第8話 開幕戦 第1試合 〜その6〜

 5回を投げ終えて山川もマウンドを降りた。勝ち投手の権利は得ていたので、この時点での投手交代はさほどおかしな事では無いが、山川の調子を考えれば最後まで充分投げれる状態であり、つまりは相川の3本塁打という一種の異常事態を考慮した上での交代といえる。

 得点差で見れば11対3とG軍のワンサイドゲームだが、雰囲気では五分もしくはS軍が押しているかのように感じられた。それほどまでに相川の3本塁打は華々しく試合を彩っていたのだ。

 峰監督は、こうした雰囲気を敏感に感じ取り試合の舵を取って行く。今日の試合を勝ちと決めずに“接戦風”にアレンジしたのだ。そうすることで続く6回7回は膠着状態で進んでいった。互いにランナーを許さない投手戦のような展開。ガチャガチャと打ち合ず大きく流れが傾かない状態を保ちながら淡々と回を重ねる事に成功したのだ。

 しかし8回表、状況がそれを許さなくした。この試合を接戦と仮定して試合を締めるのであれば8回から木本、石村の2枚看板で抑えに入る展開だ。しかし、この回の先頭は相川。彼を抑える為の方策がG軍には無い。それであれば敬遠もやむを得ない場面であるが、この点差で先頭打者に対しての敬遠はここにいる観客全てが許さないであろう。抑えに入るタイミングで先頭打者は出したくない。ましてや抑えのエースがホームランによる失点と言う場面は避けなければならないのだ。

 そのような苦渋の選択が迫られる中で、峰監督がマウンドに送り出したのは安楽だった。


「何だよ、当て馬かよ」

 憎まれ口を叩きながら、安楽は準備をする。右打者に対し、左の安楽。誰の目から見ても当て馬としか言いようがない。

「そう言うなよ安楽。全部が全部そう言うわけでも無いんだぜ」

 峰監督が直々になだめている。

「わかってますよ。ああ言う小僧の躾は年寄りがしないとね」

「そう言う事だ。勝負の仕方ってのを教えてやってくれ」

「勝負ねえ。ずいぶんとキレイな言い方でらっしゃる」

「俺はそう思ってる。お前みたいなのを勝負師と」

「イカサマ師と呼んでもらった方が気が楽なんだけどな。まあ、当て馬の仕事して来ますよ」


 峰監督の安楽に対する信頼は、周りが思っているほど希薄では無い。ただの左要員と見られがちだが、峰自身は安楽に対してそれ以外の期待をしている。

 それは、いわゆる勝負に対する汚さだ。華々しい活躍は無いまでも長い間プロで投げてきた経験が安楽にはある。球種やコース以外にも打者が嫌がる事を彼は熟知しているのだ。その為、安楽と対峙した後そのまま調子を崩してしまう選手がいるほどに、リズムをも壊してしまう事があるくらいに安楽は“嫌な”ピッチャーなのだ。

 先の場面で、初根に対して“仇を討つ”と、うそぶいたのもあながち冗談では無かったのである。


 安楽が投球練習に入る事で観客は益々相川の打席に期待を寄せていた。突如現れたスター選手に対して勝負を捨てたように多くの人の目には映ったのだ。


「さてと」

 安楽はそんな事はお構いなしに、自分の仕事に没頭する。

 まずは、キャッチャー金原の出すサインに対して徹底的に首を振った。業を煮やした金原がタイムを取りマウンドに駆け寄る。流石の安楽も初級に対してナーバスになっているように見えたが、これはシナリオ通り。金原を呼び寄せると、ここで安楽は初球の方針を告げた。金原は多少驚いたが表情を変えずに守備位置へ戻って行く。

“らしいと言えば、らしいのかな”

 そんな言葉を金原は噛みしめていた。

 試合が再開すると、安楽はセットポジションに入った。そして長めの間を取ると、プレートを外して一塁へ牽制球を投げるそぶりをする。ランナーがいないのにもかかわらず。

 このプレーには、球場もブーイングで応えた。

“いい感じだな”

 安楽は、これさえもほくそ笑みながら受けセットポジションに入る。

 そして、今度は間を置かずに投球に入った。球種はストレート。ただ、その球は真っ直ぐに相川に向かって行く。

 当てに来たのだ。あまり褒められた事では無いが、恐らく今の相川に対してバットを振らせない方法はこれしか無いだろう。それを思って金原もこの提案を受け入れたのだ。


“よけてみろよ?目が良いんだろう?”

 金原も立ち上がって、捕球を試みながら相川を観察する。相川はしっかりと反応しているように見えた。安楽の左から投げられた球は相川の胸元に切れ込んでくる。相川は大きく上体を反らして、その球から逃げた。

“当たらない。流石だ”罪悪感から金原が胸を撫で下ろしている時、相川はスタンスを大きく開いてスイングをする。

“え?”

 あわやデッドボールと言う球を打とうとしている。

“嘘だろ?”

 相川のバットはその球をも捉える。そのまま打球はレフトスタンドへと消えた。


 その快進撃は、悪球をも許さない。かくして相川は開幕戦にて4打席連続ホームランという偉業を成し遂げた。


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