第11話 情報収集

 まともに戦おうとすればするほど馬鹿らしく無力化されてしまう戦術。ローションオイルは物体間の摩擦力を限りなくゼロに近づける。その結果、握ろうとする剣や盾は握力ゴリラでも掴めずに落としてしまうはずだ。これに痒みや発情効果まで加えたら間違いなく大人な展開であるが、流石にそこまで仕込まなかったのは俺が紳士だから。


 起き上がろうとしても起き上がれないルベリアに、スケルトンが群がる。群がったスケルトン共も滑って転がる。結果、ルベリアは抱きつかれて骨まみれに。引きつった顔で戦意喪失、スケルトン達も剣を向けずにルベリアに抱きつきまくると言う妙なセクハラ骨塚が出来上がった。


 一方、クリスは剣を捨て、風魔法でスケルトン達を近づけないように吹っ飛ばしている。

 俺は勇者を仕留めるべく、とっておきの作戦を発動させる。


 影精ヤンディの印、戦神ファルカスの印を用いた“影の護衛シャドウ・エスコート”を発動。

 足下の影から浮かび上がった筋骨隆々の茶色い男に、近くにある革袋を開けて中身を被るように命じ、俺は巻き込まれないようにそそくさと離れる。


 ふんぬぅと、ローションオイルを被るマッチョな従者。

 ボディビルダーのようにテカテカに体表がつやを出す。従者はそのまま、クリス目掛けて駆け出した。


 突然現れたムキテカ茶色マッチョな従者に、クリスの表情が引きつる。そのまま風魔法で吹き飛ばそうとするが、スケルトンと違ってマッチョ従者はびくともしない。

 従者はそのままクリスにタックルし、ベアハッグでクリスの腕と胴を締め始めた。


「いやぁ~! 気持ち悪いっ! 離してぇ~!」


 クリスは全身鎧を着ているので本当は平気なのかも知れない。嫌なのはシチュエーションだろう。何しろヌルヌルマッチョな男に抱きつかれているのだから。


 本来ならば締め上げて腕骨を折り腹を圧迫するのだが、そこはヌルヌル従者である。クリスの身体が紅の鎧毎、ニュルっと上に滑り上がり、手首と骨盤を押さえられた状態となる。足だけはバタつかせているが、最早戦闘力は消失していると見て良い。


 俺は雷精ゼオスの印で杖を帯電させると、これ見よがしにそれを見せながらクリスにゆっくりと近づいて行った。


「俺の勝ちって事で良いよな?」

「だ、誰がアンタの勝ちなんて認めるものか」


 俺がルベリアを見ると、女騎士はローションと骨まみれで首を縦に何度も振る。

 イリーナを見やるとボールギャグをされたままこちらを悩ましげな表情で見ていた。麻痺して首は振れないと思うがあの様子だとマゾっ気があるのだろうか。


「認めてないのはクリスだけっぽいけどな」

「私は絶対に認めないわっ! あばばばっ!」


 俺はスタンロッドと化した杖をクリスの尾てい骨辺りに押し当てた。電圧は軽く痺れる程度に抑えてあるので、拷問までも行かない刺激のはずだ。

 続いて、ミユを呼んでクリスの鎧を脱がし始める。留め金をあちこち外して鎧を脱がすと、ヌルマッチョ従者ともっと密着する羽目になる。流石に全身滑るようになると押さえていられなくもなるので、スタンロッドを再度押し当てると、悲鳴を上げた後にクリスがシクシクと泣き出した。


「ごめんなさい。私の負けです・・・・・・もう許してください」

「判って頂けて何よりだ。今度からもう少し人の話を聞くようにね。とりあえず今は眠ってもらおう。命までは取らないから心配するな」


 俺は眠りの魔法でクリスを眠らせると、スケルトン達に命じて3人を転移装置の場所まで運び込ませる。居住区へ転移するとナッちゃんが迎えに来ていた。


「これでひとまず危機は去ったかな?」

「無い知恵を絞れとは言いましたが、絞ったあげくヌルヌルな液体を出すとはあまりにも非常識な雑巾野郎です。牛乳と混ざって白濁した臭いに悶絶すればいいのです」


 居住区に戻った俺を待ち受けていたのはナッちゃんの冷たい感想であった。




「シン様ぁ、準備完了です。いつでもどうぞぉ」


 なんか、すっかり俺に心酔してしまったイリーナが甘ったるい声で合図してきた。

 やはりマゾな気があったらしい。自分の痴態に新たな扉を開いてしまったイリーナは、俺の想像以上に言うことを聞いてくれて、卵子採取のアシスタントもしてくれることになったのだ。ベッドに横たわるクリスのパンツを脱がせてタオルを被せ、その股の間にはガラス瓶を用意したところで俺は声を掛けられた。


