第6話 開幕戦 第1試合 〜その4〜

 その裏、山川のピッチングに後押しされる筈が、逆に気圧されるかのようにG軍の打線も沈黙してしまった。試合はそのまま5回に突入していく。

 5回表、S軍の先頭打者は2番手ピッチャーの宮代。続く相川が打席に立つ事を考えればランナーを溜めるべきところだろうが、3回途中から登板していて無失点であった為そのまま打席に送られた。その、ほとんどバッターボックスに立っているだけの宮代に対する山川の初球に球場がどよめく。


 156Km /hの球速がバックスクリーンに表示されたのだ。

 山川にとって今日一番の球速。ほとんどバットを持っているだけの宮代に対して全力で投球したのだ。

 しかも、山川はまったくテンポを変えず続けざまに次の投球をする。これがまた150キロ代を叩き出すと、球場全体が異様な空気に包まれた。

 しかしそんな事は全くお構い無しに、山川はすぐにセットポジションに入る。最後も154km/h。全く打つ気のない宮代も思わず振ってしまった。

 打者6人に対し15球全てストレート。そして、いよいよ相川がバッターボックスに入る。


 もちろん、ここまでストレートにこだわり続けたのは、相川にそれを印象付けるためだ。それがストレートで仕留める為に必要不可欠な事。山川のプライドをかけた勝負がこれから始まるのだ。


 しかし、何故ここまで山川は相川との勝負でストレートにこだわるのか?

 そもそも山川は速球派のイメージがあるが、彼が本来得意とするのは、どれをとっても決め球になり得る多彩な変化球だ。高校時代、彼をナンバーワンと言わせしめたのも、キレのあるスライダーとシンカーだった。もちろんストレートも最速で150キロ代を叩き出してはいたが、平均速度で言えば彼より速い選手はその世代には他に何人もいた。

 プロ入り後も、1年に一種類のペースで新球種を会得し、短期間でプロでも通用するような決め球に磨きあげた。つまり、もともとピッチングセンスがずば抜けており、技巧派なのである。

 そんな彼が会得するのに一番時間を要したのがストレートだ。もちろん、プロ入り時点での球速でも充分といえばそうなのだが、彼自身納得の行く球に仕上がっておらず、むしろプロではストレートを狙われた。

 それは球が軽い事だった。それを改善するため、山川は肉体改造に取り組む。190センチと長身の山川だが入団当時は体重80キロと細身で、それが今では100キロを超えている。これはトレーニングによるものだけではなく、専門家も顔負けの栄養管理等、私生活から徹底して取り組んで来たことなのだ。

 そうやって、山川はストレートを決め球として磨いた。テクニックだけでなく心と体で身に付けたのだ。

 このまま負けたままでは、いられない。


 初根は、大きく息を吸い込む。今度こそ相川を仕留めるべく。

 ここまで、散々ストレートを使って来たのは、相川にストレートを印象付けるため。

 最後にストレートで決める為に、ここでようやく山川本来のピッチングへと戻す。

 ここでは、ストレートとの球速落差20km/hのチェンジアップを、しかも外にはずすと決めていた。カウントを取るつもりは無い。この後変化球でカウントを取る為にあくまでも見せる為だけにチェンジアップを使う。

 察するに、相川は目がいいバッターだ。前の打席もあれだけ動くツーシームを見事に捉えている。

 恐ろしい話であるが、そんなバッターに対しては“残像”を使うしかない。よく見ている分だけ脳裏に残る残像を。


 相川がバッターボックスに立つ。初根はまだ動かない。チェンジアップは球速が遅い分だけ、投げてからでも反応出来る。

 その分、この打席ではじっくりと相川を見ようと決めていた。

 相川はゆったりと構えている、打席を重ねる毎に大きく見える。間違いなく今シーズンの要注意人物になるだろう。

 それを決定付けてしまったのは自分達だと大きな責任を初根も山川も感じている。だからこそこの打席はキッチリ叩く。

 山川がモーションに入った。相川は、まだ動かない。

 しかしその時、初根は相川と目が合った。


“こっちを見た?モーションに入っているのに?”


 驚く事に、相川は投球動作に入ったピッチャーから視線を外して初根を見たのだ。


 直ぐに視線を戻したものの、すでにボールは山川の手を離れている。注文通りアウトコース低めに大きく外れたチェンジアップ。

 初根は、ボールの軌道にミットを合わせたが、その必要は無かった。

 相川のバットは、その外れた球をも捉えた。打球はライト方向へ飛び、またスタンドへと消えた。


 3打席連続本塁打。開幕戦からこれを続けた選手は今までいない。相川は快挙をまといグラウンドを周る。


 初根は、呆然と立ち尽くしていた。


“俺を見た?俺が原因で球が読まれている?”


 もはや、初根には為すすべが無かった。

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