第10話 VS勇者

 スケルトン集団に防戦一方になっている勇者クリスと騎士ルベリア。僧侶イリーナは魔法で防御を高めつつ前衛2人に回復魔法を掛けたりしながら、時折ターンアンデッドを試しているが、いっこうに効き目は無く、彼女らは防戦一方である。


 6本腕のスケルトン戦士―実際には竜牙から作りだした竜牙兵というゴーレム―が凄まじい剣戟を放ち、勇者もそれを剣で受け止めては居るが、流石に反撃の余裕もなさそうだ。とは言え、同時に6体を相手にするだけの技量があると言うことでもあり、確かに凄腕ではある。


 ルベリアも同様に竜牙兵の攻撃を盾と剣を使って凌いでいたが、さらに周囲からスケルトンの攻撃が追加される。聖域の守りサンクト・プロテクションによって、防御力場があるから良いものの、あれが切れれば最早勝敗は必至の状態まで追い込めたと考えて良い。

 俺はいよいよ彼女らと対面する事にした。


 スケルトン達が突然攻撃を止め、勇者らの目の前で左右に動いて道を空ける。その奥に、彼女らから見ると明らかに怪しい人物、俺が登場!


「何者だっ!」

「俺は「喰らえぇえっ!」」


 ドゴォオオン!


 騎士ルベリアの誰何に答えて自己紹介しようとした矢先、なんと勇者クリスが俺に被せていきなり火炎魔法をぶっ飛ばしてきたのだ。もちろん、俺も対火の指輪は装備してるし、魔法防御だって抜かりはないから無傷。しかしだな、普通はこの状況って、相手の話を聞くもんじゃね?


 隙あらば問答無用でセオリー無視なこの勇者、全く可愛げのない性悪な奴だ。それだけに強いのであろうがこいつは好きになれそうにない人間だなぁ。


「初対面でいきなり魔法ぶっ放すなんて躾のなってない女だな。俺は話を聞きに来ただけだというのに」

「ちっ、無傷なのっ。アンタがラウィーネルスタンねっ?」

「違います」

「・・・・・・」


 ぶるんぶるんと首を振って即否定する俺に、思わず無言になるクリス。


 思い込みの激しい直情傾向は勇者ならではなのか?


「俺はシン。ラウィーネルスタンとは違うのに、いきなり殺しに来るとは酷い奴らだね」

「どう見たって怪しいでしょうがっ!」

「まぁ、いきなり攻撃仕掛けるアンタが、勇者じゃなくてただの乱暴者だって事はよく判った」


 額に青筋を立て始めるクリスを手で押さえてルベリアが前に出る。


「仲間の無礼を詫びよう。すまなかった。私は騎士ルベリア。シンと言ったか、あなたは何故ここに?」

「こちらの騎士殿は常識も礼節もあって結構な事だ」


 俺はワザとクリスを挑発するかのように皮肉を言う。案の定クリスの形相が鬼のように変わるがそれを無視して続ける。


「迷宮攻略に苦労しているようだったのでね。管理を任されているこちらとしては、君達が何を目的にここに来たのかを聞こうと思ったのさ。君達は充分に実力を示している。命を落とすには勿体ないし、こちらとしては敵対関係になければ手助けしようと考えているのさ」

「私達は神託を受けて来ている。来たるべき次元震、その被害を軽減するためには、ラウィーネルスタンの討伐とダンジョンコアの破壊が必要だと。それで私達は来たのだ。貴方がラウィーネルスタンでは無いとなると、奴は一体どこへ?」

「ラウィーネルスタンは異世界に旅立ったよ。俺は入れ替わりに、異世界からこっちに呼ばれてラウィーネルスタンのものだったこの身体に入れられたんだ。その後、この塔の管理人をしながら魔法の勉強をしているところさ。そんな訳でダンジョンコアを壊されるとちょっと困るんだけど」

「だったらやはりアンタは敵ね。この場で倒すわよっ!」


 クリスが俺に剣を突きつける。俺は困った顔でルベリアを見た。


「どうしてもとなれば、俺も死にたくは無いからね。戦わせてもらうよ。その代わり、俺が勝ったら、何でも言うことを聞いてもらうからね」

「フンッ、本性を現したわね。そんな言動をする奴が正しいわけがないわっ」

「いや、命奪われようとしてて、勝っても何も無しはないだろう。ああ、ルベリアは話を聞いてくれる人のようなので、あまり酷い事はしないつもりだけど。でも、クリスは覚悟して貰おうか」

「貴様ぁっっっ!」


 猛然と打ちかかってくるクリス。しかしその前方を再び塞ぐスケルトン軍団。

 さっきまでも負けそうだったのに、なんで勝てると思っちゃうのかね?