 ルベリアとイリーナに卵子提供の旨を事情説明すると、ルベリア立ち会いの下、寝ているクリスから取ってしまえと言うことになったのだ。ルベリアが被検体になるのは嫌なことと、こうなったのもクリスの自業自得という考えからの展開であるのだが、普段からこの女勇者に対し、女騎士の思うところはあったらしい。


「イリーナ、魔法の練習を先にするかい?」

「大丈夫ですぅ。魔法なんて入りませんよ、オイルもあることですし。ほら・・・・・・」


 そこからのことはクリスと俺の為にも伏せておこう。とにかく、イリーナとルベリアのクリスに対する扱いは、女同士のコミュニケーションに問題が発生した場合の暗黒面の怖さとして勉強になったのである。


 そして、俺は漸く培養槽に入れる素材を揃えて、新しい肉体を手に入れる準備が出来たのであった。



 ルベリア達が俺に敗れてから3週間が過ぎた。

 この間、神託の内容と次元震に関してナッちゃんと俺は色々と調べ、いくつか判明した新事実をクリス達に伝えた結果、彼女達は俺としばらく行動を共にすることになった。

 その新事実が何かと言うと。


 次元震が起こるのはおそらく半年後。地球とこちら、セフィニアとが重なり合う現象で、大多数の生物は普段見ることの無い別世界を幻のように見るだろう事。

 いずれかの世界の魔素の濃い場所は、もう一方への門と化して一時的に様々な生物や物質を放り出してしまう事。

 双方の魔素が濃い場所が重なる場合、その場所は混沌と化して双方の世界をつなぐ魔界と化す事。


 これらはダンジョンコアを利用した家妖精ネットワークで、ナっちゃんが他の家妖精達と意見交換をした結果であったが、特に、ラジーナと言う大魔法使いの所は家妖精どころか本人と俺が話す事になってしまい・・・・・・


『ふん、ラウィーネルスタンが旅立つとは聞いていたが、後継者が生まれていようとはな。私はラジーナ。ラウィーネルスタンは私の弟弟子だよ』


 ナっちゃんの映してくれた空間映像はTV電話の機能のように、相手方とこちらをつないでいた。そこに映ったのは、切れ長の目に多彩な光彩の瞳、鋭い顎のラインをした美女。いや、ラウィーネルスタンの姉弟子ってことは美魔女か?


『女の年齢なんて考えるもんじゃないよっ!』


 ヒッ! 読まれてるわ・・・・・・


『ラウィーネルスタンと身体が入れ替わったと言うが、中々勉強しているようじゃないか。アンタは私の孫弟子も同然だよ。今度困ったことがあったらお姉さんにいつでも相談しな』


 もしかして、こいつ、ショタコンか? 俺の新しい身体のことを知ったらなんと言うやら。


『そうですね。もう少ししたら新しい身体が出来るんです。そしたら、異世界探索と契約印を増やしに旅に出ようと思っているのですが、もし宜しければ一度ご挨拶にでも』

『ほう! アンタもう、クローン・ホムンクルスの秘技までたどり着いたのかい! 大したもんだよ。次に会うのが楽しみだ!』

『それはそうと、次元震と神託について、何か知っている事はありませんか?』


 ラジーナはニヤリと笑い語り始めた。


 曰く、この世界セフィニアの神々は、自分達に取って代わろうとする進化を目指す者「エボル・プロウラー」を許さずに、隙あらば倒そうと仕掛けてくるとの事。今回の討伐もその類いであり、各地に同様の神託が降され、ラジーナの所も既に勇者が向かったらしい。最も、それについては『良いガーディアンが手に入ったよ』と朗らかに笑ったラジーナである。

 

 魔素溜まりについては、過去の文献から、ゲートが出現して異世界へ周囲の生物も無機物も吸い出されていった事例の報告があり、一方で、魔素溜まりの周辺が混沌とした魔界と化し、その内部に居た者は異なる世界のモノと融合してしまうのだと。


『幻獣や生態系の明らかに他とは違うモンスター、例えば自動人形オートマトン等は多世界からゲートを超えてやって来た存在である事は推測出来る。古代遺跡の明らかに他とは違う文明技術もそうして渡ってきたものではないかな。一方で、亜人であるエルフやドワーフ、リザードマンなどは、別世界のモノと融合して生まれたようなんだよ。特に、ハイ・エルフは寿命が長く古来より生きているが、彼らは元々はヒトであったと言っているのさ。耳は長くなかったとね』


 突然変異。遺伝子汚染。例えば人間と動物が融合すれば、人狼のようなモノや知能を持った獣が生まれる。手長足長や鬼と言った存在も始まりはこれかも知れない。ファンタジーな存在が全て科学に分野を移しそうな、次元震のその可能性に、俺は衝撃を受けるのであった。

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