第9話 勇者一行大歓迎

 作業台の上に転がしたガラス瓶の中に、小さなゴマ粒が一つ入っている。


 俺がガラス瓶に手をかざして魔法を使うと、ゴマ粒が浮き上がり、手の動きに合わせてゆっくりとビンの口に動いていく。ビンの口には綿が詰めてあり、もう一つ、念導の魔法を並列起動して綿を広げて出口を作りつつ、ゴマを取り出そうとするが、綿を上手く広げられずに失敗した。


 俺が今勉強しているのは、どちらかというと回復系に相当する魔法、その中でも体内の毒物や異物を取り出す魔法だ。生命の神ナシュロンの印で可能となるこの魔法は、体内の対象物を検索サーチし、対象ターゲットとし、念導で動かす。


 問題はここからだ。傷口等から対象を外に取り出すか、身体の内部でどうにかして消滅させるか。ガン細胞だと内部で潰した場合、あちこちに飛散して転移する可能性がある。身体内部で燃やしてしまえれば良いが、それは難易度が高い。傷口からの毒なのであれば、もう一つ念導の魔法で傷口を広げ、そこから毒を体外に取り出した方が良い。


 その為の練習をしているのだが、これが思ったより上手くいかない。


 ・・・・・・医療器具のようなもので傷口を広げれば、もう一つ魔法を掛けずに楽に摘出できるのだが。つまり、これを応用して卵子を摘出するには・・・・・・


 どうみても変態だー!


 産婦人科の真似事を俺にやれというのか!? しかも念導で股開かせるって、それ完全犯罪痴漢ですから!

 30過ぎてチェリーな俺にはハードルがキツいな・・・・・・

 せめてもう1人同じ魔法を使える奴がいると良いんだが、ミユに覚えさせるにしてもナシュロンと契約させなきゃならないし、ううむ・・・・・・


 ナっちゃんがサポート出来ないかどうか、聞いてみるしかないか。

 俺がそんな風に考えていると、ナっちゃんがやってきた。


「シン、お話があります」

「どうした? 俺も用があったんだけど」

「それは後で。今、この迷宮塔メイズ・タワーに凄腕の冒険者が侵入しています。短時間で既に10階までたどり着きましたです」


 ナっちゃんがわざわざ言いに来たって事は相当の腕前なんだろうな。


「このまま放置した場合、塔が攻略される可能性が高いです」

「攻略って、48階の設置ボスをクリアってこと? その場合、その後どうなるの?」

「ダンジョンコアは破壊され、シンは殺されるでしょう」


 ・・・・・・マジか。


「ちょっ! そういう場合、どうすんのさ!?」

「決まってるです! ラスボスのシンが直接倒してくるのです!」


 どっちにしても直接対決じゃねぇかっ!

 しかも、ラスボスって・・・・・・思いっきり悪役だなぁ、畜生!


「で、俺が勝てるって保証は?」

「ありません。そこは無い知恵を絞ってください」

「無い、なんて決めつけるなよ!」


 とは言ったものの、さて、どうするか?

 とりあえず消耗させるために35階くらいまで様子見がてら作戦練るか。




 広間には、階層全体からかき集めたかのような、大量のスケルトンが集まっていた。それも通常の雑魚なスケルトンではない。ここ35階で出現するともなれば上位級のナイト・スケルトンにアークメイジ・スケルトン、プリースト・スケルトンが主体なのだがそれにしても数が多い。50体はいるようだ。さらには、6本腕の見たことも無いスケルトンや、大型犬サイズのウルフ・スケルトンまでも居る。


「くっ! なんだこれは! 数が多すぎる!」

「ターン・アンデッドが聞きませぇん! なんでぇ~!?」

「聖属性攻撃が抵抗レジストされている!? これがこの迷宮ダンジョンの本気か!?」


 紅色の全身鎧に身を包んだ赤髪の勇者クリスが巧みな剣裁きで5体のナイト・スケルトンを相手に切り結んでいるが、流石に防戦一方である。

 剣に炎気をまとわせるが、スケルトン共は怯む様子も見せず、また、その熱気をものともしない。普通のアンデッドであれば効果倍増のはずの炎剣なのに何も効果が無いのだ。


火球榴弾フレア・グレネード!」


 クリスが左手から火炎弾を放ち、密集している敵の中で爆発させる。


「やったか!?」


 爆炎が収まり、そこに見えたのは平然と佇むスケルトン達。


「そんな・・・・・・馬鹿なっ!?」


 呆然とするクリス。自分の無力さに棒立ちとなる勇者に、容赦なくスケルトン達が襲いかかる。


「ボケッとするな! 諦めたらそこで終わりだぞ!」


 白銀の軽装鎧姿の女騎士が方形盾をクリスの前にかざし、敵との間に割って入る。


聖域の守りサンクト・プロテクション!」


 自分の持ち場を離れてクリスを庇ったため、その分手薄が生じ、後衛である僧侶が危なくなる。その為の、広域防御力場。魔力消費のため長時間は持たないが、切り札の一つを使わざるを得なかった騎士にとって、腐抜けた勇者には苛立たしい思いがあった。


「いつもの威勢はどうした! 勇者だからって私の警告も耳にせず好きに行動してきたお前が、こんなところで終わるのか!? 貴族育ちのお嬢様はやはり口だけだったようだな!」

「うるさいよルベリア! アンタも騎士ならちゃんと守りなさいよ! 大体、アンタの聖属性攻撃が効かないのが悪いんじゃないの! アンデッドなのに全然こいつら減らないじゃない! 信仰心が足りないんじゃないの!?」

「それは私の信仰心も足りないということですかっ!」


 後ろに控えていた僧侶が激高して口喧嘩に参戦する。


「そうよっ! 大体イリーナの死霊払いが効いてない時点で勝ち目薄なのよっ!」

「私だってこんなの初めてですぅ! それを言ったらクリスの火炎だって効いてないじゃないですかぁっ!」


 女3人が口喧嘩してる中で、剣と盾を構えて諦めていないのはルベリアと呼ばれた騎士だけである。ナギウスが凄腕の冒険者と評した3人組は意外にも脆さを見せ始めていたのであった。



「なあ・・・・・・こいつら、仲悪いし勇者は性格悪いし、意外と凄腕じゃなかったんじゃ?」


 ナっちゃんに35階の映像を見せて貰っていた俺とミユ。今回は特別に音声付きにして貰っていた結果、勇者一行の状況はしっかりと確認中である。


「ちょっと予想外でしたが・・・・・・それ以上に驚きなのはシン、あなたのやった事です」

「確かにこれは・・・・・・凄いですよね・・・・・・」


 ナっちゃんとミユが呆れた目で俺を見つめてくる。

 いや・・・・・・そんな目で見ないでよ、2人とも。俺、そんな大したことはやってないんだけど。


「80体分の対光・対炎機能付きの魔防指輪を自作して、死霊支配アンデッドコントロールしつつ全員に装備させ、さらには6本腕の骨のゴーレムを作りだして紛れ込ませるとか、えげつないです」

「いや、魔素溜まりを操作して外部からスケルトン大量スカウトしてくれたのナっちゃんだし、俺がやったことなんて別に・・・・・・」

「ナっちゃんは頼まれたのでやっただけです。物量で押し込むしかないと思っていたのですが、それ以上の手段を考えていたとは、脱帽です」

「魔導具作りがここまで簡単に出来てしまうなんてシンは実際凄いですよ」


 俺としては元々、手先は器用な方で工作が好きだった幼少時代を経ている為、工業系の魔法を使って実際に様々な装備を作り出せるのは楽しかったりする。それに、レシピも色々と本の中から見つけているから、意外とどうってことはなかったのだ。

 むしろ、厄介だったのは死霊支配アンデッドコントロールの魔法。


 地獄の獄卒ヒエンの印があったために出来た魔法であるが、高位の死霊になると自我を持っており、支配下に置く際に、契約の杯を求めてくるのだ。


 イッコン、クミカワソウデハナイカ、サササ、カタジケナイ、マスターモ・・・・・・オオ、イイノミップリダ。


 何が悲しくて正確には56体のスケルトンと酒飲みしなければならんのだ。

 しかも、あいつらと来たら、飲んでるんだけど骨の隙間からダダ漏れで、辺り一面は酒臭く、しかも奴らと来たら肝臓もないからノーダメージ。

 一方、こっちは56杯のワンショットグラス。生身の状態には正直ヤバかった。


 と、まぁ、勇者達を迎え撃つのに苦労もしたのであるが、そろそろその成果を得ても良いだろう。

 俺はミユを従えて準備万端に、勇者達を迎え撃ちに35階に出発した。

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