第13話 対G軍戦 第2試合 〜その3〜

“カットって、どういう事だ?”

 思い切り振ってくれたなら満足だった。そうでなくても見逃してくれたなら理解も出来た。そもそも、今のカーブは見逃していればボールなのだ、カウント的にも見逃して問題はない。だいたい、速いボールを待っていたはずだ、相川は。初根は相川がバットを止めたのを見ていたのだ。それなのにわざわざ手を出して、しかもカットをしカウントを悪くする理由がわからない。初根は混乱していた。今のカットでまた相川が理解出来なくなった。


「嫌なバッティングでしたね」

「まったくだ」

 ベンチでは峰監督とベンチ付きスコアラー の加藤が話していた。

「相川はオープン戦のヒットのほとんどがアウトコースでした。右バッターにしては珍しいくらい流すのが上手い」

「なるほど。今のは確かにそんな感じの振り方だな」

「はい、でも今の感じだったら…」

「だったら?」

「ヒットに出来ましたよ。わかりますでしょ?」

「ああ、そうだな。やっぱりアイツ狙ってるのか」

「多分。スタンドまで行かないと睨んでカットに変えたのかと」

「バカにしてる。2度バットを止めたって言うのか」

「バケモンです。本物の」

 2人は初根が感じていた違和感を遠目に観察して理解していた。しかしゲーム中である今はそれを伝える事が出来ない。今は初根のキャッチャーとしての資質に委ねるしかなかった。

 そんな中、初根が選んだ3球目はベンチの期待に沿う形になった。

 インコース低めのスライダー。外に2球で追い込んだ今、あえて捨て球はいらない。普通のアベレージヒッターであれば内角の高い球で釣る。ただ、ホームランを警戒して高い球は捨て低めにスライダーを決めるというのが初根が出した答えだ。しかも、このコースは水上の得意コース。このインコースのスライダーで何人もの打者を仰け反らせてきた。


“テンポ良く行きたい、今なら仕留められる”

 目の前には、追い詰められた怪物。それを伝家の宝刀で打ち取るべく、初根はミットを構えた。

 水上も同じ気持ちであったのだろう、すんなりとサインを受け入れ投球モーションに入った。曲がりを計算して投じられたボールは相川の腰のあたりにめがけて放たれる。

 その瞬間、初根の脳裏に相川のスウィングが浮かんだ。まだホームまでボールは届いていない、しかし初根には水上の膝元に飛び込んでくるスライダーを捉える姿が見えた。

“え?”

 視線を相川に移すが、相川はまだ動いていない。

“何だ?今のは”

 戸惑う初根の視界から、今度はボールが消えた。耳元に乾いた音が響いている。

“やられた!”

 打球はアッと言う間にレフトスタンドへと消えた。


 相川の5打席連続本塁打が達成された瞬間だった。スタンドにいる観客全員が悲鳴のような歓声をあげた。それは、あくまでも“暫定”であった相川に対する“怪物”の称号が、正式に授与された事を意味しており、後に語り継がれる“モンスターヒッター”の誕生の瞬間であった。

 ただ、その時目覚めたのは相川だけではない。

 相川の打席を一番間近で見ていた初根にも怪物への扉が開きかけていた。


 初根は、今まで感じた事のない感覚に襲われながら、今の打席を反芻していた。

 多少、おかしな話ではあるが初根は水上が投げた瞬間に打たれる事を確信したのだ。今までまるで無かった事でもないが、失投でもない、むしろベストボールに対してあれほどまでにクッキリと確信したのは初めてだった。

“今の感覚。あれなら…”

 初根の中には確信にも似た自身がみなぎる。

「水上さん、気にせず!ボール来てます」

 初根は声をかけながら、主審から預かったボールを水上に返した。

「何だよ。珍しく“らしい”じゃねえか」ファーストの金原が呟いきながらマウンドを見る。水上の方も落ち込んではいないようだ。

 かくして、試合は続行する。

 2番谷池に対しての3球目、初根は外にカーブを要求した。カウント1ー1では妥当の配給だったが、谷池はそれを見事にレフト前に運びヒットとした。

 ノーアウト1塁。ゲームが傾きかける中、3番花井に対して初根はインハイのストレートを要求する。

“おい、逆だろ”

 ファーストの守備につきながら金原は肝を冷やす。長打もある花井に対してあまり褒められた配球では無い。

“ガキッ”

 花井はもちろん振ってきたが、ストレートの威力せいかバットが折れピッチャーゴロとなりダブルプレーであっという間にツーアウトランナー無しとなった。

“あれ?水上さんバット折ったなんて事あったか?”

 速球にも定評がある水上だが、金原の記憶ではそんな場面は無いように思えた。

 続く4番ワイアットミラーの打席。初根はここでもインハイを要求する。今度はスライダーで。

“おい、無茶だろ?”

 金原からすればメチャクチャなリードである。まるで打ってくださいとでも言っているようだ。マウンドを見ると水上はまるで取り憑かれたように初根のリードに従っている。

“何だ?何が起こってる?”

 水上が要求通りにスライダーを放ると、次の瞬間球場がどよめいた。

“ガキッ”

 またもバットが折れたのだ。打球はサードの頭上にフワリと上がり内野フライでスリーアウトチェンジとなった。


 2者連続でバットが折れる事態にも初根は当然のようにベンチへと戻っていった。

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