第11話 対G軍戦 第2試合 〜その1〜

「1打席1打席、全力をつくします」

 試合終了後、各マスコミが必死で追いかけた結果、相川から得られたコメントはこの一言だけだった。そして、そのコメントは朝から一日中各局で放映される事のなる。もちろんそれだけで事足りるはずもなく、そこは番組の手腕となる訳だが、結局のところ4打席連続ホームランと言うものがどれほどの記録なのかという事がそれぞれの視点で紹介されるにとどまった。

 夕方の報道番組でも、相川の第1打席は放送中である為各局その世紀の瞬間をどのように紹介するかを競い合ったが、放映権を持つNテレがG軍の話題で無いからかそれを拒否した為、S軍を支援するFテレビが放送する“スーパーイブニング”が相川の第1打席を生中継する事になり、その瞬間は全国放送される事となった。


 日本中が注目する事になったその試合、球場はまた違った盛り上がりを見せていた。早い段階で盛り上がりを見せるTドームの一塁側ベンチには大きな横断幕が掲げられている。


“おかえりなさい!不死鳥水上”


 相川目当てで球場に足を運んだファンも、それを背筋が伸びる思いで見ていた。記録よりも記憶に残る男。そのように称される事は選手冥利に尽きるのかも知れないが、多くのファンは記憶に残るからこそ記録に残って欲しいと願っているものだ。球史に名前を残して欲しいと水上に対して、そう願っているのだ。


 そうしているうちに、試合開始の時刻が近づくとセレモニーが終わり、G軍選手が紹介と共にグラウンドへ散らばって行く。各選手スタンドへボールを投げ入れながらポジションへ着いて行くと8番初根の後に、水上がコールされた。

 水上は歓声ではなく大きな拍手で迎えられた。これは、ファンの垣根なく送られる。グラウンドへ散らばった選手達もグラブを外して拍手を送った。

 まるで突然のにわか雨のようにパチパチと鳴り響く拍手のなかマウンドまでゆっくり歩いて辿り着いた水上は、本当に長い道のりを歩いて来たかのように大きく息を吸い込むとスタンドへ向けて深く礼をした。その姿に涙ぐむファンも多く、本物だけが味わえる歓迎がそこにはあった。


「さあ、行きましょう水上さん!」

 雰囲気に高揚した初根が声をあげてグラブを構えると、水上は規定回数の投球練習をする。それに合わせて、相川は素振りをしている。

“そんなに上手くはいかない。いかせない”

 水上の投げる本物のスライダー。もちろん初球はそれと決めている。読まれていようと、簡単に打てるものではない。

 初根は確信していた。


 やがて主審がプレイボールを告げると、相川は日本中が注目する打席にたった。

 たった1日で、相川に対する印象は大きく変わった。注目の初球に球場が静まり返る。

 水上はたっぷりと間をとってモーションに入った。

 1球目は外へ。それは試合前に決めていた。右の水上が投げるスライダーは、同じく右の相川から逃げるように曲がっていく。どこまで追いかけられるか、それが勝負の分け目になる。

 水上の指先からボールが離れる。そのボールは弧を描きながら初根のミットへ向かって来た。信じられないような曲がり方で。

 しかし相川は、それに反応している。初めからスライダーが来るとわかっていたようなスイングでその球に襲いかかった。

“当たるな”

 初根の祈りにも似たその想いは、届く事は無かった。相川のバットは水上のスライダーをも捉える。

 打球は大きくライト方向へ上がった。球場が割れんばかりの歓声に包まれる。

 初根は、その打球を呆然と見つめた。

「きれた」

 思わず呟いていた。相川が捉えたその打球は真っ直ぐにスタンドへと向かったが、しかしそれホームランにならなかった。

「ファール!」

 主審が大きく腕を開いてそう告げる。

 相川が、今シーズン初めて打ち損じた瞬間だった。それは水上が投じた“本物のスライダー”が怪物を捕らえた瞬間でもあり、初根は力強くその拳を握りしめた。


 たった一球、初球がファールになっただけの事ではあるが、価値のある一球である。何も糸口がつかめていなかった、相川攻略にかすかな兆しが見えたのだ。さすがに“未知のホームランバッター”でも本物は簡単に打てない。それは怪物が1人の人間である証明だった。


 ただ、当の相川は、あまり慌てている様子はない。確かに現実はたった1カウントとっただけなのだから。


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