第14話 対G軍戦 第2試合 〜その4〜

「おい、ハツ。何だ今のは?」

 ベンチに戻り、すぐさま金原は初根に尋ねた。

「ああ、はい。今のって?」

 返事はするものの、初根は心ここにあらずと言った感じで、目の焦点が合っていない。

 しかし、構わず金原は初根に詰め寄る。

「今のリードだよ。メチャクチャじゃねえか」

 元正捕手だから言える正論。確かに初根のリードは理屈に通らない。

「裏でも書いたつもりか?そうじゃねえだろ?何を根拠にあんなリードをしたんだ?」

 打ちごろの球でわざと打ち取る配球は確かに無くは無いだろう、しかし金原から見て初根のリードはそんな慎重な物では無かった。

「ええ。わかってましたよ。あそこに投げれば打ち取れるって。見えてましたから」

 無愛想に答える初根の態度に金原が気色ばむ。

「やめとけ、金原」

 そんな金原を言葉だけで峰監督が遮る。にらみ返す金原に対して峰は「出番来るぞ」とだけ返した。

 G軍のトップバッター桑名が二塁打で塁にでたのだ。しぶしぶバッドを持ちグラウンドに向かった。


「次の相川は抑えられそうか?」

 峰が初根に尋ねた。


「ええ。いや、わかりません」

 初根が曖昧にそう答える。


 ゆっくりと呼吸をしながら、初根は今自分の中にある“感覚”を大事に保持する。意識的に身に付けたものではない、不意に目覚めたその感覚が消えてしまわないように意識を次のイニングへ飛ばしている。

 相川が先程の打席で打つより少し前。初根の脳裏にいくつもの映像がフラッシュバックした。

 それは相川のバッテイングで、ボールの飛ぶ方向まで鮮明に映った。何事かと考える暇もなく、次の瞬間初根の目の前で全く同じ映像がリプレイされたのだ。それは、未来予測とは少し違う。少し先の未来を見たというよりも、初根が見たのは、相川の持っていたいくつもある選択肢の中で、水上から投じられたスライダーに対するスイングがこれであろうという確信みたいなものだった。

 つまり、今この打者が行おうとする数ある行動が、その微細な動きから予想できるような感覚。それが初根の脳裏には映像で見えていたのだ。

 次打者の谷池に対した時も、その感覚は続いた。むしろどんどん際立つように無数のスイングの中の危険な所とセーフティゾーンがボンヤリと色で見えるような感覚になっていた。あえて危険地帯に放らせて見ると思い描いた通りの打球が飛んで行き、逆に不自然なスイングが描かれるセーフティゾーンへ投じた際にはバットが折れ凡打となった。それは、マウンドからバッターボックスまで、全てが自分の支配下に収まっているような感覚であった。


“これだったら。この感覚があれば”


 相川を仕留める事が出来る。どんな強打者でも、全ての球を安打に出来る訳ではない。まるで相川はそれが出来るように思われているが、そんなはずは無いのだ。必ず弱点があるはず。

 今、初根がこの感覚を持って相川と対峙すれば、それを知る事が出来る。弱点さえ分かれば後はそのコースを突けば良いだけ。しかし、その為には少し急がなければならなかった。


「監督」

 なるべく集中を切らさないように、初音はゆっくりと声を出した。

「次のイニングで相川とやらせて下さい」

 耳だけ傾ける峰監督に対し、初根は顔も向けずに無謀な申し出をした。

「おい!いくらなんでも…!」やり返したのは峰ではなく加藤スコアラーだった。

「相川まで、5人いるんだぞ!?アウト2つとっても塁全部埋めないと届かないだろ」

「すみません。でも、いつまでもつか…」

「もつ?何のことだ!」

 まくし立てる加藤に対して、初根はそれ以上答えなかった。静かに呼吸を整えている。

さらに、何か言おうしている加藤を遮るようにして峰が口を開いた。

「好きにやれ。俺もじっくり見させてもらう」

 初根は、その言葉にさえも黙ってうなずくだけで答えた。


 そうしているうちに、G軍の攻撃は無得点のまま終了した。初根はゆっくりと立ち上がるとグラウンドへ向かう。


「なんなんすか、あれ?」

 加藤スコアラーが吐き捨てるように言う。

「あれは、多分“ゾーン”だな」

 峰監督が、それに答えた。

「ゾーン?」

「そうだ、よく聞く話だがバッターなら球が止まって見えるだとか、ピッチャーならホームまでが近く見えるだとか、恐らくそんな類のやつだろうな」

「キャッチャーにもあるんですか?」

「あんまり聞かねえな。だが、アイツならあり得るかもしれない」

「アイツなら?何でです?」

「キャッチングバカだからな。良い球放らせる事ばかり考えてる」

「どう言う事ですか?」

「見えてるんだよ、どのコースならバットに当たらず自分のところまで届くか」

「え?でも、さっきは1つも三振取ってないですよ?」

「逆もありなんだろ。打っても飛ばないコースも見えてるんじゃないか?」

「そんな…」

 絶句する加藤を尻目に峰はグラウンドを見つめている。


 あまり褒められた事ではない、常に冷静でなければならないキャッチャーがバッターだけに集中するのは。

 しかし、峰は魅入られてしまっていた。化物を封じ込める未知なる力に。


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