第3話 開幕戦 第1試合 〜その1〜
3月31日。まだ、肌寒さが残る季節だがプロ野球ではこの日から熱いシーズンが始まる。
G軍の本拠地であるTドームでは、開幕初戦、昨年ペナントの覇者であるG軍がS軍を迎え撃つ。人気実力共に高いG軍開幕戦のチケットは、例年の事ではあるが瞬く間に完売した。
毎度盛大に行われる開幕セレモニーを終えると、初根はベンチに戻り急いでキャッチャー装備を身に付けた。プロになって長い初根だが、毎度この作業は慌ててしまう。誰に急かされている訳ではない。本人が早く試合を始めたいのだ。
場内のコールに呼ばれて選手が各ポジションについていく。8番目のコールで初根はベンチを出てボールをスタンドに投げ入れるとグランドへ向かった。
試合開始の前にもう1つ、恒例の始球式が行われる。
今年の始球式には、長身の人気モデルNATSUMIが選ばれた。派手なドレスのようなユニフォームを身に付けたNATSUMIがマウンドに上がると球場は大いに湧いた。彼女は以前にも始球式を行なった事があり、その際、正規のマウンドから見事なノーバウンド投球を披露した事があり、その投球が「神投球」として一時期メディアやネット上で話題になった事があった。今回の開幕始球式に彼女をと言う声はファンから上がったものであった。
NATSUMIがファンの声援に応える中、S軍の一番打者、相川がバッターボックスに立った。
始球式で盛り上がる球場の中で、初根は、相川を見て“おや?”と思う。
オープン戦での活躍は、もちろん折り込み済みであったし、映像では要注意人物としてしっかり研究もしていた。しかし、実際に間近で見た相川は、初根の抱いていた印象よりひとまわり大きく見えたのだ。ただ、初根は自分のこの時の直感を“なるほど”と結論付ける。ひとまわり身体を大きくした相川の活躍に、心の中で敬意を表し、やはり要注意人物なのだと認識を改めるのみでそれ以上の事は考えなかった。
そうこうしているうちに、マウンド上からNATSUMIの見事なストレートが投じられる。あまりの好球に、相川は一度ピクリと反応してしまったが、落ち着いてバットを止めると、ボールが初根のミットに収まってから大げさに空振りをした。
打ちごろの球に、思わず身体が反応してしまった相川を初根は微笑ましく思いながら、マウンドまで駆け寄るとNATSUMIにボールを手渡した。彼女がスタンドに手を振ると大きな歓声が湧き上がった。
確かに、それだけの賞賛に値したのかもしれない。結果として今シーズン、相川のバットが空を切ったのはこの一球だけであったのだから。
NATSUMIに代わり、山川がマウンドに上がって投球練習を始めると、スタンドからは鳴り物応援が響きだした。いよいよ球場は本格的に試合のムードになり始める。
山川の調子は、思った通り良さそうで、受ける初根の気持ちも段々と高揚していく。最後の投球練習を終えると、山川は天を仰ぐ様にして深呼吸をした。準備は整ったのだ。初根は促すように球審を見る。その瞬間、高々とプレイボールが宣言された。
初根は、相川がバッターボックスに立つのを再度確認した。先程受けた印象は既に認識済みとなり、何かを修正する事はない。ただ、やるべき事をするだけだ。
初根はマウンドに立つ山川に、カーブのサインを送った。山川は微笑んで首を振る。初根も口元を緩めながら、改めてストレートのサインを送る。これも例年通り、2人の定番。
こうして、山川は投球フォームに入った。大きくゆったりしたフォームは、程よく力を蓄えて行き初根の期待を増長させる。初根は既に最高の投球を確信していた。そして期待どおり、山川の指先で全ての力が爆発したようにボールが射出される。改めて初音は、力を込めてミットを構えた。
しかし、その弾丸のようなボールは、突然初根の前から消えた。
事態を飲み込めない初根は、野手の視線を辿ってようやく白球の行方を知る。大きく上がった打球は、まっすぐバックスクリーンへと運ばれた。
開幕戦先頭打者初球本塁打。礼儀としては、あまり褒められたものでは無いが、過去にも何人か記録している。
相川はこうやって、世間を敵に回すような大偉業の一歩を踏み出した。
初根はまだこの時、まるでお菓子を取り上げられた子供のような気分で、相川が塁を周るのを見ていた。
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