第16話 対G軍戦 第2試合 〜その6〜
「大丈夫だ、心配するな」
周りの心配をよそに、水上は続投を願い出た。水上自身、先ほどの投球時に感じた違和感を今は感じていない。
それでも周りは食い下がる。3年前の悪夢は本人以外の心にもキッチリ影を落としているのだ。
「本当に頼むよ。調子いいんだ、今日」
まるで駄々をこねるように、水上はマウンドから降りようとしない。
「初根からも言ってくれないか?走ってるだろ、俺の球?」
みんなより遅れてマウンドに来た初根に、すがるようにして水上は言葉を投げた。
初根は、はっきりしない態度でそれを聞いていたが、一言「今日は辞めておきましょう」と呟いた。
「お前、何言ってるんだ」それを聞いて気色ばんだのは、水上ではなく金原だった。
「元はと言えばお前のリードの所為だろ!めちゃくちゃじゃねえか」
「金原さんは投げた方がいいと思うんですか?」
「お前、さっきから何なんだ!?」
不遜な態度を続ける初根に対して、流石に金原が、飛びかかりそうになる。
「待てよ、金原」
水上が金原を制する。
「どういう事だ初根?打たれはしたけど、俺はお前の注文通り投げれてただろ?今の以外は」
「はい、それは問題無いです」
「だったら、何で」
「今日はここまでで、充分です」
「だから、何なんだ!それは!」
流石の水上も声を荒げた。
「今日はもう相川には届きません。その為にするべき事は他に有ります」
初根の言葉は、選手達を沈黙に包んだ。そんな中で初根は続ける。
「水上さんのおかげで、昨日よりも相川を追い詰める事が出来ました。でも、その分ハッキリした事があります」
「ハッキリした事?」
黙って聞いている選手を代表して、金原が問いかける。
「次元が違いすぎるんです。それがハッキリしました」
「何だって?」
全員が初根の言葉に固唾を呑んだ。
「このまま走らせたら、アイツは今シーズンの全打席でホームランを打ちますよ」
「そんなバカな事‥。お前何言ってるんだ‥」
全打席ホームランなど、野球の難しさを知っている人間なら簡単に受け入れられる事ではない。
しかし、現にここまで打たれ続けている以上、否定も出来ない。
「俺たちはG軍です。去年のリーグ覇者。もちろん今年も狙ってます」
「それは、そうだが」
「責任があるんですよ。少なくても今日明日のうちにアイツを止めないと、このまま暴走します」
もう、誰も初根の意見に反論が出来なくなっていた。
「そこまでの化け物だってのか?相川は」
水上が尋ねる。
「ええ、我々の常識では計り知れない」
「その化け物に対抗できる手段があると?」
「ハッキリとした事は言えませんが、いくつか試したい事があります。その為に今日の試合使わせて下さい」
「捨てるのか?今日の試合?」
「捨てるのは相川の打席だけです。他には打たせません」
全員が呆気に取られていた。水上が切り出す。
「他は打たせないって、本気で言ってるのか?」
「S軍の打者は、全員頭に入れました。大丈夫だと思います」
「なるほど」
水上は、笑いながらそう答えると。
「お前にやるよ。降りればいいんだな?」
「ありがとうございます」
「ちなみに、試合は捨てないんだよな?俺に負けはつかないのか?」
「それは俺1人ではなんとも。少なくとも、あと5点必要ですんで」
それを聞いて、今度は野手全員が笑った。
「お前、汚ねえな。そこは人任せかよ」
金原が割って入り、そして続けた。
「心配しないで下さい水上さん。しっかり取り返しますんで」
「わかった、降りるよ。マッサージでもしながら見てるわ」
そう言うと、水上は自らの足で歩いてマウンドを降りた。
結果としては、1回3分の2。被安打5の5失点。水上にとっては無念の復帰戦となった。
「それで?俺がその実験台になるのか?」
マウンドを整えながら、安楽が独り言ちる。
「別に安楽さんじゃなくても良いんですけど」
「うるせえよ。他に肩できてる奴いねえんだってよ」
悪態をつきながらも、しっかり準備をしていたところに、初根は好感を持った。
ロングリリーフになる為スタミナが少し心配だが、この場合の安楽は頼りになる存在だ。
「相川には食らうかも知れませんが、気にしないで下さい」
「気にするよ。2試合連続なんて、給料さがるわ」
「むしろ、上げましょう。勝ち投手とって」
「なるほど、それで俺はどうすればいい?」
「それは追い追い。まずはこの回を終わらせましょう」
「わかった」
続く谷池を一球で抑え2回を終えると、続く3回4回も省エネピッチングで安楽はS軍を抑えた。攻撃では、打線が奮起して、毎回点数をあげるがS軍伊勢の粘りのピッチングでG軍は3点しか追い上げる事が出来ないでいた。
そして、5回の表。トップバッターの伊勢を三振で抑えると、相川に今日3度目の打席が回った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます