第2話 開幕まで〜G軍バッテリー〜
山川冬馬は、本来であれば今期からメジャーへ行っているはずだった。しかし、山川を日本に留まらせたのは昨年の日本シリーズ惨敗がその原因であった。
ペナントを圧倒的な大差で制覇したにも関わらず、日本シリーズではH軍にまさかの4タテ。無敵艦隊H軍という見出しを各紙に躍らせてしまった。
去就が問われた会見では、「このままでは終われません。峰監督を男にします」という涙ながらの訴えでG軍残留をあきらかにした。
こうして、今期のG軍開幕投手は6年連続して山川が務める事となった。
今年のG軍の開幕初戦はS軍。相川のいるチームだ。
G軍正捕手、初根栄太郎は山川と開幕戦の前短いミーティングを行った。
「初球どうする?」
「ストレートで」
「わかった」
たったこれだけのミーティング。ただ、これは例年の事だ。長年バッテリーを組んできた2人にそれほど打ち合わせは必要ないし、過去5年間開幕初球は直球に決まっていた。
山川は10種類以上の球種を持っている。多彩な球種で並みいる強打者を翻弄してきた。しかし、この10種類の球種を活かしてきたのは、簡単に150キロ後半を叩き出すストレートあってこそなのだ。
例年通りの顔合わせに、例年通りのミーティング。ただ、初根の方はいつもよりも気持ちが昂ぶっていた。
“今年もお前の球を受けれて嬉しいよ”
そんな気恥ずかしいセリフを、初根は最後に付け加えたい気持ちになったが辞めた。その代わり、本人にはそのつもりは無かったかもしれないが、こみ上げるような笑みをそのウラぶれた顔に浮かべてはいた。
初根が野球を始めたきっかけは、父親に教えてもらったキャッチボールだ。初根の父親は、自身も若い頃には真剣になって野球に取り組んでいた事もあって、息子である栄太郎に早くからグラブを買い与えた。
栄太郎にとっても、父と過ごす時間はもちろん楽しく、父親が休みの日はキャッチボールをしてくれと寝ているところをむりやり起こしてよく怒鳴られた。
初根は、この頃から『捕る』という行為が好きだった。特にボールを捕球する際の“パシン”という音が決まった時は震えるほどの満足感を得る事が出来た。
リトルリーグに入って、本格的に野球を始めた際にキャッチャーを志願したのも、結局ボールを一番“捕る”事が出来るのがこのポジションだからだ。
好きが高じて、初根はみるみるうちにキャッチャーとしての素質を開花させて行った。
それに伴い、シニア、高校野球とそのキャリアを重ね、最終的にプロ野球選手としてG軍に入団する。
それまでの間、初根のその“捕る”という欲求は、衰えるどころかむしろ高まる一方だった。その理由は簡単で、野球のレベルが上がれば上がるほど捕球する球の質が上がっていったからだ。ただ、欲求が高まればその分だけ求める球の質も高くなっていった。もちろん、プロの投球はどれをとっても素晴らしかったが、初根は何百球と受けた球の中でも更に最高の球の存在に気づいてしまう。そんな球を受けた時には身体中が痺れるような感覚に陥った。そして、その味を知ったが最後、ちょっとばかりの“いい球”では満足できなくなってしまっていたのだ。
そういった球は、投手の素質はもちろん、体調やコンディションといったタイミングの問題で投じられる。その為、いつその幸運に恵まれるかは初根には予測できない。
年に数回訪れる機会を、ただ待ちながら初根はシーズンを過ごすのだ。
それでも一球だけ、裏切られる事がなく“最高の球”が投じられる機会がある。
それが、山川の開幕初球だ。
山川はこの5年間、開幕初球はその年最高の直球と言っても良いほどの投球をする。その球を受ける事を想像するだけで初根は高揚してしまう。今度、いつ訪れるかわからない幸運が明日約束されている事に心から感謝している。
“今年もお前の球を受けれて嬉しいよ”
再度喉元まで出かかった言葉を、初根は結局呑み込んだ。
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