第12話 対G軍戦 第2試合 〜その2〜
2球目もスライダー。初根は迷わずに決めて水上に対してサインを送った。昨日あれだけ欲していた配球が、いざ2球目になると必要に感じられず、ベストボールをただひたすらに投げて貰いたいという欲求に支配されていのだ。
“お気に召していただき光栄だよ”
初根の出したスライダーのサインに水上は笑みをこぼし、グラブに収まるボールをクルクルと手で回していた。
ボールが手に収まる感覚。縫い目に指が吸い付く感覚。それを何度も確認している。そして、改めて水上は初根の出したサインに首を振った。初根には言っていなかったが水上は今回の復帰あたり新球を準備していた。初根からすれば選択肢が無いわけだから“それ”を要求して来るはずもない。水上がプレートから足を外すと、初根はタイムをかけてマウンドに向かった。
「ドロップだ。外に投げる」
「ドロップって。水上さん持ってましたか?」
「いや。新商品だ」
初根はア然として聞いていた。ドロップとは縦に落ちるカーブの事。昔から投げられている球種だが、改めて覚える選手も珍しい。あれだけのスライダーがあるのに、あえてここで縦のカーブを選ぶ理由がわからない。
「危ないですよ。ドロップは当たれば飛びます」
「当たればな」
さほどスピードが無いトップスピンの変化球は捉えられると長打になりやすい。今の相川に対してはあまり分の良い選択には感じられなかった。
「冬馬のストレートを持ってく奴だ。飛ぶ飛ばないは考えるのをよそう。まあ、ここは任せてくれないか?」
そう言われて、初根は釈然としないまま承諾した。
水上は、元々スライダーという武器を持っているわけだから、縦の変化が必要であればスライダーを縦にすれば良いわけで、わざわざカーブをここで持ち出してくる有効性はあまり大きいとは思えない。緩急と言う点ではメリットがあるかもしれないが、緩急をつける変化球は他にも沢山ある。
なぜ今、あえてカーブなのか?その答えは実は単純で覚えやすかったのと、自分にあっていたから。
三年前のシーズン中。水上は登板中に肘の違和感を覚えてその試合を降板し、そのまま戦線離脱した。肘の靭帯損傷で手術が必要な状態であり、一時は現役引退を囁かれるほどだった。しかし、当の本人は引退など微塵も考えておらず、医者から注意されてもボールをひと時も離さずリハビリを続けた。
投げる事を禁じられいる為、ただ握り続けていたボールだったが、ある日、手のひらにピタリと収まる握りを見つける。それがカーブの握りだった。まだ変化球を覚えたての頃に投げていたカーブの握りが、まるでボールが体の一部になったかのように手に吸い付いた。長く投手をしてきた水上にとって、その感触は奇跡的なもので怪我など構わないから早く投げたい衝動に駆られた。
医者に投球が許可されてから、初めてカーブを投げた時は自分でも驚きを隠せなかった。自分が野球を始めた頃から思い描いてきた、往年の名投手が投げていたカーブの軌道がそのままそこに実現されたのだ。しかも、そのカーブがもたらしたのはそれだけではなかった。スライダーやストレートと違う抜いたような腕の振りは水上の投球ホームそのものに好影響を及ぼした。カーブの振りをすると調子を崩してしまうピッチャーもいるというなか、力みを無くした事が良かったらしい。
「俺はようやく野球がわかったかも知れない」
リハビリ中、水上はトレーナーにそう告げたと言う。
水上がこのカーブに2球目を託したのはその“軌道”だ。大きく縦に動くカーブは、スライダーの変化幅の差にならない。初根もそうであったように、相川の頭の中にカーブの選択肢が無いのであれば、並のバッターであれば付いていけないはずだ。4連続本塁打でその破壊力が注目されている相川だが、今考えなければいけないのは4打席とも打ち損じていない事。つまり彼のバッティングの範囲を外させる事なのだ。
水上が投球フォームに入った。初根は祈るような思いでミットを構える。柔らかい腕の振りから放たれたボールは、初根も騙されてしまうほど手元に来ない。
“これは、止まる”
水上のスライダーを目にしたバッターであれば、このボールは予測できない。それほどまでにスピードの落差があった。
しかもドロンと動くそのカーブは真正面で構えていた初根にも追うのが困難なほど。
しかし、そんな初根の目の前を相川のバットが横切って行く。鋭く振り出されたそのバットは、カーブの軌道に合わせるように加速している。
“え?これは?”
初根はそのスウィングを見て、違和感を覚えた。
“違う”
そう、これはスウィングでは無い。打つ為に振った訳じゃ無い。
“コン”
相川の出したバットは水上のカーブを捉えたが、その打球はまたもファールグラウンドへ飛んだ。
“カットした。意図的に”
それは、初めて見た相川の消極的なスウィング。初根の脳裏にはハッキリとその残像が残っていた。
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