第4話 開幕戦 第1試合 〜その2〜
打たれた山川は落ち着いていた。
決して崩れずに本来の調子を保ち、続くS軍の打者を3人で切って取った。
思えば、相川の先頭打者ホームランは衝撃的ではあったが、出会い頭の事故だと考えれば、失ったのは1点のみでありこの後の攻撃回数を考えれば、さして致命傷にはなり得なかった。元々の性格なのか、エースとしての自信なのか“こんな事もあるだろう”程度に捉えていたようだ。
初根は、そんな山川の態度に救われた形でこの回を終えた。山川が勝手に立ち直らなければ、このまま試合は終わってしまっていたかも知れない。それほどに初根の方は、相川のホームランに納得出来ていなかった。
一回表が終わり、ベンチに戻りそのまま初根は考え込んだ。考えるというより、ホームランの瞬間のイメージを何度も頭の中で繰り返し思い描いていた。
初根の中には、山川のピッチングはくっきりと画像として浮かぶが、相川のバッティングは全くといって良いほど思い出せない。つまり、どのようにして打たれたのか初根は覚えていないのだ。ただ。イメージできるのは目の前からボールが消えた時の事だけ。
つまり、あれだけのベストボールをどうやってスタンドまで運ぶ事が出来たのか理解できていなかった。
「良いバッティングだった。理想的なスウィングってやつだな」考え込む初根の後ろから声をかけたのは、峰監督だった。かつてはG軍の4番を打っていた峰監督は、打者の立場で今しがたのホームランを絶賛していた。しかし、峰監督の相川への評価はその技術のみにとどまり、理想的なスウィングと評したものの「あれは、わかってたから振れたんだ」と、打者としての姿勢は咎めていた。
開幕戦初球にストレートを選ぶ投手は少なくない。もちろん自信があるからそうするのだが、球種が知られてしまうのは投手としては不利だ。だから、これを振るのは礼儀に反するという暗黙の了解がある。プロ野球にはこの様な不文律が多々存在しているのだ。
初根は、峰監督の言葉で気持ちが楽になった。理解できていない事に対する不安をいくらか払拭できたのだ。山川のストレートに対する大き過ぎるとも言える期待がそのまま喪失感として初根の心に影を落としていたのだろう。
ストレートにヤマをはって、思いっきり振った。それがたまたまホームランになっただけだ。その考えは腹に落ち、今頃になって闘志に変わった。
「初根。そろそろ準備しろ」峰監督から声がかかり、初根はミットを手にした。
「違う」またも呼び止められ監督の方を向くと、バッティングのポーズをしている。グラウンドに目を向けると、1回裏のG軍の攻撃はまだ続いていた。3対1。1アウトランナー三塁。バッターボックスには6番森崎が立っていて、8番の初根まで回る可能性がある。初根は慌ててプロテクターを外した。
結局その回、打者一巡の猛攻の末G軍は6点を挙げた。続く2回、先頭打者を歩かせはしたものの後続を3人で抑えると、G軍はその裏更に2点を加えてスコアを8対1とした。
相川のホームランで、打線を奮起させたのはG軍のほうだった。
迎える3回。先頭打者のピッチャー綿引が三振に倒れると、相川に打順が回った。
改めて、冷静な目で初根は相川を見る。
とにかく、カウントを取りたい。G軍バッテリーは、まだ相川からストライクすら奪えていないのだ。
初根の頭の中では、すでに次の球種は決まっている。 セオリーで行けば外から攻めたいところだが、あえてそれはせずインコースに変化球を放りこむ。
相川の先頭打者初球ホームランという奇襲を、外角への誘いと見たのだ。つまり、自分を長距離打者と見させる為の伏線。
そうであれば、インコースに速い球が有効。しかも、それが変化球であればより手が出しにくくなる。
つまり、結論として導き出したのが“インコース”への“ツーシーム”なのだ。それに今日の山川のツーシームは、ボール3つ分は落ちている。もしバットに当たっても、ボールの上を叩く事になるだろう。
初根のサインに山川は素直に答え、ゆっくりと投球フォームに入った。初根はやや外側に構え相川を誘う。案の定、相川のスタンスは外を意識しているようだ。この踏み込みでは、内は捌けないはず。
やがて、山川の指先を離れたボールはほぼストレートと同じ初速で相川の胸元に向けて放たれる。
それと合わせて、相川もタイミングをとっているが、内側が窮屈に見える。“間に合わない”相川のスウィングを見て初根はそう見切った。そして、そのまま捕球へと意識を集中した。
しかし、その胸元を鋭く変化してミットに届くはずのボールは、またしても初根の目の前で消え去った。耳には乾いた音だけが響き、次第にスタジアムの歓声に塗り替えられていく。ボールはレフトスタンドに飛び込んでいた。
開幕戦、2打席連続ホームラン。相川は表情ひとつ変えずにグラウンドをゆっくり周っていた。
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