第17話 対G軍戦 第2試合 〜その7〜
「言ってみれば、これはノーガード戦法です」
「何だよそれ、痛そうじゃねえか」
相川を迎える前に、初根はマウンドへ向かい安楽と球種を確かめあった。
「打たれはしますけど、痛くはありません」
「わかってるよ。要するにバッティングピッチャーみたいなもんだろ?」
「いえ、違います。ノーガード戦法です」
「何が違うんだよ。結局打たれるだけじゃねえか」
「距離を詰めるんですよ。相川との」
そんなやりとりをした後、安楽は初根の注文どおり外角低めのストレートを投じ、それを相川にまんまとライトスタンドまで運ばれた。
“やはり、簡単ではないな”
初根は、打たれる覚悟などと言ってはいたが、あわよくばこの打席で相川が打ち損じる可能性を多少考えていた。だが結局その幾ばくかの可能性は呆気なくもチリと消えたのだが
相川の、昨日から数えると7打席連続本塁打に球場が沸く中、G軍バッテリーは冷静に後続を断ちこの回を終えた。
「なるほど、アウトコース。悪くは無かったんだがな」
ベンチに戻った初根に対して、声をかけたのは加藤スコアラー。
「アウトコースがだめか?アイツは?」
「どうですかね」
加藤の質問に初根は曖昧に答えた。
実のところ、加藤の手元にはアウトコースが有効ではないかというデータがあった。それは前の打席までの6本塁打中、5本がインコースを叩いたものだからである。しかも水上の投じたアウトコースの2球を相川は打ち損じている。つまりあくまでも確率の話でしか無いのだが、アウトコースを攻めるのは戦略としては“あり”では無いかと考えていたのだ。
「アウトコースは、苦手では無いと思いますよ」
「やっぱり、そうか」
矛盾しているようではあるが、アウトコースを信じきれない理由がそれである。オープン戦での相川の安打はほとんどがアウトコースを流し打ったものだからだ。
まるで別人であるとはいえ、曲がりなりにも同一人物に対して無視できないデータではあった。
「アウトコースを待ってるんですよ。あいつ」
加藤の考えを汲み取ったかのように初根が呟いた。そうだろうなと加藤も思いはしたが、その言葉の意味はそんなに生易しいものではなかった。
「狙ってる?いや、待て。アウトコースを狙ってるだって?」
「そうです。昨日からずっと、あいつはアウトコース狙いです」
「何だって。そんなバカな」
「まったく、本当にバカみたいな話ですよね」
2人がそんな話をする中。G軍は金原のスリーランで同点に追いつく。これで水上の負けは消えひとまずの約束は果たされた。だがしかし、それだけでは済まされない。相川をこの三連戦で捉える為に何としても手掛かりを得なければならないのだ。
同点のまま試合は進んだ。G軍はロングリリーフの安楽が5回で降板をし、速球と切れ味のあるシュートが持ち球の天羽がその後を継いでいる。
終盤に差し掛かって初根が序盤に“あの感覚”で得たデータは狂いはじめており、ランナーを許す場面がみられ始めていた。それでもなんとか回を重ね、7回もツーアウトを取ったところで、相川にこの日4度目の打席が回った。
初根は、相川のバッターボックスの立ち位置を確かめる。前の打席と変わらない構え。外のボールにすんなりと手が出る
姿がイメージできる。
そもそも、安楽の次に天羽を要求したのは初根だった。ピッチングコーチの新田目に3回の時には調整を依頼していたのだ。その理由は天羽のフォームにある。天羽の投げるシュートは指のかけ方を少し変えるだけのものであるためストレートと見分けがつきにくい。相川がどこで球種を見極めているのかは分からないが、天羽のシュートを捉えるにはある程度“ヤマ”を張るしかないのだ。
そもそも、アウトコースで待っているのにとっさの判断でインコースの球に反応する事自体が人間技ではない。どんなアベレージヒッターであっても、狙い球を絞った上で逆算の過程を経てバットにボールを当てていくものだ。それを相川は様々な球種に対応するだけでなく、それをスタンドまで運んでいる。それは、コースだけでなく球種も完璧に読んでいる事を示しているものだし、相川を攻略する為にはどのように球種を読んでいるのかを見極める必要があるのだ。
初根の中には、ひとつの仮説がある。その為にいくつか試さなけれはならない事も。そうやって指名されたのがフォームに癖がない天羽であった。
アウトコース狙いがインコースを誘う為のブラフでない事は、先程の安楽から放ったホームランで確認した。次に行う事は、本当にどんな球種でも対応出来るのかと言う事だ。決め球のシュートを主体に組み立てる天羽が初球からそれを使う事など滅多にない。ストレートと見分けがつかないそれを相川が見破る事が出来るのか。初根は不安を押し殺しながら、天羽に対して初球、内角シュートを要求した。
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