第7話 戦闘訓練

 盗賊団の拠点はここから西方へ馬車で二日ほどにある、ガレウーロの渓谷の谷底らしい。リーダーはカンゼロンという男だそうだ。


「しゃべったんだ、頼む、助けてくれ!」

「ふむ、確かに。では止めを刺すのは止めておこう」


 俺は盗賊達から離れると彼らに振り返って言う。


「悪い事は言わん。出来るだけ早急にここから脱出することだ」

「まってくれ! こんな怪我じゃここから動けねぇよ! 助けてくれ!」


 騙したな! とか、卑怯者! とか恨んでやる! とか。

 奴らの呪詛を聞きながら俺はその場を後にする。ミユとその村にした仕打ちを考えれば、そもそも助ける気にはなれないのだ。別に悪党の息の根を止めることに躊躇いは無いが、むしろぎりぎり生きて苦しみを長引かせた方が良いだろうというのが俺の判断だ。


 俺は8階の転移陣まで戻ると、続いて15階の転移陣に移動した。

 ここで狙うのは食人鬼オーガの角だ。俺は15階の通路を歩き出した。


 しばらく進む中で、ゴブリンの集団や豚男オークの集団と遭遇するが、その都度、自分の近接戦闘を鍛えつつ、魔法で危なげもなく勝ち進む。

 雷精や風精による、いわゆる魔力付与エンチャントによって近接戦闘の間合いを超えた追撃が出来るとすごく楽だな。回避と無駄なく攻撃を当てる戦闘技術を当面高めつつ探索を進める事1時間程が経ち。


 ようやく、前方にオーガが2体現れた。

 狩人神エシュケルは狩りに特化した存在だ。その中の麻痺毒の魔法を放ち、オーガ1体を麻痺させる。異常を察したもう1体がこちらにダッシュしてくるが、俺は試しに肉弾戦を試みた。


 ガァアアアッ! と言う雄叫びと共に棍棒を振り下ろしてくるオーガ。杖を水平に構えて真っ正面から受け止めようとすると、俺の身体はオーガの膂力で吹っ飛ばされる。

 ラウィーネルスタンの身体は物理無効ではあるが、そもそも筋肉で動いている訳では無い。俺の魂による操作で動いているため、巨大な力との真っ向勝負はやはり無理なようだ。


 俺は吹き飛ばされながらも通路に滑るように着地すると、多椀巨神ヘカテケイロスの印を用い、戦椀召喚の魔法を発動させる。俺の肩の辺りの空中に、太い、足下まで着きそうな黒い腕が左右に現れた。

 追撃してくるオーガに対して黒い双腕がその腕を取り膠着状態に、いや、オーガの腕を押し返し始める。そのがら空きの胴に俺は、正中線目掛けて杖を突き入れるが、あまり効いていないようだ。やっぱり非力だわ、俺。


 風精サイファの印を用い、杖の先に風の刃を発生させる。俺はそれをオーガの鼻面に叩き付け、怯んだところを双腕でワンツー、次の隙にボディブローを入れると蹲ったオーガの延髄に風の刃を振り下ろした。


 麻痺しているオーガもさくっと首を落とすと、そのまま生首の頭頂部に風の刃をあてがって角を切り落とす。これで素材ゲットだ。魔力と体力はまだまだ余裕ある感じだが、気持ちが消耗している気がする。本来は寝なくとも良い身体だが、少し眠ってみたいな。今日の所はこれくらいにして、俺は転移陣目指して帰路に付いた。



 翌日。俺は早速、作業部屋で耐エナジードレインの道具を作成する。

 オーガの角と給血コウモリの牙を工学魔法で粉砕し、コウモリの翼膜を溶液で溶かして、骨粉と混ぜ合わせる。これを高炉で加熱して・・・・・・つまり、人工ダイヤモンドを作るのだ。

 金属類は同様に高炉で合金に変え、紫水晶と人工ダイヤモンド用の台座を作る。そこに宝石を配置し鎖を付ければ、耐エナジードレインペンダントの出来上がりだ。

 

