第9話 開幕戦 第1試合 〜試合終了〜

 過去のプロ野球の記録の中で、4連続本塁打という記録を残した選手は21人と意外に多い。しかしこれは四球等を挟んで成し遂げられる4連続“打数”本塁打という記録だ。純粋に4回打席に立って4本とも本塁打という4打席連続本塁打になると極端に減って2人になる。ちなみに余談だが1試合で4本塁打になると4人に増えるのだが。

 相川も今の本塁打でこの記録に並んだのだが、強いて言えばこれを開幕戦で成し遂げた選手は彼が最初だ。しかも全て初球を打っている。G軍はこの試合、彼に4球しか投じていないのだ。

 球場が沸き返る中、G軍はすぐに安楽を降ろし、木本をマウンドへ送った。

 ベンチに戻った安楽に初根は声をかけた。

「どうでした?相川に投げてみて」

「どうしたもこうしたも、見てだろ?このザマだ」

 薄ら笑いを浮かべて応える安楽の顔は、たった一球しか投げていないのにひどく疲れきっていた。

「言い訳するつもりも無いが、普通は避けるだけで精一杯のはずだ」

 それは、初根もそう思う。少なくてもあれだけ投げる前に時間を取られれば、普通の打者は振ろうと思わないはず。

「やっぱり、読まれてるんですかね」

「いや、サインは出していない」

「え?」

「金原には直接口で言った。初球を当てようとした事は俺と金原しか知らないんだ」

 確かに、そもそも球団の方針上G軍は打者を威嚇する球、ブラッシュボールのサインは持たない。その日のバッテリー間で決められる個人のサインというのは存在する事がまれにあるが、だとしても即席のサインであるから読めるわけでもない。初根は安楽の投球前に金原がマウンドへ向かった場面を思い出していた。

「俺は、金原をマウンドに読んでわざわざ伝えたんだ。“当てるぞ”と」

「だとしたら」

「ああ、アイツは来た球に反応した」

「ボールを避けながら叩いた」

「バケモンだ。反射神経なのか運動能力なのか。ただ言える事は…」

 安楽は、言葉に詰まる。それは初根も一緒だ。互いの胸に同じセリフが沈んで行く。

“投げる球が無い”

 野球という競技の中で、特にピッチャーとキャッチャーというポジションにつくものにとって、絶望的な結論だった。


 そうしている間に安楽の後を継いだ木本が、後続を3人で締めベンチに8回表を終えた。

 戻ってきた木本に対して、安楽は「この試合、絶対に相川まで回すな」とだけ告げてロッカーへと去っていった。


 結局、この日のS軍打線に相川以外の脅威は無く、そのまま木本が9回まで投げ切り、何とか相川に次の打席に立たせる事なく試合を終えた。

 11対4。ソコアだけ見ればG軍の圧勝だが、たった1人の選手の爪痕が深く残る。この試合、G軍は相川に対し攻略の糸口さえ見つける事が出来なかった。


 翌日、相川の4打席連続本塁打は各メディアを賑わせた。各紙ともこぞってこの話題を一面で取り上げ、5打席連続本塁打に対する期待を寄せた。もちろんそれが為されればプロ野球史上初の快挙であるのだが、それと同時にこの記録は世界にも例がない為、その話題はプロ野球ファンに留まらず全国的な話題となった。

 しかし、その記事の中身になると識者のコメントは意外と冷たい。もちろん賛辞は寄せるものの、やはりこれも一過性のものと切り捨てるコメントが散見された。もともと長距離ヒッターとしての実績がない相川がこの先もホームランを量産するのは、考えにくいと言うのが大方の意見であった。これにはシーズン前に相川を評価していた八木原と阿武山も追従している。八木原に至っては、この4打席を「あまり好ましくない」とまでコメントした。要するに、らしさを感じられないと言うのだ。しかしこれは、八木原がもともと持論にしていた“ホームランはヒットの延長”と言うところと、リーディングヒッターとして期待をしていた相川が大振りになる事を懸念して出されたコメントではあった。

 いずれにしても、敗戦のチームでありながら華々しい開幕戦の話題を相川はひとりでかっさらっていった形となった。


 そんな中、G軍びいきのHスポーツはその片隅にある記事を掲載していた。


“不屈のエース水上、復活登板”


 かつて山川と並んでG軍の二枚看板だった水上浩一が、約2年半ぶりにマウンドに上がるという記事だ。

 その記事は生粋のG軍ファンの心に大きく響いたが、期待同時に不安の影も落とした。水上の復帰は暖かく迎えたい。たった一夜で現れた怪物にその登板にドロを塗られたく無い。

 出来れば、水上の登板を見送ってほしい。そう願うファンも少なくなかった。それ程までに日本中が相川の活躍に騒然としていた。


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