 ルベリアを見ると、彼女も覚悟を決めたのかクリスの横に立ってスケルトン軍団を打ち払おうとしてくる。イリーナは2人に強化魔法を掛け始めた。

 さて、それじゃこっちも戦いますか。神託の内容は気になるが、その確認はこいつらを捕まえてからにしよう。


 クリスとルベリアに強化魔法を掛け、僧侶イリーナは空中に光のハンマーを召喚した。

 医療神アレクサンの契約印によって呼べる、ゴルディオンハンマー。


 相手をアンデッドと思わずに物理力でひたすらぶん殴り、累積ダメージで昇天させるという、「祓えないなら殺っちゃえば良いじゃない」と言う、冗談のような僧侶の必殺魔法。


 先の戦いでは使わなかったのも無理はない。優秀な僧侶ほど、通常はターンアンデッドで片を付けるし、効かない事に慌てていた事もあるだろう。それに、この魔法はヴァンパイアとかボス級でないと使おうと思わない魔法だからな。今回は、最初から全てボス級と判断出来るくらいに頭はクールダウンしていたのだろう。


 光のハンマーが空中を暴れ出し、スケルトン達を問答無用で吹っ飛ばし始める。ルベリアはリキャストタイムが復活したのか、聖域の守りサンクト・プロテクションで自分達を防護。クリスは炎が効かないと判断し、風の刃を剣にまとわせ始めた。


 丸太のような太さの風の渦をまとい、クリスの片手剣がスケルトン達を横薙ぎにすると、剣技もへったくれも無くスケルトン達が吹っ飛ばされる。ようやく何体かのスケルトンが、骨が折れて攻撃が効いたかのように見え始めた。


 そう、正解だ。このスケルトン達と戦うならば、アンデッドと思わずに、光と炎に頼らずに他の手段で中距離攻撃が一番望ましいのだ。


 最も、それだと俺は困る訳で。しっかりと作戦も練っている訳で。


 イリーナの後ろの影から、ミユがヌウっと浮かび上がり、イリーナの背後からその口に猿ぐつわを素早く咬ませる。


 猿ぐつわと言ってもその形状は、穴あきのゴルフボールにひもが付いたような物・・・・・・そう、ボールギャグと言う奴だ。ただし、球体部分は食用品で作られており、お口に入れても安全です。


 柑橘系の酸っぱい成分と麻痺成分てんこ盛りのアメ玉なんだけどね。


 イリーナはもう、舌も口も麻痺し、さらに味覚だけは麻痺しないように調整してあるものだから、口から涎が滝のようにダダ漏れ。身体にも麻痺効果が回り、でも意識を失うような物は入っていないので・・・・・・羞恥心と麻痺に膝から崩れ落ちるところをミユが支える。そのままトプン、と影に沈み込んだミユは俺の後方に再出現した。


 対魔法使い用拘束具として開発した、その名も“スッパイタマシャブロー”。我ながらネーミングセンスに首をかしげるが、日本語が分からないナっちゃんとミユからツッコミは無かった。ちょっと残念だったが、対魔法使いとして効果は抜群だ。


 フェイスマスクのないクリスとルベリア相手なら同じ事の繰り返しでも勝てるし、イリーナを人質にしても勝てるのだが、俺の用意した策は別である。


 俺は部屋に入るときに入り口の影に寄せておいた革袋を3つ、部屋の中に運び入れた。

 結構重いんだよ。中身は液体たっぷりだから。


 俺は杖を床に置いて革袋を一つ両手で掴むと、ハンマー投げの要領で身体をぐるぐる回し始め、遠心力が乗った所で革袋をルベリア目掛けて放り投げた。


 スケルトン達が戦いながらも俺が投げた革袋を避ける。それはルベリアの真正面に飛びかかり、ルベリアは避けようとするも、彼女の正面に居たスケルトンが剣を革袋に突き刺した。瞬間、飛び散る透明な液体。


「うわっ! なんだこれは!?」

「そぉおいっ!」


 ルベリアの悲鳴を尻目に俺は第二投をクリス目掛けて放る。

 クリスは火炎魔法で迎撃する。流石に火炎魔法はちょっとまずい。中身が液体な分だけ相性が悪いが、それでもある程度はクリスにも液体が飛び散ったようである。


「くっ! す、滑る!」

「やだっ! 何これ!?」


 ルベリアが剣も盾も落としてしまう。さらには足を滑らせて転んでしまい、起き上がろうとしても滑って立つことが出来ず、滑稽なヌルヌルダンスの惨状に。


 そう、俺はスライムから抽出した特性ヌルヌルローションオイルをぶっ掛けたのだ。

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