに癖がない天羽のシュートを相川が読むことが出来るかどうかだけ。ストレートのつもりで振れば芯は外れる。少なくともスタンドまでは届かないはずだ。

 しかし、その願いすら相川は切り裂いた。胸元に切れ込んでくる切れ味鋭いシュートを相川もまたその鋭いスイングでかっさらうと、ボールはそのままレフトスタンドへ消えた。


 8打席連続本塁打。2試合連続4本塁打。開幕以降全打席本塁打。どれを取っても偉業であるその記録に球場全体がどよめいている。


 この歓声とも悲鳴とも取れるそのどよめきは初根の耳には入ってこない。初根の脳裏にはただひとつの言葉だけが繰り返されていた。


 初根には、この勝負に対する一つの確信があった。それ故に続投を望む水上を説得してマウンドを降ろさせ、安楽にまるで確認事項かのような投球をさせ、フォームに癖のない天羽の登板を申し入れたのだ。

 そして、結果として示されたのは、他でもない8本目のホームラン。


 グラウンドをゆっくりと周回していく相川は、まるで累々と積まれた屍の上をあるいているようで、初根はその中の一人となってそこに転がっている自分を見たような気持ちになった。


「いったい何が見えてるんだ」


 これは、2回表に相川が本塁打を放った時に初根の口を突いて出た言葉だ。相川はそれに対して一瞥をくれたようにも見えたが何も言わずに一塁へと向かった。この時、初根はまだ“見えて”いた為に相川のボールへの対応が常軌を逸している事を通常異常に感じられていたのだ。それは感覚的なものであったので誰にも説明出来るものでも無かったし初根自身が信じられるものではなかった。


 あえて説明するのであれば、相川が打席に立ったとき内角は“ザル”だった。つまり内にだけ投げていれば打ち取れる確信が持てるほどに相川は内角に対してノーマークだった。いや正確に言えば、ノーマークに見えたのだった。

 しかし、水上が投球モーションに入った時からその様相が変わる。相川へのインコースは紛れも無い危険球へと変わり、そして水上ですら意識せずに投げた失投が、まるで相川の狙い球であったかのようにそのコースへの投球への危険性を初根の脳裏に訴えかけた。そしてそのイメージはまざまざと初根の眼前で再現され、相川は水上の失投をスタンドまで運んだ。


「初根さんにも見えてるんでしょ」


 呆然とスタンドを見つめる初根に対して、グラウンドを周り終えた相川がかけた言葉だ。

 言葉も出せずにただ相川を見返すだけの初根を、相川は振り返りもせずにベンチへと去っていった。


 ”俺に見えてるもの”


 初根には確かにS軍選手のそれぞれのバッティングが見えていた。どこに投げればどうなるかまで。それを相川も見ていたのであればもうどうする事もできない。

 それは、初根の頭の中を蝕む確信として影をおとした。

 そう、初根は確信していたのだ。あのイメージを相川が常に持ち続けている以上、こちらの投球は全て奴の手の内の中だと。


 結局、初根は相川に対して成すすべがないという確信をこの2打席で証明しただけだったのだ。



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