 俺はその後も作業を継続し、ある材料で4つのペンダントを作成した。


「ナっちゃん、いる?」


 俺の呼びかけにナっちゃんが姿を現す。


「居るに決まってるです。ミユの訓練してたのに邪魔するなんて、つまらない用事でしたら冷水で湯浴みさせますよ」

「何でだよっ!」


 どうしてこう、毒舌なんだろう。きっとこのアンデッドの身体が悪いに違いない。見てろよ、イケメン素体を作って転生してやるからな。と、本題から逸れちまった。


「エナジードレイン対策の道具が出来たんだよ。多めに作ったし、まずはナっちゃん付けてみてくれ」


 俺は作業台にペンダントを置くと、部屋の隅に下がる。ナっちゃんはペンダントを首に掛けてみた。


「デザインセンスはまぁまぁですね。ただ、これが本当に効いているのかどうかは一度近づかないとならないのですが」

「うん。だから近づいてみて? カモン!」

「嫌です! もし効いていなかったらどうするんですか!?」

「一瞬なら別に死にゃしないだろ! 大丈夫! 俺ちゃんと勉強して作ったんだから!」


 そんなやりとりをしていると、ミユが恐る恐る顔を出した。


「あ、あの~、それなら私が実験台になります。元はと言えば私のせいなので」


 良い子だ。ミユはホント良い子だなぁ。それに比べるとこのデス子は・・・・・・

 と、俺が思っていたら。


「馬鹿いっちゃいけません! 貴方はまだ生命力が足りないので何かあったら大変なのです。先程までのは冗談ですので」


 ナっちゃんがそのまま俺に近づいてペンダントの効果を確認した。


「うん。全く問題ないです。シン、初めての割に良くやったです。これでナっちゃんもシンに近づけるです」


 ナっちゃんがニッコリと微笑んで俺にそのまま近づき―お? ハグでもしてくれるかな?


「シン、ちょっと臭うです。早く湯浴みしてくださいです」


 一瞬で臭そうに顔を歪めるナっちゃんであった。



 湯浴みをしながら、色々と考える。やはりこの身体は不潔なのだ。それがナっちゃんが俺にきつい理由なんだとしたら、一刻も早く、新しい身体を作ってまともな身体にならなければ。

 俺は身体を作る秘術について、風呂上がりにナっちゃんに聞くことにしたのだが。


「残念ですが、それはナっちゃんにも判りません。ナっちゃんの知らない内容が書棚の最後のとこにあるのですが、そこはナっちゃんも読めないのです。焦らずに、地道に勉強する事をお勧めします」


 くっそー、ズルはダメか。がっかりしたものの、その日の夜からは、ちょっと変化が訪れた。

 ミユが書斎で一緒に勉強しだしたのだ。


「エナジードレイン対策は出来たものの、俺と一緒で怖くないのか?」

「大丈夫です。シン様とナっちゃんのやりとり見ていたら、シン様は怖いアンデッドとは違うんだって事が判りましたから」


 微笑みながらそう返答するミユ。やばい、結構可愛いじゃないか。

 もしかしたら、ナっちゃんはこうなることを見越して、ワザとあんな茶番をしたのかも知れないな。中々、侮れない家妖精だ


「ミユ、様付けはやめてシン、と呼び捨てにしてくれないか?」

「そんな! 恐れ多いです。命を助けてくれて、感謝しか出来ない私がどうして呼び捨てなんてできますか!」

「いや、様付けなんて俺は慣れてないし、別に君をメイドや奴隷にした訳じゃないからな。ガラじゃないんだから、俺に様付けは止めてくれ」


 俺が折れないと判ったのか、ようやくミユは俺の呼び方を納得してくれた。

 俺達はその後、初級魔術について覚えたばかりの俺がミユに指導したり、この世界の外部の地勢等をミユから俺が教えて貰ったり、また、冒険者として今後どのような方向に成長していくべきかを話し合ったりしていた。

 そんな話の中で先日の盗賊の話を出したときの事。


「盗賊団の本拠地とそれを率いる主犯の名前は聞き出しておいたが、聞きたいか?」


 俺の問いに、ミユは迷いつつも首を振る。


「判りません。正直、どうしたら良いか・・・・・・私がそのうち、冒険者として戦う力を身につけて自信が持てたら、仇を討ちたくなるかもしれませんし、そうならないかも知れません。父も母も、もう帰ってこないのですから・・・・・・今はまだ、聞かないでおきます。修行が先だと思います」

「そうか・・・・・・仇を討ちたくなったらその時は言ってくれ」


 それから、俺達は一緒に魔法の勉強をし、霊命体とミユの契約魔法や筋力アップ、迷宮の探索などを繰り返しつつ冒険者修行を重ねていったのである。

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