モンスターヒッター

枡田 欠片(ますだ かけら)

第1話 開幕まで〜相川優太郎について〜

 相川優太郎は、オープン戦の活躍でにわかに注目を浴び始めた。

 昨年まで、特に名前のあがらなかった相川がS軍のトップバッターに大抜擢された事がそもそもファンを驚かせたが、更に期待を大きくこえる、打率4割の活躍がプロ野球全体をザワつかせたのだ。

 S軍を率いる名将、安来監督のこれが期待以上なのか想定内なのかは、その人懐っこい笑顔からは読む事は出来ない。しかし、高校野球で実績もなく全くと言っていいほど無名だった相川を、無理矢理その年のドラフト6位で指名したのも安来監督の強い推薦だったことを考えても、相川に対して何かを見出していた事は想像に難くない。

 選手育成に定評のある安来監督のサプライズ指名はそれなりに話題になったが、そこから4年間相川の話題はとりあげられる事も無く、ここに来て急に名前が取りざたされたのだ。

 それでも、振り返ってみると相川のここまでのキャリアは悪いものではない。毎年多くの選手が一軍に上がる事も出来ず消えていくプロ野球の世界で、まがりなりにも一軍で成績をのこしている。ただ、どちらかと言うと代走や守備固めの為の出場機会の方が多い印象ではある。

 しかしながら、しっかりと一軍で出場機会を得て、打者としてもしっかり結果も出している。ノンプロ時代に無名だった選手が、このような結果を出していると言う点では、やはり異例だったのかも知れない。

 そして、オープン戦でのブレイク。S軍ファンの視点で見れば、投手は良いものの貧打が原因で4位に甘んじた昨シーズンから補強も上手くいかず、トドメに怪我で主砲高本が開幕絶望と悲観的なニュースの多い中で、相川の活躍は正に希望そのものだった。

 目の肥えたファンであれば、長いペナントレースを前にオープン戦の成績だけで期待するのは気が早いのは充分承知している。ただ、そのファン達を期待させるだけの理由が相川のバッティングにはあった。

 改めて見ると、相川のスイングは基本に忠実で美しい。根っからのS軍ファンの間では、あれでパワーがあればもっと良いバッターになると語られていたりもしていた。そして、このオープン戦でその念願が叶った形となるとファンの感激は醸成したものとなった。

 それと引き換え、いわゆる評論家の評価はそれほど高く無かった。これは、単に相川のこれまでの実績を考慮した結果であり、期待はするが評価はしないという無難な対応が大半を占めていると言う状況。そんな中にあって、相川を高く評価したのがS軍出身の八木原元捕手である。自身の出身チーム選手という事もあって、遠慮なく“バケモノ”と相川を評した。また、首位打者の可能性すらあるとあちらこちらで吹聴していた。そしてもう1人、B軍出身の元ピッチャー“ミスター精密機器”こと阿武山もこれに並んだ。この二人、八木原と阿武山は、現役時代から論理的なコメントを披露するほど、いわゆる野球論に長けていて、しかも多くの野球ファンに支持されている。

 その二人が評価した選手。

 安来監督の隠し宝刀である事も手伝って、相川に対する注目は、まるで煙が立ちのぼるようにモクモクとひろがっていった。


 こうして、様々な期待を含んでペナントレースは始まった。


 出来れば、この相川のブームも一過性のものであった方が良かったのかもしれない。

 後にして思えば、当の相川にとってのこの時間は、ただ爪を研いでいるだけの時間だったのかもしれない。

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