第5話 開幕戦 第1試合 〜その3〜

「タイム頼みます」

 点差があるにしても、明らかにS軍に傾きかけた試合の流れに水を差すべくタイムを申し入れたのはファーストの金原だった。しかも相川のホームランの後、続けざまにヒットとファーボールで2人のランナーを出した後の事である。

 あれだけ好調に飛ばしていた山川が、簡単にランナーを、しかも2人連続で許したのだ、本来であれば間を取るのはキャッチャーである初根の仕事であろう。

 ただ、そうならなかったのは、相川のバッティングに一番動揺していたのは、その初根だったからである。

「大丈夫か?」

 マウンドに駆け寄る初根に山川のほうが、そう声をかけた。

「スマンどうかしていた。金原さん。ありがとうございます」

「ああ」

 初根はその後にかけるべき言葉を見失っていた。ここまで山川は、注文の出しようが無いピッチングをしているからだ。

 しかしそれは、より残酷な意味を持つ。つまりは絶好調の山川をして相川を抑えられていないという事実。球界きってのエースが、たかだか5年目の選手に面白いようにスタンドまでボールを運ばれているのだ。

 そんな山川に対して、どう声をかければ良いのか初根には思いつきもしなかった。

 それに何より初根自身、今の状況が理解できていない。


「なあ、ハツよう」

 話を切り出したのは金原だった。

「今日の冬馬、調子はどうだ?」

 しかも、よりによって1番答えたく無い質問が初根に投げかけられる。

「良いと思います」

 やむを得ずそう答えた。

「だよなぁ」

 金原は、長年G軍の4番を守り続けるチームの大黒柱だ。層は厚いゆえに主張の強い選手達をその存在感で統率している。昨年も打率2割4分と決して良いとは言えない成績ながら、持ち前の勝負強さでリーグ優勝チームの4番であり続けた。

 そんな、金原の言葉は重い。

「なあ、冬馬。あの相川とか言う小僧、確かにとんでもないと思うけど、俺にはお前もズバ抜けてると思うぜ」

 内野手全員、黙って金原の言葉を聞いている。

 当の金原はそのままバックスクリーンへ目を移し、ソコアボードに並んでいる数字を眺めながら「開幕初戦。大逆転負けなんて勘弁してくれよな」と呟くとそのまま守備位置へと戻って行った。

 その言葉で初根も山川も目に生気を戻す。むしろ緊張で強張っていたのかもしれない。ともあれ試合は再開された。


「初根」

 山川はキャッチャーポジションへ戻る初根を呼び止めると「次の相川の打席。ストレートで“仕留めたい”」と投げかけた。

 初根は言葉の意味を少し考えて「仕留めるんだな?」と確認をする。

 山川はそれに黙ってうなずき、初根は右手をあげそれに応えた。そして急かす審判に礼をいい守備についた。


 1アウトランナー1、2塁。4番ワイアットミラーという場面。

 ここから山川は加速した。

 2者連続、3球三振。しかも全球ストレート。金原の言う通り、確かに山川もズバ抜けていた。


 3回裏にもG軍は得点を加え、スコアを11対2とすると4回表S軍の攻撃に対して、山川のピッチングは手に負えるものではなかった。

 しかも先程とはガラリと戦法を変え、たった6球でスリーアウトをとる。主軸にカスリもしないようなピッチングをしたかと思えば、下位打線には打たせてとるという芸当を披露したのだ。

 まさに手玉に取るようにS軍打線を翻弄する変幻自在な投球術は、これこそが山川の真骨頂と言えなくもなかったが、しかし今日のこれは山川の本来の姿では無かった。

 それはつまり球種の事で、山川はワイアットミラーからの打者5人に対して、ストレートしか投げていないのだ。

 10種類以上の球種を持つ山川の持ち味を完全にかき消しての直球勝負でありながら、コントロールだけで打者を翻弄している。そんな事は過去の山川の投球において無かった事だ。

 変化球を封印しながらも、研ぎ澄まされて行く山川のピッチング。

 その抜群にキレのある球を受けている初根は、捕球だけで言えば至福の絶頂にあったが決して浮かれるような事はない。

 ここまで全球ストレートを要求しているのは初根である。無論、元々は山川の思いを汲んだものではあるが、それでもひとつの思いだけでそれを要求している。

 そう、それは相川の次の打席の為の伏線。相川を“ストレートで仕留める”為に投じさせているものなのだ。


 ここまで、全て初球を打たれているため投球の組み立てが出来ていない事は、そもそも山川の持ち味を発揮させていない。

 つまり山川初根バッテリーは、今、相川の為だけにその前の打者に対して伏線を張り続けているだけなのだった。

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